タロウは住民と遭遇する3
この小説での時間単位。
普通じゃなんかつまらないのでこうしてみた。
時=時
分=刻
秒=針
俺の名前はカール。リリア姉ちゃんの弟である。
今年で11になる10歳だ。
まだまだ子供だが、いずれは親父みたいに立派になりたいと思っている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
一つだけ。
一つだけ声を大にして言いたいことがある。
いや…皆それを分かってて、あえて声に出さないのはバカな俺でも十分に理解できる。
それでも…それでも!
俺は言いたいのだ。
「家の姉ちゃんがやばい!!」
―― ―― ――
事の始まりは一か月程前。
12ある月の一つ、青の月のことだ。
この村では狩りが許可されるのは成人の12歳からだ。
だから、10歳の俺はまだ参加できない。
だけど、成人を越えた付き添いがいるなら一緒に参加できるのだ。
どうしても参加したかった俺は、姉ちゃんに頼み込んで狩りに何とか参加させてもらった。
快晴だった。
青い空に白い雲。空は澄み渡り、清澄な空気に満ちていた。
その日は姉ちゃんと北の森に狩りに出ていた。
俺のこともあって、姉ちゃんに連れてこられたのはさほど強い魔物がいる森ではなかった。
「――――!?」
突然反応した魔力の波動を感じて、俺と姉ちゃんは急いでそこへ急いだ。
こうも堂々と転移してくるあたり凄いヤバイ奴が来たのかでも思った。
実際はどうだ。
感じた魔力からはたいしたことないと俺は思ったのだが、姉ちゃんの方はどうやらそうでもなく異変の排除に精を出そうとしていた。
村の暗黙の掟みたいなのに、異変は全力を持って殲滅するというものがある。
実際はものすごく緩く、異変は適当に対処しましょうというものだが。
俺は姉ちゃんが氷結の女王(本人はこれを聞くと笑ってごまかすのだが)と呼ばれているのを知っていた。
名前通り、(全属性全て扱えるのだが)氷系の魔法を得意としている。
そして超強い。
少なくとも、俺では1刻持たない。
鍛錬で一度だけ本気を出して戦ってくれたこともあったが…思い出したくもないほどの完敗。
容赦なくボロボロにされた。何針持ったか分からない。
何が起きたのか未だに分からないのだ。
魔法も得意なのだが、近接戦闘も恐ろしく強い。
流石に経験積んだ男の親父の様に強くはない(どうみても親父は反則的な強さなのだが)が、少なくとも俺は数年内に追いつくことすらできないだろう。
それに、家の姉ちゃんは強いだけでなく美人でそれでいて家事もできる。
加えて、気遣い、相手を立てることもできる。
非常に優秀である。
――いや…なんなんだこの姉。
言ってて思うが、隙がなさ過ぎて完璧すぎる。
あかん。どう考えても姉ちゃん強すぎ。
他の女連中が泣いちまう。
だから見合いの話も結構あったのだ。
姉ちゃんは全部断っていたのだが。
それがどうした!!
たかだが雑魚の猿公一匹に襲われ死にかけてたタロウというオッサンに出会ってから姉の様子がおかしいのだ。
使ったのも、氷系の魔法ではなく、火炎系。
それも爆裂の派手な魔法だ。
普通ではありえなかった。
まあ、その日の気分というものあるのだが。
基本的に俺の村では強さは一種のステータスだった。
これもそこまで堅いものでもない。そういうものがあるといった認識程度だ。
姉ちゃんと歳の近い男女はとにかく、その上の年齢の男ですら勝ってしまう姉ちゃん。
それが、あんな弱っちょろいオッサンに!!
すでに兆候あった。
初日からおかしかった!
“家族”以外に飲ませたことも無い姉ちゃんの庭のそれも一番いいお茶を、タローのオッサンに出したのだ。
あれだけ頑として断り続けたそれをいとも簡単に!
それも見知らぬオッサンに、だ。
まあ、姉ちゃんが助けたのだからと俺はなんとかスル―していた。
それだけでも驚きなのに、声を交わして姉ちゃんが薄っすら顔を赤くして照れていたのを俺は見逃すわけなかった。
弟じゃなきゃ見逃しちゃうね!!
フフフ、ハハハ、ハーハハハッツ……ありえん。
なんだこれは……
お袋に聞いたら、あらあらみたいなことを言われて曰く『ようやくなのね』の一言。
『女には時として考えるより感じ取ることが大事なのよ』と言われてしまえばそれまでだった。
あかん。
なにがようやくなのだか。
俺の頭はもうパンク寸前だった。
タローのオッサンが回復してから、数週間。
俺はタローのオッサンとずっと鍛錬している。
タローのオッサンが俺たちに鍛えてくれと必死に頼み込んだのだ。
その初日。
思いっきり“手加減”した姉ちゃんがタローのオッサンの片腕を吹き飛ばした。
うん。そうなんだ。
こうポーンってな感じで、如何にも自然に。
姉ちゃんもまさかこんなに弱いとは思ってなかったし、タローのオッサンについては何が起こっているのか分かっていない様子だった。
あまりの弱さに俺は心の中で大爆笑だったのだが、それに姉ちゃんがしっかりと気づいていた。
うん。そうなんだ。
俺は地面に寝ていた。フルボッコである。
その後姉ちゃんが泣きながら、回復魔法をオッサンにかけていたとぼんやり覚えている。
少なくとも俺が本気を出すことなく、使っているのは模擬剣ではなく木の枝。
ようやく、ようやく木の棒のいい相手になる。
オッサンはけっこう良いダガー使ってるけど。
そろそろ次に行ってもいいか。
それでも次は太めの木の棒かぁ……
少なくともオッサン…俺以下やん。
鍛錬初日にオッサンと本気で戦ったが、1刻経たず所でオッサンをボロボロにした。
オッサンは俺の想像以上だった。
あかん。
このオッサン思ったよりも全然弱すぎる!?
実にシンプルな感想だったと思う。
まあ、俺は同年代の連中よりそこそこ強いというのもあるが…
それでも、それでも!!
子供に負ける大人を俺は想像できなかった。
そんな大人はそもそも“この村にいないのだ”。
オッサンをボロボロにした後、なぜかその後の姉ちゃんとの鍛錬でボコボコにされたが…。
姉ちゃんはボロボロにしたタローのオッサンに上級回復魔法までかける始末。
タローのオッサンはその回復魔法でさえいちいち驚いていたが。
このオッサンへの優遇ぷり。
俺を見てくれ、実の弟だぜ。
姉ちゃん…俺にもかけてくれよ…
その時はそう思ったものだ。
まあ、オッサンは村に馴染んだのか、結構楽しそうだ。
何時も学ぶことがたくさんあると言っている。
着実に強くはなっている。
一つ。また一つと俺の嫌な所をついてくる。
鍛錬の一つ一つが血となり肉となっているのは分かる。
一流の戦士ではないが、そこそこの戦士であることは…確かに認めよう。
そもそも、外部の人間がこの村に来ることはほぼない。
珍しさもあって、タローのオッサンは(姉ちゃんのこともあり)盛大に歓迎された(かのように俺は見えた)。
無表情とまで言われた姉ちゃん。
家族にしかその笑みは向かないと思っていた。
その鍛錬以来、姉ちゃんはまるで従者のようにタローのオッサンに付いていて、笑顔を振りまく。
どれほどの若い男がこの笑顔の虜になったのか俺には想像もつかない。
ええい!うるさい!
男なら直接姉ちゃんに言えよ!
俺に言うな。姉ちゃんに言え!!
行って玉砕して来やがれ!!
それでいて、女をものの見事に近づけさせない。
ある程度までは許すらしいのだがそこからは姉ちゃんが割り込んでくる、とある情報筋から聞いた。
いや。
姉ちゃんよ、何やってんだ。
―― ―― ――
そして、2か月が経った。
蒼緑の月。
ようやく。
ようやく俺は姉ちゃんに聞く決心をして姉ちゃんの部屋をノックした。
どうしたの?と何か心配するように俺に聞いてきたが、俺が姉ちゃんを心配していることは一切分かってないようだった。
意を決して俺はタローのオッサンについて聞こうとしたところ、とんでもないものを目にする。
「ね、姉ちゃん、それ、は…?」
それを発した声色はどんな感じだっただろうか。
ソレはすぐに隠されてなんでもないといった風に姉ちゃんは振る舞った。
ああ。分かる人もう分かるかもしれない…
タロー人形である。
それもデフォルメされている。
聞こうと決心した俺の心はすでに崩壊寸前だった。
沈黙した俺の口からようやく口に出た言葉が「今日のタローのオッサンどうだった」だった。
しかし、それがいけなかった。
今日はから始まりその日のタローのオッサンの事細かな行動を楽しそうに語るのだ。
長々ととりあえず1時ぐらい語ったと思う。
新手の拷問かと思った。
これ以上ここにいるとさらに被害が増えそうだ。
俺は意を決して聞いた。
「ええっとね……」
姉ちゃんは照れ臭そうに答えてくれたが…なんというか言葉にしずらい。
そこからさらにありがたいお話が数時間ほど続いた。
要するに、ギャップだそうだ。
おそらくこの言葉がぴったりではないだろうか。
俺はもう一言だけ追加して言いたい。
聞かなければ、言わなかったの確かだろう。
でも、それでも、俺は、弟として声を大にして言わなければならないのだ。
「家うちの姉ちゃんがチョロすぎる!!」
次回はヒロインパート