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 田中三保トークライブまで十分前となり、ステージ前は人がまばらになり始めていた。


 あちらこちらで田中三保目撃情報のデマが飛び交い、悲鳴にも似た歓声が所々で聞こえる。


 「…なんか人事みたいだけど、次に出るバンドかわいそう…」本当に人事みたいにアニーが同情する。


 次のバンドは「ラルク・アン・ダルシム」だ。ボーカル担当が野球部ばりの坊主だったので、「あー、そういう事ね」と妙に納得。だとしたらラルクは何なんだラルクは。


 ダルシムが歌う一曲目が始まる前から、もう既にパラパラと雨が降り始めていた。里美達にしてみれば田中三保に加えて、これ以上無い最悪なパターンである。


 後方のテント内で、学年主任の鷹瀬がPAの人と何か話している。鷹瀬は舞台スタッフの生徒に指示を出し、ブルーシートを舞台袖に用意させた。


 「ねぇ、これってもしかしてB'zみたいに大雨の中ライブやるって事?」


 「大…雨か…。良純のヤロー、余計な時ばっかり当てやがる!!」


 雨足はどんどん強まり、福の神ハッピーちゃんは傘が小さすぎて(身体が大きいとも言う)、顔以外ズブ濡れになっていた。


 三曲目の「首吊り台から」が終わった瞬間、PAは両手でバツを作った。舞台スタッフがステージ上の機材をブルーシートで包み始める。ついでだ、とばかりにダルシムも一緒に包まれた。


 「嘘でしょ?ねぇ、マジで?は?どーなんの?コレ?」


 円代が半ばパニック状態になり、kiss me baby四人は青に包まれたステージを見つめ、呆然と雨を凌ぐしか無かった。…その瞬間である。



 「ゴォォォォォォォ」


 「キャァァァァァァァァァ」


 「ドドドドドドドドドドドドドドド」 



 体育館の方向から、物凄い地鳴りの様な歓声と拍手が響いた。田中三保が二十分押しで体育館に登場した事は容易に想像出来る。



 学年主任の鷹瀬はPAに軽い御辞儀をしながら渋い顔をして、手でバツを見せた。それに頷いて応えるPA。


 野外ステージは雨の為、非情にもkiss me babyの直前で中止となってしまった。止む事を期待出来そうにもない雨足である。ダルシム達は、見ていた友人達と何事も無かったかのように体育館へ走っていった。


 「こんな事って起こり得るのかよ………」



 里美、アニー、円代、シンディ、ハッピー、メロン、円代の後輩達、理沙子含む里美クラスの女子数名、他ギャラリー数名が、ドーハの悲劇の様に言葉を失っていった。


 我慢出来ずに円代が口を開き、鷹瀬に突っ掛かっていく。


 「ちょっと!学年主任!!!余りにもひどいじゃないのよ!私達の意志確認もシカトして一方的な中止するなんて!!!フザケんな!」


 「オゥゴルァ!ニャァルステッポコッスンジャーヂョ!ポイ!」


 この紫色のパーマが濡れて、新鮮な茄子みたいになっている子の言葉を訳すと、「お前。こらっ。舐めた真似しているとボコボコにするぞ。おい。」と言っているらしい。

 

 「電気機器を扱ってるんだ!この天候じゃ無理も無いだろ!私だって悪気があって中止したのではない!君達は楽器が無いからいいが、前のバンド達やPAさんはどうなる?安全な判断を取ったに過ぎん!」

 

 

 「じゃぁ、先生、別のステージでやらせて下さい。お願いします…。」里美が悲痛に訴えた。


 「学校内は何処も出店等でスペースが埋まっている。空いているのは外だけだ。」


 「ちょっとアンタ、この状況見てマジで言ってるのぉ?」メロンが抗議する。


 「現実問題を言ったまでだ!大体なんだ!?アンタ達は?うちの生徒の関係者ですか?当校の風紀にも関わりますので、これ以上騒ぎを起こしたら、橙祭どころか指導室行きになりますよ!?まったくもう…」


 鷹瀬は我を忘れた自分を取り戻すように、息を落ち着かせてからまた口を開いた。


 「私だってお前達に晴れ舞台を飾ってもらいたいに決まっている。だがこの状況では…」


 体育館と、水溜りの出来ているステージを見て溜め息を吐く。



 鷹瀬はPA横の待機テントに戻っていってしまった。



 「里美、どうしよう…」


 「どうしよう、じゃないでしょアニー。腕がもげてもやるんでしょ。」円代はイラついていた。


 「やりたいよ。やりたいけど…これじゃぁ…」


 「みんな。落ち着いて考えるのよ。方法を見つけるのよ。」四人を促すシンディ。


 「………………………………。ちょっとトイレいってくる。」


 里美はスタスタと、学食内にあるトイレに向かっていった。その時である。



 













 



 「超ダセー。」




 その声にふっと振り返ると確かに勇太が居た。



 「は?アンタなんでココに…?」


 「まじでダセー。笑うくらいダセー。」


 「わざわざ大雨の中、バカにしに来たの?」


 「ふつーに見に来たんだよ。あ、お前らじゃなく、田中三保。」


 「この時間ちょうどトークライブ中よ。中入れなかったの?バーカ。」


 「バカはどっちだよ。」


 「わかんない。こんな結果にする自分がいちばんバカ。でもそれを笑いに来たアンタだってどうしようもないバカ。」


 「何が結果だよ。何も始まってねーだろ。早くトイレで泣いて来いよ。ホラ、早く。バカだから泣けばすぐ忘れるべ?」


 「………泣かない。」


 「お前が泣こうが泣くまいがどーでもいーけどよ、お前の仲間達なんてもっと泣きたいぜ。お前みたいにバカじゃねーもん。」


 「なんで私の仲間の事知ってるのよ。」


 「中入れなかったんだよ。」


 「バカね。」


 「かもな。」


 「いや、ごめん。ちがう。」


 「ん?」


 「………私、行くわ。」


 「は?ちょ、ちょっと…」




 里美は外のテント内で待機している、二十パーセントの括りに入ってしまった者達に向かい、猛ダッシュした。


 水溜りを踏みつけながらテントに向かい、大声で鷹瀬を呼び出す。


 「鷹瀬先生!!!アニー!!!橙祭実行責任者は誰?!誰なの??!!」


 「どうしたのよ里美!いきなり…」


 「いいから教えて!誰ですか?先生!教えて下さいっ!!!」


 「あ…、わかった。陸上部顧問の朝野先生だが…どうするんだ…?」


 「鷹瀬先生も一緒に来て下さい!kiss me baby はもちろん、福の神さん、メロンさん、円代ちゃんの後輩達さん、そして、理沙子達も!!!!お願い!!力を貸して!!!!みんな全員で朝野先生に直談判しに行くのよ!!!早く!!!!!時間が無いっっっ!!!」



 迫力負けしたのか、鷹瀬は静かに頷いた。皆も同調する。



 「アニー、シンディ、円代ちゃん…」


 「何?里美。」


 「絶っっっっっ対にライブするぞ。絶対に誰も泣かせない。」


 「よく言った!」


 「よし。行くわよ。」


 「里美…っ。」


 「みんなーーー!!!お願いします!!!」



 「んもぉ~っ、仕方ないわね!」「ポィポィ!ツキュルド!!ゴルァ!!!」「里美!仕込み手伝ってくれた御礼よ!」「こ、こら、廊下は走るな!廊下は…」




 体育館周辺はまだざわついていた。激しい雨音と混じり合い、祭りのビートを操作している。


 大所帯となったkiss me babyは、八十パーセントの人種が作り上げる喧騒を身体で感じながら、橙祭実行責任者の朝野が居る職員室へと走って行った。


   

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