タロウとスキルと村人と1
「おはようございますタロウさん!」
「ああ。おはようリリア。今日も早いな」
「はい!
美味しい朝ご飯作りますね!」
「いつもありがとうなリリア」
リリアが手を振ってタロウに答える。
冒険者特に一人をしていた俺は当たり前だが特に睡眠に気を付けていた。
寝ていても魔獣や人の気配を察して目を覚ましたりしていた。
そして気配を察したら即座に跳ね起きダガーに手にしていたものだ。
しかしどうしてだかリリアの気配が読めない。
気づいたらそれまでなのだが、接近されるまで全く分からないのだ。
まあ朝から美人が起こしてくれるのは良いことだ。
が、正直未だに慣れることがない。
まあ、男ってのは大多数が下半身で考えているからなあ。
こんな美人に笑顔で起こされたら、気が気でなくなるのでないだろうか。
最近はこんな暮らしもいいと思い始めている俺がいる。
此処の村になんだかんで住み着いて5か月。もう紫の月である。
―― ―― ――
「なあ。オッサン」
何時ものようにカールと鍛錬をしているときだった。
鍛錬自体はすでに終わっており、タロウは汗を拭いて水浴びをしてた。
今はもう木刀を脱し、棒状の金属でカールに相手してもらっている。
そう考えるとどことなく感慨深いものがある。
なんたって初めは木の枝だったのだから。
タロウもようやくスタート地点まで来たといった感じだ。
「どうしたカール?お腹でも空いたか。
まあ、もう少し待てばリリアが美味しい朝ご飯を用意してくれるだろう?」
「そんなんじゃねえよ!いや確かに姉ちゃんの料理は美味いが!
オッサン時々なんか叫んでるだろ?
それって一体なんだ?俺結構考えたんだけど結局分かんなくてよ」
――叫んでる?そんなことはないはずだが。
いやカールにボコられる時とかは確かに叫ぶけど、それじゃないだろ。
………ん?いや…ありえないだろ。
でも誰も…使っている所を見たことがない。
ま、まさか―――
「お前…まさか技を知らないのか!?」
何を言っているという風にカールはタロウの方を冷めた目で見つめていた。
「オッサン…打ち所が悪くてついにボケちまったのか?
技ってなんだよ?」
その一言はタロウにとってあまりにも衝撃的過ぎた。
この村の連中の技を見たことないのだ。
タロウたちの住んでいた地域では一般的に広まっている。
むしろ知らないとおかしいレベルで。
魔獣と戦うときは必ず技を使うものだ。
「じゃ、じゃあ…お前の剣の型とか体術…
いやカールのはすでに技というよりは―――――」
―――それをさらに数段も昇華した『技』そのものではないのか?
技を超越しているから、今更そんなものが必要ではないということなのか?
「いや待てよ…まさか―――」
はっと、タロウは頭に過るその言葉が口から出なかった。
――魔法にさえ名前がないのか?
タロウの思考が停止する。
普通、魔法には『名前』が、その魔法を意味する名前が付けられる。
魔法使いはそれらを発動するために発動言語を詠唱する。
短かったり、長かったり、時には短縮したり、中には無詠唱したりと。
ほとんどの魔法使いが詠唱するのは魔法とはそういうものだという認識が強いからだ言われている。
それに魔法は精神状態も深く関係するという研究もおこなわれているらしい。
不思議な力がそれっぽく使える。
それでいいし、細かい理屈などどうでも良いというのがタロウたち一般の意見だった
しかし、それらは魔法の『名前』があってのことだ。
じゃあ、一体……
「『魔導』ですよ」
後ろを振り向くとリリアがいた。
「私たちは魔法を『名前』で呼びません。
それってとっても非効率なんですよ。
技と同じなんです。
だから私たちの先祖は編み出したんでしょう――」
―――魔法を導くと書いて『魔導』。
すべては魔を導くことで事足りる、と。
例えば、タロウの住んでいた所に巫女舞というものがある。
祭祀を司る巫女。
その巫女の上に神が舞い降りるという神がかりの儀式のために行われた舞が元である。
それが様式化して祈祷や奉納の舞となった、というものだ。
要は『舞うことでそれ自体に意味を持たせている』ということ。
だから魔導で言い換えれば、舞うこと自体が魔法。
行為そのものを魔法と化す。
とんでもないことを言っているのだ。
だから、例えば指を鳴らせば、口笛を吹けば、草を薙ぐように手を振るえば、その行為で魔法がいとも簡単に発動してしまうということである。
それはまさに神話に出てくる神々の――――
「ばかな…ありえない…」
「ありえないってことはありえないんですよ。タロウさん」
その言葉は―――
『ありえないことはありえないのじゃタロウよ』。
―――師匠の言葉をタロウは思い出していた。
「………」
――まあ、この村の住人はどっか規格外なところがあるしなあ……
確かに今更と言えば今更かもしれない。
俺の中の常識が常に正しいということはなく、その物差しで測ること自体が間違っているのかもしれない。
そもそも、リリアが魔法の『名前』を呼んでいなかった時点で気付くべきだったのかもしれないな……
「おう。姉ちゃんとの難しい話は終わったか?
じゃあ、タローのオッサン。その技の謎を教えてくれよ」
そうなのだ。
まだ、その謎が残っていた。
一応『魔導』というこの話はこの辺で終わらせないと、話が進まないからな。
スキルの謎だ。
剣の型にしてもそうである。
タロウたちの技には名前がある。
大抵は叫ぶことが多いが、別に叫ばなくても発動できる。
気合を入れて出すか出さないかの違いくらいだろうか。
それは己の身に着けた技を繰り出せるというものだ。
それをタロウたちは技と呼ぶ。
それと、型。
例えばタロウが身に着けた一つは、タナカ流という型だ。
結構簡略するが、一の型だったり、五の型だったり、名前に出して言うことはないがそれら基本の型には名前が存在している。
まあタロウが住んでいた所にも型がない、いや自由だった流派もあったにはあったがあれは特殊な例だと思っている。
「おい。さっきから黙ってどうしたタローのオッサン?」
「ああ…この村に来てから考えさせられることが山のようにあるのだと再確認したところだカール」
何を言っているか分かってないようだが、何度か頷いてどうにか納得したようだ(分かってないようだが)。
「…俺は叫んでたんじゃない。気合を入れていたんだ。
あれは技っていって、技の威力を上げたり、習得した技を瞬時に出すことができるんだ」
「え、それってズルくね?」
「何らズルくない。
本来は何年もそのスキルの習得に時間をかけたりして身に着けるんだ。
一朝一夕で身に付くものじゃない」
ぶー、とカールの頬が膨らんだのが分かった。
こういう所は子供っぽいのだ。
「まあ、見せてやるよ」
戦闘を行うに当たって必要な物は当たり前のことだが魔力である。
その魔力を生み出すの器官を魔力器官、魔力回路と俺たちは呼んでいる。
読んで字の如くそれらは魔力を生み出すための機能を備えている。
この魔力器官から魔力を生み出すことで魔法を行使できるようになるのだ。
闘気の解放。
魔力循環からの魔法展開。
タロウの魔法が完成する。体に力が漲る。
タロウの身体がブレる。
技には魔獣の攻撃だったり魔獣を模したものが多い。
これは鬼隼という体長2メートルを超える巨大で恐ろしく速い魔獣にちなんだ技だ。
慣れ親しんだ技である。
身体強化魔法に技を合わせる。
後は、何万回とやった型から己の使いやすいように調整するだけだ。
タロウ自身の最高速の突きを繰り出せる。
売りはもちろんその速さ。
範囲は狭いが威力も十分で、鋼盾を貫通できるくらいはある。
今は対象物はないし、その技が空を裂く。
カールは最初は驚いていたが、途端に新しい玩具でも見つけたかのように目を輝かせる。
「と、まあ今のが俺の技【隼】だ」
「タロウのオッチャン、見直したぜ!
俺じゃなきゃ見逃しちまうな!」
にはは、とカールは笑って【隼】の真似をしようとする。
「タロウさん…驚きました。そんなことができたんですね!」
一応カールとの鍛錬中も使ってはいたんだけどね…
リリアに応、と答えたはいいがどことなく照れ臭くてすぐにカールの方へ目を向ける。
美人が褒めてくれるのは嬉しくて、身体がくすぐったいのだ。
「なかなかできないな、こなクソ!
オラ!オラァァ!!」
一度見ただけで出来てしまってはタロウの数年間の努力は無駄になる。
まあ、世の中そんな天才も確かにいるのだが…
「できないなら、普段の使ってるやつを技にしてやればいいじゃないか。
お前のオリジナルの技でも作ればいいんじゃないか」
―――まあ、すでにその動作一つ一つが『技』に昇華しているカールたちならもはや不要だとは思うが。
「それいいアイディアだぜタローのオッサン!
せっかくだからカッコいい技名にしよう!!
何て名前がいいかな――――」
その後、カールはいとも簡単に独自に新しい技を生み出した。
タロウはここの村人だから仕方ないと考えて、蒼空を見上げた。