学食・マイ・ブルー・ヘブン
下校時のバスが来るまでの時間、里美とアニーは今日も学食でダベっていた。
お互いのクラスにいる変な奴、親への愚痴、未知の将来。十六才という職業は正に謳歌する事が生業なのだ、という事に気付く筈も無く、その場その場の思いをお互いにディベートしていた。
「里美、あれ見てみてよ。」
そう言ってアニーはずっと端のテーブルを顎で指した。なにやら男子二人で神妙な話をしている。表情は双方共に真剣だ。
「へー。男子もたまにはサシで真面目に話し合ったりするんだね。同じ学年の人じゃないでしょアレ。先輩?」
「里美ドンピシャ。あれ三年生。しかもウチら、今リアルタイムで凄い瞬間を目撃してるよ~。」
「アニーもそういうゴシップじみたの昔から好きだね。で、なんなの?」
「落ち着いて聞いてね。あれ、あいのりでいう帰国チケットもらってる状態。」
「へ???全然意味不明。なにそれ。」
「告白してるって事だよ。」
里美は一瞬を過ぎてもアニーの発している内容が理解出来なかった。
「は?告白って?まさか…」
「そうでーす。あの人、ゲイらしいんだよね。」
その様な需要と供給の世界が非現実ながら存在するという事実を、里美は頭で理解していたつもりではいたものの、実際に目の当たりにすると異性とは言え衝撃を隠し切れないでいた。
「アニー、なんでそんな余計な情報ばかり仕入れてんの?築地のオッサンもびっくりだよ。」
「うちのクラスに梨元勝レベルのゴシップフリークがいてさ、三年生に同性愛者がいるって触り障りウワサになってたんだよね。んま、うちらは異性だから関係無いっちゃ無いけどね。はははは!」
アニーの不謹慎な笑い声と同時に男子二人のうち一人が席を立ち、青白い無表情のまま学食をそそくさと出て行った。
一人ぽつねんと残された三年生であろう先輩は、目の前にあるパックのウーロン茶に手を付けないままテーブルにうっ伏せた。
「三月の里美を見てるみたいでなんか気が滅入るわ。」
ドン引きしているアニーを尻目に、何を思い立ったかの様に里美はいきなり席を立ち、その先輩にズカズカ歩み寄っていた。
後先考えない無鉄砲な行動も十六才の特権だとばかりに、里美は名も知らない三年生の男子先輩に向かってこう言い放った。
「ちょっとアンタ!学食は公共の施設よ。電車でゲロ吐くのが犯罪な様に、男は外で泣き顔を見せてはいけないのよ。だからジメジメした男って嫌い。アンタみたいな男と私が同類項なんて考えたくも無いわ。イライラ以外しないからいい加減に消えてくれない?ナヨ男先輩。」
里美は本気でスイッチが入っていた。ベクトルだって当然ノープランに違いない。
「同類項?女の気持ちを理解したいと数年間我慢してきたけど、もう限界のようね。」
里美に女言葉全開で口を開いた鎌田は、何かをあきらめた表情のままパックのウーロン茶を飲んだ。




