神様からの贈り物~しあわせの果てに~
こんにちは。
いよいよこのシリーズ、ハッピーエンド編、最後の物語となりました。
ひとつひとつが短編のようなものなので、オムニバス形式の小説とし、短編・連載両方でアップしております。
独立して読んでも把握は出来ると思いますが、最初から読んでいただければ、尚嬉しいです。よろしければ是非読んでみて下さい。
ふたりとひとりの、最後の結末をお楽しみください。
人には寿命と言うものが存在する。
それは運命なのか、偶然なのか。
運命ならば、何と神の残酷で、優しいことだろう。
†
今日もお気に入りの場所に座る。
家にある小さなテラスの二人がけのベンチに腰掛け、海のにおいを感じる。
時期によっては桜や金木犀のにおいも運ばれてきて、季節を楽しむ事が出来た。
今は桜のにおいがたくさん風に乗って私のところに届き、幸せを運んでくれる。
ここからは、少し遠くの方に海を、眼下には川と桜並木が見えるのだと、きみが教えてくれた。
今日は土曜なので母と妹が来ており、久々に骨を休める事が出来る。
二人はたまに来ては、家事などをこなしてくれた。家事をする事は苦痛では無いが、二人の好意には甘える事にしている。
今も開けたテラスの入り口の奥から、歯切れのいい包丁の音と、子供と遊ぶ妹の声が聞こえた。
子供はもう五つになり、来年からは小学校だ。妹は大学を卒業し、仕事に精を出している。
しばらく家事の音と潮風を楽しんでいると、隣に誰かが腰掛けた。
ふわりと空気が動き、そっと私の髪をなでる。大きな手は、私の頭をすっぽり包んでしまいそうだ。
「今、空はどんな感じ?」
私は時々、空というものの色や状態を聞く事があった。聞いても分かる事は無いが、分からないものを空想するのは楽しいものなのだ。
「夕方だからね。海に太陽が沈みかけて、空と雲面オレンジ色に染まっている。太陽と反対の空からはだんだん夜が近づいてきて、紺色の空になってきてるよ」
尋ねる度に丁寧に、あなたは空の事を教えてくれた。
真っ青な晴天の時。どんよりと灰色に染まる、曇天の時。星がきらめく、星空。
私の中で、私の知らない世界は、どんどん広がっていった。
「さあ、もう冷えるから中に入ろう。そろそろ夕飯も出来そうだ」
幼い頃から変わらない優しい手つきで私を支え、さり気なく腕を貸してくれる。
私はそれに従い、ゆっくりと部屋へ入っていった。
†
最近、体の調子がおかしかった。
といっても、別にどこか悪いところがあるわけではない。何となくそう感じるのだ。
逆らえない、私の視界よりも濃い闇が体をのっとっていく様な、何か。
体にすら出ていない異変をどうして感じることが出来るのか。きっと、私の研ぎ澄まされた第六感がそう告げているのだろう。
そして私の体を全てのっとるまで、もう時間が少ない事も知っていた。
私が猫だとしたら、主人の前から姿を消す時期なのだと言う事も。
†
良く晴れているらしい、桜が満開になる時期。
私は、闇が体を完全にのっとるのが今日だと言う事を知っていた。時刻までは分からないが、きっと夕方だろう。
思い残すことはたくさんあった。家庭の事。これからの事。胸にいっぱい刻み込まれた思い出も、出来ることならもっと増やしたかった。
だが、これが神様の決めた運命ならば、私はあえて従おう。数え切れない、かけがえの無い奇跡を私にくれた神様が私を呼ぶのなら。
そしてその時が来るまで、今日はずっとテラスに座っているつもりだった。
今日は日曜日。私の大好きな家族たちは、みんな家にいる。最後まで神様は慈悲深かった。
朝早く起きて、やりたい事をこなす。いつも通りだけど、ひとつひとつが、これで最後なのだと思うと、悲しいような、勿体無いような複雑な感情があった。
家族達が起きると、きみを呼び、ひざの上に載せる。あなたは私の隣に腰掛け、一緒に海を見ていた。
きみに、もうすっかり覚えてしまったたくさんの童話を聞かせ、一緒に笑った。
あなたは私の異変に気付いているようだった。悟りを開いたような顔でもしていたのだろうか。
空が表情を変えるごとに、私にそれを教えてくれる。
黙って私の手を握り、時折震えながら強く握ったと思えば、また優しく包みこんだ。
きみが童話に飽きると、今度はあなたとの、幼い頃からの思い出話を話した。
あなたも時折会話に入り、笑い、そしてちょっぴり照れたように。
きみはそれを、きっと真剣な顔で、熱心に聞いていた。
とてもとても幸せな、最期の日だった。
†
夕方になると、逆らえないような眠気が私を襲う。あなたに母と妹を呼ぶように頼むと、私の家族たちみんなで海を眺める。
眠気で私の思考が途絶えそうなとき、唐突に私の目に光が灯った。
一点の光。それは段々と大きくなり、次第に周りの情景も映していった。
最後の最後まで、神様は優しかった。光の無い私に、最期の光を灯してくれた。なんて幸せな、素晴らしい贈り物なんだろう。
やがてはっきりと周りが見えるようになると、そこには素敵な光景が広がっている。
世界は二つに分かれていた。上の方はきっと空で、下は大地と海なのだろう。
この世界の境目を、水平線や地平線と呼ぶのだろうか。そこに、半分だけ眩しいものが沈んでいる。
「あなた。あのきらきらした何かが、海と言うの?そこに沈んでいるのは太陽かな。この空が、話してくれていたオレンジ色と言う色なの?それとも、私の髪と同じ色をしている、もう片方の空がオレンジ色かしら。何か色々な形が浮いているけど、これが雲なのね」
まるで無邪気な子供のように、私は辺りを何度も何度も見渡す。
「ああ、あのきらきらしたものは海と言って、青と言う色だよ。沈んでいるのは太陽。太陽の方にある色がオレンジで、きみの髪と同じ空は、黒と言うんだ。ほら、黒い空に、うっすらと点があるだろう。それを星と言うんだ。色々な形のものは、雲だよ」
私の質問を、丁寧に丁寧に教えてくれた。もっとたくさん、桜の色、川の色、道路の色、本当に沢山の色を私に説明してくれる。
いっぱいの色とともに、温かい、目に見えない色も心に増えていった。
突然見えた私の目に、あなたは驚かなかった。何故か、ごく自然に対応してくれる。
優しい顔の、想像どおりのあなた。自分でも分からないが、何故か初めて見た気がしない。
私の腕ですうすうと寝ている、きみの顔。私の肩に手を置く、母と妹。二人までもが、事実をすんなりと受け入れてくれていた。
奇跡を目の当たりにした人より、当の本人の方が焦っているようだった。
襲う眠気に抗いつつ、必死で目の前の景色を目に焼き付ける。
家族の顔も、しっかりと、何度も何度も焼きつけた。
きみの頭を優しく撫で、ずっとそばに居られなくてごめんね、と呟く。
あなたの手を取り、最期の愛の言葉と、伝えきれ無い程の感謝を述べた。
母の顔を見つめ、感謝と、励ましの言葉をかける。
妹の肩を叩き、これから頑張れよ、と伝える。
最後に海を眺め、潮の香りと、ほのかな桜のにおいを楽しみながら、ゆっくりと目を閉じた。
一筋の涙が頬を伝い、風が冷たく感じる。
きっと後で、私が一人一人に宛てた手紙を読むことだろう。きっと、幼い子供のように曲がった、私の字。伝えきれない言葉を、必死に何枚もの紙に綴った。
「幸せでした」
私にくれたたくさんの幸せを、今度はあなたたちにあげたい。温かい、暖かい、幸せを。
どうか泣かないで欲しい。私はずっと、見えなくても、あなたたちを守るから。
私が愛した人たちと、夕と夜の入り混じった美しい景色に包まれながら、私は暗く、優しい、安らかな永い眠りについていった。
読んでくださり、ありがとうございます。
作中には死期を悟ってるような描写がありますが、実際のところどうなんでしょうか?
多分分かるはず無いですよね。
まあ、これも贈り物の一部だと考えれば納得していただけるかと。
そういえば、盲目の方でも、色を知ってる方は居るそうです。
何でかって、夢には色が出て来るらしいですよ。私たちの夢と同じで。
それを知人などに何色なのかたずねれば、色を知る事が出来るわけです。
何か、普通にものをみるより、素敵な色の見方ですよね。
まあ雑談はさておき、そろそろ終わりに。
完結のお礼やその他の雑談は連載・活動報告の方に書かせていただきます。
感想・アドバイス等ありましたら、よろしくお願いします。