動物王者アニマルキング
友達にお題を出してもらって、それに従って書いたものです。
お題は「ゲーム、キリン、ドリル」
書いてから気付いたけど、キリンがろくに出ていない。
「美桜~、一緒にあれやらない?」
一緒に買い物に来ていた有紗が指差した先にあったのは、一つのゲームの筐体だった。
出たばかりのゲームソフトを買おうと玩具屋に来たのは良いが、近くにペットショップがあるのか凄く獣臭い。本音を言えばあまり長居したくはなかったが、とはいえ親友の誘いを無下にするのはよろしくない。できる限り早くこの場から離れられるように上手く話を合わせることにしよう。
「これこれ! 最近人気なんだよ、『動物王者アニマルキング』!!」
全体的に緑の筐体は森や草むらをイメージしているらしい。周りには象やライオン、キリンなどの写真だか絵だかが飾られていた。
どうやらウサギのような可愛い動物もいるらしい。ゲーム自体は悪くなさそうだ。
「まずはお金入れて」
有紗に続いて筐体に硬貨を入れる。
裏向きでカードが出てきた。
表を見てみるとキラキラしていて、よく知らなくてもそれなりに良いカードだと分かる。
『スベスベマンジュウガニ
おもに外骨格と、あしとハサミのきん肉にもう毒をもつカニ。名前にだまされて食べてしまわないように気を付けよう』
「蟹ッ!?」
アニマルを銘打っているのに脊椎動物ですらなかった。
いや確かに明らかに植物でも微生物でもなく、動物界に属していて動物に区分するのが正しいのだろう。だがしかしあまりにも"アニマル"と聞いて思い浮かべるイメージに合わない。
「あ、なかなかレアなアニマルを引いたじゃん。良かったね」
「あ、うん、そうだね……」
どうせならもっと可愛くてもふもふしたのが良かった……。
だって蟹だ。しかも毒持ち。写真が妙に生々しいのが余計イヤだ。
「有紗は何が出たの?」
「これ、ニュウドウカジカ」
「キモっ! 超気持ち悪ッ!!」
テカテカと光り、弛んだ表皮。深海で退化したせいか、表面積に対してあまりに小さい目。横に長い分厚い唇さえも垂れていて、中途半端に重力に負けたスライムのようだった。
「ええー! 可愛いじゃん、キモ可愛いじゃん」
「私には有紗の感性がよく分からない……」
もう一度見てみる。
皮膚が弛みに弛んだキ◯肉マンのようだった。
キモい。
というか何でこんな、マイナー過ぎて逆にちょっと知られてます的なものを二人して引くのか。
「アニマルカードは今引いたの使ってね。じゃあ次は攻撃カードを選ぼうか」
「攻撃カード?」
「そう。グーチョキパーに対応する攻撃を設定しておくと、より強い攻撃や特殊効果を使うことができるの」
有紗は説明しながら鞄を漁り、大量のカードを取り出す。よくもまあそんなに集めたものだ。一体いくら使ったのだろうか。
「特定のアニマルと相性の良い効果とか攻撃もあるから、そこら辺に注意して選ぶと良いよ」
渡されたカードの多さに辟易しつつ中身を確認する。
種類が多すぎて頭が痛くなりそうだ。
『クラブスイング(グー)
ハサミを持つアニマルのみ使える。
ハサミを大きくふって相手にぶつけてこうげきする』
『クロスカット(チョキ)
ハサミを持つアニマルのみ使える。
ハサミではさむこうげき』
『毒ちらし(パー)
毒を持つアニマルのみ使える。
毒をまきちらしてこうげきする。敵に毒のじょうたいをあたえる』
選んでみたものの……何か微妙。
地味なのしかなかった。スーパー何とかみたいなキラキラしたのがあるかなって思っていたのだが。いや、そう言うのもあったけど、全部蟹は使えなかった。
蟹って微妙だ。
まあ、強いて言うなら毒はまあ使えそう。やはりせっかくの毒は有効利用しないと。
「私はこんな感じ」
一方有紗はちゃんとした哺乳動物を出してきた。やはりアニマルっていうとこっちのイメージだ。
『ドリル
絶滅きぐ種になっているサル。
見た目が地味。
セリフ「我はマンドリルではない、ドリルだ!」』
説明が雑だった。
と言うかセリフって何だ。セリフって。スベスベマンジュウガニやニュウドウカジカはそんなのなかったはずだ。
「ふふふ、これスッゴいレアなんだ!」
見せてきたカードは、確かにスベスベマンジュウガニより圧倒的にキラキラが多かった。
だがどうしてこれを凄いレアにしたのかは分からない。ライオンとかはレアなイメージあるけどドリルって……。絶滅危惧種だからだろうか。説明に地味って書いてあるのに、それでもレアなのか。
『スーパーダイナミックスクリューパンチ(グー)
ぶつけることでこうげきとなりうる腕を持つアニマルのみ使える。
ムダの多い動きをしつつ、回転をかけてなぐるこうげき』
『エクストリームかみつき(チョキ)
キバのあるアニマルのみ使える。
かみついてこうげきする』
『グレートテールクラッシュ(パー)
しっぽを持つアニマルのみ使える。
しっぽをいきおいよくふりまわしてこうげきする』
選んだ攻撃も見せてもらったけど、技名だけ大袈裟過ぎる気がする。ダサくてムダに長い名前のわりに中身が普通。
エクストリームかみつきって何。日本語訳すると極大かみつき。何が言いたいのかさっぱり分からない。
「さーて、早速始めよー! これの特徴はね、リアリティ溢れるバトル、最新技術を駆使した4D映像だよ!」
選んだカードをお互い機械に読み込ませ、バトル開始までのロードが始まると有紗が自慢気に言った。
「4D?」
「そう、専用の眼鏡を必要としない3D映像、そして――」
有紗がわざわざ溜めを入れるとともにバトル画面が現れる。それとともに、先ほどから漂っていたものより濃厚な獣の臭いと、潮の香りが混じる生臭さが辺りに充満しだす。
「それぞれの生き物のリアルな臭い!」
今すぐここから立ち去りたくなった。
なぜゲームをするのにこんな酷い臭いを嗅がなくてはいけないのか。最新技術の無駄遣いにも程度というものがあるだろう。
もう帰っても良いだろうかと隣を見ると、有紗は白い何かを差し出してきた。
ティッシュとマスクだった。
既に有紗は不自然に鼻のところが盛り上がったマスクを着けていた。いや、マスクの下では鼻にティッシュが詰め込まれているのだろう。マスクは見た目のためか、二重防壁のためか。恐らく両方だ。
受け取って同じようにする。
なぜゲームをするのにこんな完全防備をしなければいけないのか。
『ろっく! しざーす! ぺぃぱーず!』
機械から流れてきた音声に慌てて画面を見る。というか何で英語。
『わん、つー、すりー!』
音声に合わせ、急いで手元のボタンを押すと、有紗もほぼ同じタイミングで押したようで、すぐにお互いの選んだ手が画面に現れた。
チョキとパー。
スベスベマンジュウガニがハサミでドリルの鼻を鋏む。画面の中でドリルが奇声を上げた。かなり痛そうだ。
サルが暴れると蟹はハサミを離し、軽く宙を舞って綺麗に着地した。無駄に格好いい。ドリルの鼻からは血がドポドポと溢れていた。
そんな攻撃シーンとともにドリルのHPゲージが減るが、かなりのレアと言うだけあってその減りは思ったより少なかった。
「どう、このリアルな攻撃シーン! もっと派手な技だと、かなり流血するんだよ!」
どうやら『リアリティ=流血』という物騒な方程式が成り立っているようだった。よく親御さんから文句が出ないものだ。
『ろっく! しざーす! ぺぃぱーず!』
今度はチョキとグー。
画面のドリルがあっちへこっちへ、縦横無尽に駆け回る。蟹はそんな動きについていけずオロオロしている。最後に蟹が殴り飛ばされて攻撃シーンは終わりだ。
スベスベマンジュウガニのHPが九割近く削られ、攻撃シーンが終わったにも関わらず蟹は泡を吹いていた。無駄なリアリティ。よく見ればドリルもまだ鼻血が止まっていないようだった。無駄なリアリティ。
それにしても有紗はもうちょっと手加減というものをすべきではないのか。互いのスペック差が大きすぎる。
まあ、それを言うともう一戦する羽目になりそうだから言わないが。
さすがにこの臭いはこれ以上嗅ぎたくない。
『ろっく! しざーす! ぺぃぱーず!』
パーとグー。
今度は蟹の毒ちらしだ。
スベスベマンジュウガニの猛毒を食らうが良い。
『スベスベマンジュウガニは毒をちらすことができない!』
解説:スベスベマンジュウガニは殻と筋肉に毒を持っているが、それを使って攻撃する術は持っていない。食べたり抽出したりしなければ毒は関係ないのだ。
「あんまりじゃない!?」
「リアリティ溢れるバトル」
「そこまでリアルにする必要ある!?」
舐めていた。所詮ゲームだと舐めていた。このゲーム、じゃんけんで勝たなければ攻撃できない以外はリアルファイトだ。
「負けられない……!」
思わずそう呟く。謎のテンションに見舞われていた。
よく考えなくても、別に負けても良いはずだ。負けても別に損はない。
ちなみにテンションとは英語では緊(以下略※短編『孤高の魔王』参照)
『ろっく! しざーす! ぺぃぱーず!』
音声に合わせてボタンを押すと、グーとグー。
どちらも動かない。
『ろっく! しざーす! ぺぃぱーず!』
すぐにまたじゃんけん画面に戻った。
どうやらアイコは何も起きないらしい。
急いで適当にボタンを押す。
パーとチョキ。
……なぜパーを押してしまったのか。勝っても何も起こらないと言うのに。しかも負けている。後悔しても手遅れだが。
ドリルがスベスベマンジュウガニに噛みつく。甲羅が割れた。割れた中からよく分からない体液が飛び出し、蟹はもう動きを止めていた。泡を吹く蟹が地面に仰向けに置かれた。かなりグロくて気持ち悪い。
スベスベマンジュウガニのHPはゼロになった。負けてしまったのだ。
悔しさに歯噛みする。別に悔しがる必要ないのに。というか負けて当然のステータス差なのに。
『ギャッ!?』
呆然とゼロになったHPバーを見ていると、画面のサルが悲鳴のようなものを上げた。勝ったはずなのに不自然だ。普通はウザいくらいに嬉しそうな奇声を上げるはず。
見ると、画面中央部でドリルが泡を吹いて倒れていた。
『スベスベマンジュウガニは猛毒です。食べたら死にます』
DRAWの文字とともにそんな文章が画面に踊っていた。
「リアリティ溢れるバトル……」
ごくりと有紗は生唾を飲み込む。彼女とは今後、少し距離をとろうと思う。