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クリーニング・アウトロダクション

 夕方五時半。


 一時間前まで熱狂の渦と化していた学食が、まるでシンドバッドの幻だったかのようにkiss me babyその他スタッフ数名は、学食の床をゾーキンで拭いていた。


 「あー、たまんねぇ。悪い意味で。汗と結露で床グチャグチャじゃんよーもうー。こういうのはローディの仕事じゃねぇの?おーい!バカボン!」


 「チ、チス!ポイ!ンペェラ、チシィチプキュア!ボォロケ!」


 セキュリティ業をこなし、「湘南爆走族」に出てくるハラサーを細くしたら似ているこの子の言葉を訳すと、「了解です。おい、お前等しっかり拭けよ。もっと!」と、言っているらしい。


 「ねぇ~、里美はどこ言ったの~?」アニーがバケツの汚れた水を交換しながら言った。


 「シーッ!んもう~っ、このコムスメちゃんったらデリカシーって言葉知らないのぉ?も・ち・ろ・ん…運命のさ・い・か・い!んやだぁもぉ~っ!恥骨がむずがゆいぃぃぃん~!」


 結露で脳が湿ってきたハッピー海坊主a.k.a福の神は、働かせなくていいオカマの勘(鎌田曰くカマ勘)を存分に発揮していた。


 「はい…、里美ならさっき、私にモップ渡してトイレ行ってくるって出て行ったっきり…」と、理沙子が何故か掃除を手伝っていた。



 「あの子はいっつも肝心な時にトイレに行くのよね。まったく。」メイクを落とした鎌田が微笑んだ。


 

 「どうでもいいが、チャンと後片付けするんだぞ。家に帰るまでが橙祭だ。」鷹瀬はブルーシートをたたんでいる。


 


 里美は、自分でも良くわからない理由で勇太を呼び止め、体育館横の階段に座って話をしていた。



 

 「…さっきまで、ここに居たんだよね。田中三保…。」


 「結局見れなかったけどな。ほんとに来てたのかもウチらからしてみれば信じがたいぜ。」


 「なんか…、いろいろ…ごめん。ほんと。」


 「何にだよ。今まで含めた全部?」


 「違うわよ。ステージで余計な事ベラベラ喋っちゃって…。勇太ああいうの嫌いじゃん。」


 「うん…、俺は嫌いだけど、盛り上がったからいいんじゃね?」


 「勇太、笑ってたよね?」


 「は?何に?」


 「ライブ中、笑って拍手してくれたじゃん。」


 「あ…笑ってねぇ…し。笑ってない!あまりに滑稽で含み笑いはしたかも。」


 「嘘だ。ステージでしっかり見たよ私。笑った。勇太笑ってくれた!私は見たもん!」


 「…………あ、そう。」


 「……………絶対見たもん。」


 「ごめん。嘘ついた。俺、嬉しくて笑ったわ。」


 「ほら………って、ごめん、一つ聞きたい事がある!」


 「なんだよ急に。お前…学食の掃除手伝わなくていいのかよ!」


 「いいから聞いてよ。今日、なんで見に来たの?最近なんで学校出入りしてたの?ねぇ、なんで関係無い学校来てたのっ?ねぇ!」


 「お前、少し落ち着けよ…。一つどころか質問ガッツき過ぎだろ…。うーん…。」


 「答えて。新しい彼女、この学校に出来たの?」


 「う…ん…。違う。本当に違う。」


 「んじゃ何?もったいぶる様な事なの?」


 「…だよな。別に言えない事じゃないし、言うわ。実はココに、俺の親が働いてるんだわ。」


 「えっ?まじで?そんな理由?」


 「あぁ。まじ。母親が働いてるんだ。自転車で迎えに来たりしてたんだ。」


 「どの教科の先生?」


 「いや…、教師じゃないんだけど…うー…ん…学食で…働いてて…。」


 「え!!!まじで!?円代ちゃんと一緒に働いてるの?凄い偶然じゃん!!!どこ?勇太のおかぁさん!?」


 「…これからよければ紹介するよ。着いて来いよ…。」


 

 勇太はおもむろに立ち上がり、手招きをした。


 里美は昔を思い出しながら、勇太の背を見つめながら廊下を付いて歩いた。


 こうして勇太と一緒に歩くのはいつぶりだろう。つい最近の様な気もするし、遥か昔の様な気もする。なんで二人はこうなってしまったんだろう。願わくばもう一度ふたりで…いやんばかんそれはだめだめん~ごむたいこうむりなさいませ~と、里美恒例の一人脳内バカ殿コントを妄想していたら、里美抜きの皆が掃除している学食に行き着いた。


 「あ。里美帰ってきた…。お土産付きで。」アニーがゾーキンを絞った。


 勇太は里美を連れ、学食内をずんずんと歩く。照れ隠しか、里美は思わず円代を呼んだ。


 「あっ…、円代ちゃーん!中学ん時の友達のおかーさんが、円代ちゃんと同じ学食のパートで働いてるって言うからさ!紹介してくれるってさ!もうビックリしちゃって!!!んで?勇太?学食…にはおかーさん居るの?私達スタッフ以外居なくない…?」


 円代がスタスタと近付いてきた。 


 「円代ちゃん?一緒に働いてるパートの人でさ…コイツのおかーさ…」



 里美の質問を思いっきりシャットダウンして勇太は口を開いた。



 


 「紹介するよ。うちのかーちゃん。」


 



 


 「へ………?」






 

 「はじめまして。里美さん。佐藤勇太の母、佐藤円代です。よ・ろ・し・く!うふ。」



  

 

 


 学食で掃除をしていた全員の手が止まり、南極の様な凍て付く沈黙に包まれた。


 


 里美は膝の感覚を失い、その場に倒れ込んでしまった。


 自分のメンバーと元カレが親子関係だったという現実は、ライブの余韻をいとも簡単に吹っ飛ばしてしまった。


 「やっぱり言うの、やめときゃよかったかな…」



 勇太は、ショックで椅子に横たわっている里美の代わりに、学食の床をモップで磨く事になってしまった。



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