スイッチド・サマー
「うわ。」
円代の洗っていたカレーライス皿がシンクの中で割れてしまい、思わず出した声と、里美の食べようとしたコロッケが床に落ちてしまい、思わず出てしまった声は一致した。
どちらも軽く溜め息を吐きながらも「まぁいいか」と呟き、頭を切り替えて日常の波へと戻っていった。
それは里美の気付かないもう一つのビッグバンであった。
「文化祭の準備って夏休み前からなの?随分と前倒しなんだね。」
落ちたコロッケに意味無く息をフーフー吹きかけ、何事も無かったかの様に食べながら里美は言った。
「うーん、コレといってあまりやる事は無さそうなんだけどね。何せ夢の覚め際で決まったことだしさ。」
アニーは少し気だるい様子だった。
「つっても、毎年芸能人とか呼んでるよね?去年、アニーと私が見に行った時はネプチューンが出て、体育館入場規制かかってたじゃん!」
「あれは生徒がブッキングしてるわけじゃないでしょ。うちは一年生だし、もっと地味な仕事任される事になるんじゃん?ゴミ管理とか。あまりガチガチになる様なら嫌だな~。」
「アニー!せっかくの文化祭だしさ!なんか面白い事うちらでやらない?」
「おっ!DIYだね!そういうのがないと文化祭なんてヤンキーとビッチの悪ふざけパーティーになるからさ!私もそんな奴らの為に焼きソバ焼くのなんてまっぴらだしね!」
「でしょでしょ!?」
「…で、面白い事って一体なにすんの?」
「…何?が…?えーっ…と…お…面白い事。」
「え?あ、あぁ…おも…面白い事…ね…。」
「うん…おも…白い…。」
「……と、いう事……。」
「……………。」
「…。」
里美とアニーはそのまま黙ってしまった。
「それじゃ、文句言わずに焼きソバ焼くしかないね。」
二人の沈黙を見かねた円代が学食のテーブルを拭きながら優しく話しかけてきた。
あぁ、聞いてたの、といった感じで里美は照れくさそうに返した。
「ねぇ、学食のおばちゃん。楽しい事っていざいわれても、全然思い浮かばないもんだね。それに比べて楽しくない事なんていくらでも思い付くのにさ。もったいないよね。」
「うーん…。なんだって最初から楽しい事なんて無いと思うよ?物事ってのは大したもんじゃないんだから、『楽しく』しちゃえばいいんじゃない?…なんてね。それに、おばちゃん、ってちょっとヒドくなーい?アタシまだ三四才だよ?そんなに老けて見える?!」
「あ…、ごめんなさい!はじめましてで失礼過ぎたね!…でも、割烹着なんて着てたらキョンキョンだってソバ屋のおばちゃんになっちゃうって。」
「割烹着のキョンキョンだったら『ESSE』の表紙くらいはきっとクリアね。…私は円代。よろしくね里美ちゃん。そっちのお嬢ちゃんは…アニーちゃんだったっけ?」
「え?なんでウチ等知ってんの?」
「あんだけ毎日大声でケタケタ騒いでたら皿洗いながらでも聞こえるわよ。学食に出入りしてて、アンタ達二人の名前知らない人はいないんじゃない?あははは。」
「…なんか少し恥ずかしいね!どーでもいいけど、円代ちゃん、オッパイ超おっきくない?ムカつくくらい羨ましいんだけど。何カップ?」
「ドラえもん描いてるほうの不二雄カップ。アンタ達こそ、そのブラジャーに納まり切ってない無神経さと悩める若さもムカつくくらい羨ましいよ。私、そろそろ仕事に戻るね。今度一緒に茶でも飲みに行こうよ。アンタ達未成年だし、居酒屋連れてく訳にもいかないからさ!」
「んじゃ今度三人で楽しい事考えようか!駅前のKFCで!」
軽く頷きながら手を振り、円代は厨房へと戻っていった。
「楽しくする…か。なるほどね。楽しくしたい事を考えればいいのかもね。」
「どうやらライオットの始まりみたいだよ。里美…。KFCだ!行くぞ!KFC!」
「あ、アニースイッチ入った…。うーん…Fカップか…。」
里美とアニーは迷いながらも、武者震いを隠そうとはしなかった。




