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 つい先程まで里美と押し問答を展開していた勇太の姿は既に無かった。

 

 里美達はラストチャンスとばかりに、急ピッチでステージ作りに取り掛かっている。学食中のテーブルを集め、角と角を揃え、足をガムテープで巻いていく。ブルーシートを敷けばもうそこは全日マット…もとい、kiss me babyだけのステージが出来上がっていた。

 

 体力担当の男手は、簡易スピーカーシステムの搬入をしている。もちろん、ハッピー、メロンはこちらサイド。バカボン達は渋々、カラーコーンをステージの前に並べていた。

 

 

 「あーあー、テステス、ワンツー、マイクテス、マイクテス。」

 

 

 エアヴォーカルの里美が立ち位置を確認し、ステージの距離感を確かめていく。

 

 エアギターのアニーが在りもしないギターの調律に余念が無い。

 

 エアベースのシンディは、汗で崩れたメイクを直している。

 

 エアドラムの円代は椅子に座り、膝を叩きながら精神を集中させている。

 

 エアリハを終えたkiss me babyは、田中三保のトークライブがいつ終わったのかも気付かないまま、エア楽屋にて客の入り待ちをしていた。

 

 


 「顔、スゲー小っちゃくなかった??やっぱモデルだよねぇ~」

 

 「っつーかそれは後ろでしか見れなかったからだべ?顔だけじゃなく、全部小っちゃかったよ。見えないくらい…」

 

 「なんか一番前の方の一般客、ウザかったな。」

 

 「だよな。荷物置いたまんまどっか行ってたし、退かそうとしたら思いっきり睨まれたし…」

 

 「なんで花束贈呈が生徒会長なんだろうね。あれ、不公平だよね。」

 

 「歌は要らなかったな。客がギャーギャー騒ぎ過ぎて全然聴こえなかったし。」

 

 「Q&Aコーナーも段取り悪くてダダスベリしてたよな。」

 

 「司会が悪いんだよ。」

 

 「いや、客が悪い。」

 

 「田中三保って喋るとイメージ崩れるね。」

 

 「っていうーかさぁ、」

 

 「っつーかよ、」


 

 

 「あまり面白くなかったなぁ…。」


 


 橙祭のハイライトとなるはずだった田中三保トークライブは、予想以上の一般客入場数により規制が大幅に掛けられ、殆どの西部橙生は事実上の締め出しとなっていた。

 

 田中三保の芸能性や、クラスの友人同士によるごく僅かな話題性に飛び付き、ミーハー心に踊らされた若者達は、落胆や後悔を抱えながら、年に一度しか訪れない聖なる祭りの終幕を予感していた。


 しかし、その釜の底の様なフィナーレに蜘蛛の糸が垂らされる事となる。


 

 

 「ねーねー、なんか学食がスゴイ事になってるんだけど!ギャーギャーいってるよ!!!」


 

 若者達の伝達速度というものは半端なスピードではない。最後の光に吸い寄せられるモグラの様に、その小さな噂は瞬く間に大きな炎となった。


 

 「なんか、テーブル使ってステージになってて…演奏してるらしい!!!」

 

 「え?それってバンドとか?ライブしてるの?誰が?」


 「わかんない…でも、楽器は持ってないみたい…」

 

 「ダンスでもやってんのかな?もしかしてカラオケ???」

 

 「生徒じゃない人がステージにいて…」

 

 「え?まさかまた有名人??」

 

 「わかんない…行ってみる?」

 

 「行こうよ!早く行かなきゃ終わっちゃうよ!」


 

 

 橙祭のフィナーレは、まだ見ぬ田中三保を一目見ようと出待ちをする人々と、田中三保に見切りを付け、別の事件を求めに学食へ向かう人々とに二分化した。

 

 八対二の比率が五対五となり、そして入れ替わり二対八となるまで、そう時間は掛からなかった。





 噂を嗅ぎ付けた生徒達が学食で目にしたものは、正に滑稽な奇術であった。


 誰がどう見ても楽器を弾いてないではないか。いや、弾いてないどころではない。持ってもいない。そこに在るべき奏でる武器が存在しないのだ。スピーカーから出ている音に合わせて当て振りをしているだけ。声も出していないならカラオケ以下だ。動きが揃っている訳でもない。ダンスにしても質が低すぎる。音楽でもなく、スポーツでもなく、演劇でもない。いったい、こいつらは何をしているんだ…?







 めちゃくちゃカッコいいじゃねぇか…。





 流れに身を預けた輩は思い思いに人の渦となり、生徒達の鬱憤はまるで密度を増したルーメン。すなわち、この瞬間こそがビッグバンの正体であった。





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