開運をもたらす噴水魚洗の飛沫
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
太陰暦の五月五日に毎年行われる端午節は夏季における大切な年中行事だけれど、それは日本を代表する中華街にして華僑コミュニティの重要拠点でもあるこの神戸南京町においても例外ではないんだ。
国内外からの観光客による莫大な経済効果は言うまでもないけど、それ以上に無病息災を願う重要な祭祀の日である事を忘れてはならないね。
故に特設会場で開催されるステージイベントの胡弓演奏や舞踊の演舞にしても、単なる娯楽や伝統文化の公演ではなくて奉納芸能の意味合いも帯びているんだ。
もっとも、それは此度の端午節に来賓として登壇する事となった僕も同じ事ではあるのだけれど。
「端午節に御集まりの皆様方、いよいよ正午と相成りました。これより開運招財の儀を執り行わせて頂きます。」
マイクに向けて放った僕の一言に、特設会場は文字通り水を打ったように静まりかえり咳払い一つ上がらない有り様だった。
もっとも、それも無理からぬ事かも知れない。
何しろ風水の世界において、端午節の正午は一年を通じてもっとも陽の気に満ちた非常に縁起の良い時間であり、汲まれる水は「午時水」と呼ばれて非常に強力な邪気払いと開運の縁起物とみなされているのだから。
そして風水の世界では午時水だけでなく噴水魚洗と呼ばれる青銅鍋も縁起物としており、鍋の取っ手を擦って水飛沫を生じさせる事で龍穴を開いて龍脈を呼び込む事が出来るんだ。
陽の気に満ちた端午節の正午に水を汲む午時水の風習と、水飛沫を上げる事で龍脈と幸運を呼び込み邪気を払う噴水魚洗の縁起物。
水を用いた開運術という共通項を持つ両者が結びつくのはある種の必然で、風水を信仰し商運を重んじる華僑の中には太陰暦の五月五日の正午になると噴水魚洗で水飛沫を上げる家も決して珍しくはないとか。
そうなれば「同じ噴水魚洗の水飛沫でも尊き御身分の貴人が立てられたならば、より一層に開運招財の霊験あらたかなのではないか。」という発想に行き着くのも道理であり、神戸に公邸を構えていて神戸南京町の華僑コミュニティとも縁の深い我が和碩親王家がこうして噴水魚洗を行う運びとなったんだ。
そもそも我が和碩親王家が神戸南京町の端午節に携わるようになったのも、僕達の母上こと愛新覚羅千里和碩親王妃殿下がまだ高校生の少女だった頃に太極扇の演舞を披露された事がキッカケだそうだし。
もっとも今日は母上も大切な会議に出席しなければならないし、和碩親王殿下の父上も禁衛軍の士官である妹もそれぞれ多忙なので、唯一手が空いていた世子の僕が登壇する事になったんだ。
「それでは私こと愛新覚羅仁祥から皆様方へ開運招財を祈願させて頂きます。何卒、噴水魚洗からの水飛沫に御注意を…」
ミネラルウォーターで濡らした両手を取っ手に近づけ、摩擦音が鳴り響くまで只管に擦り上げる。
やがて取っ手を起点とする鍋の振動が共振現象で水面に伝われば、激しい水飛沫がさながら噴水の如く高々と迸るのだった。
太陽暦では六月にあたる初夏の日差しに、それはさながら真珠の粒のように輝かしく感じられたよ。
「上がった!水飛沫が上がった!世子殿下の御為にも、より一層に商売に励まねば…」
「これが世子殿下の作り出された龍穴か…これは何と有り難い!」
「正しく商売繁盛疑いなしだな…」
そうして口々に感嘆の声を上げながら割れんばかりの拍手を打ち鳴らす人々に拱手礼で応じながら、僕は何とも言えぬ心地良い高揚感に満たされていたんだ。
それはきっと、「僕達を支持して下さる人々の期待に正しく応えられた」という喜びと達成感とが綯い交ぜになっていたのだろうね。
そうして確かな手応えを感じながら公邸に帰宅したのだけれど、昼間の高揚感と達成感は時間を置いても冷めてはいなかったみたいだ。
象棋の対局相手を快諾してくれた妹に、このように指摘されてしまったのだから。
「おめでとう御座います、兄上。その御様子ですと、今年の端午節の首尾は上々で御座いましたのね。私も拝見したかったのですが、何分と禁衛軍での職務がありましたので…」
バツが悪いやら照れ臭いやら。
お陰ですっかり我に返ってしまったよ。
「そう言う事になるだろうね、仁美。僕が噴き上げる噴水魚洗の水飛沫に、みんな開運招財の願いを託しながら歓声を上げてくれた。あれは単なる年中行事のステージイベントなんかじゃなく、この土地と民達の幸福と繁栄とを祈願する祭祀なのだと、改めて実感した次第だよ。」
考えてみれば、民達の幸福と土地や国家の安寧を祈願して祭祀するのは天子を始めとする王族の大切な務めだからね。
孔子の編纂した「春秋左氏伝」にも「国之大事、在祀与戎」とある位だもの。
「きっと兄上の立てられた噴水魚洗の水飛沫も、母上が有鄰館大学に作られた防災型噴水の水飛沫のように美しいのでしょうね。」
妹の一言に、僕は思わずハッとさせられた。
僕達の母上である愛新覚羅千里和碩親王妃殿下は、無二の親友にして大学時代の先輩でもある李朝の李杉乃親王妃殿下と連名で母校の有鄰館大学に「東亜の絆」と銘打った噴水を建造すべく尽力された事がある。
妹の言う通り、あの噴水には東アジアの文化交流と共存共栄を象徴するモニュメントや学生や地域住民の憩いの場という役割は勿論の事、地下耐震性貯水槽による給水という有事の防災インフラという機能も付与されているのだった。
以前までの僕なら、「如何にも公安職上がりの母上らしい、質実剛健で現実主義的な有事の備えだなぁ…」と無邪気に考えただろう。
だが、もしかしたら…
「よく御気付きになりましたね、仁祥。貴方の御想像通り、あの防災型噴水には風水の理念も反映しているのですよ。」
会議から帰宅されたのを御迎えしながら御伺いした所、母上は満足気に微笑まれながら御認めになったんだ。
「地下の耐震貯水槽には龍脈の安定と盤石の財政基盤という意味合いも御座いますし、建造する方角や植樹のバランスも風水的に縁起が良くなるよう留意させて頂いたのですよ。母校の後輩達にもキャンパスのご近所の方々にも、幸福で健やかな日々を過ごして頂きたい。私と李杉乃親王妃殿下のそのような願いを、風水学のロジックに託させて頂きましたの。」
東アジアの友好の象徴に、防災インフラ、そして風水学に基づく祭祀施設。
噴水一つにここまで緻密に複数の機能を付与させる手腕もさる事ながら、その原動力となったであろう人々と土地への慈愛の念の深さには、改めて目を見張るばかりだったよ。
若き日の母上と李杉乃親王妃殿下が設備された防災型噴水は、今日も学生達と地域社会の開運の為に水飛沫を迸らせているのだろう。
その水飛沫の輝きには今はまだ及ばないかも知れないけれど、僕も世子として民と国家の安寧に尽力していかなければならないな。




