シックネス・フロム・ザ・里美
「テレビとかではよく見るけど実際目の当たりにしたらドン引きって、顔に丸々書いてあるわよ。私はこの数年間、全校生徒分のそんな表情を見てきたわ。動物園で見たパンダが予想以上に汚かった、みたいな顔をね。同類項って?あなたもしかしてレズビアン?」
悲しみに暮れるどころか、饒舌に語り始めた鎌田に里美は思わずたじろいだ。
「ち、ちちち違うわよ!異性に一杯食わされたもの同士…いや、アンタの場合は同性か…あーもうややこしい!とにかく、わわ、わたしはれっきとした男好き…といったら誤解が…痛い!口内炎噛んだ!」
里美は一人でテンパりまくっていた。だったら初対面の先輩、しかも男、しかもゲイにアクセル全快で声なんて掛けなきゃいいのに…と、アニーは遠めで見守りながら思ったが、「やれやれ、いつものが始まったよ」風な溜め息を一つ漏らし、奇妙な二人に歩み寄って行った。
「先輩サーセーン。このコ、一日一回我を忘れて人に突っかかる病気なんです!一億人に一人が発症すると言われている『怒った時の泉ピン子』っていう難病。日本ではこの子とピン子しかまだ発症例が確認されてなくて…」
「アニーっ!誰が好き好んで幸楽切り盛りしなきゃいけないのよ!せめて『ウンチクたれる川島なお美』の発症で済ませたいわ!」
「だから先輩、すいませ~ん。ピン子となお美の顔に免じて許して下さい~ん。パックのウーロン茶くらいだったら奢りますよ?職員室の給湯室で。」
里美は全身の力が抜けた。アニーの調子の良さと、呆れ切った鎌田の表情の狭間で里美は自分が患ってしまった難病、「怒った時の泉ピン子」の発作を悔やんでいた。
「私がM-1の審査員だったら、文句無く予選敗退よ。アンタらお笑いの世界に走って親泣かす事だけはしない様にね。アンタの方なんてただでさえ難病持ちなんだからさ。さ…里美ちゃんていったっけ?」
「あ…ハイ、先輩。この度はアングリーピン子が失礼致しました…。謝りますごめんなさい。でも真面目な話、本当に私は難病に侵されているんです…。」
アニーは青ざめた。
「ちょっとアンタ、この期に及んで何言ってんの?私が冗談のつもりで言った病名、もしかしてミラクルで的中?」
「勇太病。口内炎。この二つに比べれば怒りのピン子も沈下、お喋りななお美も黙るわ。一億人に一人どころか、全世界でこの難病を患ってる人間は私しか居ないんだもん。ブラックジャックでもお手上げの病。」
「まるで『りぼん』ね。一六才のチンチクリンが全てを知った様な口聞くのは、先進国の日本じゃゆとりだって叩かれて終いよ。あ、アニーちゃん?でよかった?そう思わない?」
「…なんか先輩って里美とかぶる気がします。これは直感。」
「テキトーに思い付いた病名を人に擦り付けておいて何が直感よ!アニー、先輩、よく聞いて。私は男が嫌い。先輩は男が好き。この一点だけはかぶらないわっ。」
「でも結果論で男に一杯食わされてきたとこはかぶってるよね。」
アニーの返す刀に里美は打ちのめされ、黙ってしまった。
「アハハ。なんかもう、アンタ達見てたらどうでもよくなっちゃった。私もう今年大学受験だからさ、モヤモヤ残すの単純に嫌だったんだよね。こうなるのなんてミエミエだったし。一つ一つの結果にいちいち泣いても正直になれる訳じゃないしさ。大学に入学出来たとしても、私は葛藤しながら講義を受けていたいのよ。」
「先輩、一八才のチンチクリンが全てを知った様な口聞くのは、大学じゃゆとりだって叩かれますよ?もうそろそろ、行こう。ね、里美っ。」
アニーは里美の頬を軽く二回叩いて、置きっ放しにしていたカバンを取りに、元のテーブルに戻っていった。
「先輩、色々生意気ぶっこいてすいませんでした。私も難病と葛藤しながら授業受けます。下校のバス間に合わないからもうそろそろ行きますね…。あ、か…鎌田先輩でよかった?」
「あ、カバンに付けてある名札見たのね。そう、鎌田。よろしくね。ピン子さん。」
「里美だっつーの!」
そう言い捨てた後、慌てて里美はカバンを取りに戻り、下校のバスに向かって走っていった。