あらすじ
暗い洞窟の奥。生き物の気配すら感じられないその中を、一人の男が慎重に進んでいた。彼の名はジョシュア。後に勇者と呼ばれる男である。
彼が持つ武器はただ一つ。一冊の書物であった。
彼はこの先にある洞窟の最奥を目指していた。だが、そこにあるのは遺跡でも金銀財宝でもない。
「ここが……」
たどり着いたそこには、一つ大きな石像があった。天災を思わせる巨体の化け物の石像。その振り上げた腕。大きく開けた口。今にも動き出すのではないかと思われた。
これはただの石像などではない。かつて確かに生きていた。ここは恐ろしい化け物を封じ込めた、封印の地であったのだ。
かつて、この化け物の封印のために何十人もの選ばれし魔術師たちがこの地に立った。彼らは数多くの本と共にこれと死闘を繰り広げた。
化け物の名は――
「アラスージ……」
強敵の名を呼び、ジョシュアはごくりと唾を飲む。
恐ろしい化け物だ。大きな爪、鋭い牙、金属を連想させる硬い表皮。そして何よりも恐れられる奴の特性。奴は人の心を読み、その者が読みたいと思っている本のあらすじを暴露する。しかも重要なポイントを押さえ、オチまでをもしっかりネタバレする。これによって奴は数多くの人間を葬ってきたのだ。
硬い表皮に守られたアラスージは、魔法だけが唯一の弱点だ。だがしかし、小難しい魔導書を読み解く魔法使いは総じて本好きである。それ故になかなか奴は討伐されなかった。
しびれを切らした当時の王は、とある作戦を実行する。魔法使いの中でも魔導書に頼らず、感覚で魔法を実行してしまう者。俗に"脳筋"と呼ばれる本嫌いの魔法使いを中心として部隊を組み、奴を封じ込めようというものだった。
一部の普通の魔法使いは、奴の"その場にある本のあらすじを優先して言ってしまう"という特性を利用して、戦うことに成功した。しかし、それでも封印までしかできなかった。
そんなアラスージを相手に、彼は勝機を見出だしていた。
封印の要の石を砕きアラスージを解き放つ。動き出したアラスージから溢れ出る圧倒的な力に、ジョシュアは息を飲む。
だが彼は真っ直ぐに奴を見つめ、とある本を掲げた。表紙には『浅木翠仙短編集、筆者の気まぐれ風~程よい雑味がアクセント~』と書かれていた。
それを目にしたアラスージはその本の中身を一瞬で解析し、そのあらすじを言おうとして驚きに目を開く。
「中身が……無い!?」
アラスージは衝撃を受けた。長きに渡り、数多くの本のあらすじを晒してきた。自分の能力にかなりの自負があった。にも関わらず、この小説のあらすじを言い表すことが出来なかった。中身がない。アラスージにとって前代未聞の大事であった。
そんなアラスージは、その失敗があまりにショックであったために死んでしまった。
こうしてジョシュアは、アラスージ討伐者として世界に名を広めたのである。