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イントロダクション

 

 「うわ!なんだあれ!」

 

 橙祭の目玉となっている田中三保トークライブの整理券を求め、早朝から一般客も交じり、校門前は何やらただ事ではない異様な空気となっている。

 

 焼きソバ、クレープ、タコ焼き、チョコバナナ等、露店の仕込みに余念が無い生徒達。油と蜜が入り混じった様な甘ったるい香りが、まるで大麻の煙のごとく所々から立ち込めていた。

 

 ピカチュウの着ぐるみで呼び込みにハシャぐ生徒もおり、祭りを予感させるには十分な朝であった。

 

 里美は、ライブの出番まではクラスで出すフランクフルトの仕込みを手伝い、同じクラスの理沙子と食品搬入を手伝っていた。

 

 「うわぁ…、アレ見てよ理沙子。三保目当てにキモいオタクとかばっか集まるのかと思ったら、整理券配布のテントに並んでるの女の子ばっかじゃん…。さすがトップモデルだね。」

 

 「里美の出番って14:30からでしょ?田中三保、チョイ見してから絶対みるからね!エアバンド!」

 

 「えーまじで?チョー助かる!がんばるぜ~。理沙子は田中三保、全部見ないの?」

 

 「ワタシはクラスの店番あるしね。整理券並んでる暇もないしさ~。男子は仕事ほったらかしてみんなで並んじゃってるし。エアバンドの時間になったら絶対に店閉めて女子みんなで応援するからね!」



 里美はこれこそが鎌田の言っていた、祭りで生じる人種の差か。と身を持って痛感した。理沙子こそが、三保を見れずあぶれてしまう全体の二十パーセントに括られる内の一人だったのだ。

 

 里美は理沙子を含めた二十パーセントの人達こそ楽しませたいと強く思った。

 

 「理沙子、楽しみにしててね!…ん?」

 

 遠いところからふと、里美を呼ぶ声が聞こえた。

 

 「おーーーーい、さっとちゃーーーん。」


 目線の先にはピンクのアフロヅラを被ったアニーと円代がいた。円代はガーターベルトを放り出し、胸元から黒ブラも覗かせた、パリ静子スタイル。いやーん、まいっちんぐ。


 

 「うわ…円代ちゃん、今日は特にボヨヨンじゃないですか…。」

 

 「里美!円代ちゃん、さっきからずっと『ビール飲みたい』しか言ってないんだけど!」

 

 「祭りってのは幾つになっても血が騒ぐわね!でも高校の文化祭は酒類売ってないし持ち込みも出来ないから少し残念!ったく!」

 

 「まったくもう…程々にしてね!私、仕込みが落ち着いたらステージ向かうから!んじゃ!」

 

 

 里美は食品搬入を終わらせ、鎌田を迎えに行くことにした。

 

 「よし…っと!ごめん!理沙子!私ステージ行って来る!また戻り次第手伝うね!」

 

 「おうっ!里美!ロックンロールしてこいよ!」

 

 里美は親指を立てた。


 校門に向かったところ、一台の黒塗りクラウンが止まり、クラクションを二回鳴らされた。

 

 「お出ましの様ね…。カモン!シンディーっ!」

 

 「…遅いわよ。子猫ちゃん…。」

 

 車から颯爽と降りてきた鎌田は「ナインスパイク」と同じ衣装を身にまとい、完全に夜の蝶に変貌していた。シンディー、西部橙高校初上陸の瞬間である。

 

 続いて福の神ことハッピーちゃん、メロンちゃんが曇りなのに日傘を差して降りてきた。

 

 「んもぉ~っこねこちゃぁ~ん、おひさしぶり~!またあえてほんっとう~にうれしいわ!今日のライブがよかったらつねつねしちゃうからねっ!んもぉ~っ。」

 

 福の神ことハッピーちゃんは、相変わらず男より男らしい声で激励してくれた。

 

 「何かが起こる予感しかしないわ!」メロンちゃんが絶叫する。少し落ち着けよ。

 

 シンディ、ハッピー、メロン、里美が歩くと、すれ違う皆が振り向き、一般客に混じった外国人までもが「オ~ウ、ジャパニーズ・ゲイシャレディー!エクセレンツ!ファンティリュージョン!」と雄叫びを上げ、シンディ達と記念撮影をしていた。

 

 「オ~、外人サ~ン、ジスイズ、ノット、コンピュータグラフィックス!オケーイ?」

 

 里美がそう言うと、外国人はついつい「リァリィ?」と返した。オ~ウ、イッツアメリカンジョーク。


 

 里美はピクサーから飛び出した三人を連れ、ステージへ向かうと、ボイン円代とアフロアニーに合流。リアル・モンスターズ・インクの様相を挺した。ステージのライブは既に始まっている。

 

 それと同時に、体育館に人も集まり始めた。皆、自分とは一切関係の無い所で起こってしまった事件に胸を高鳴らせている。田中三保トークライブまであと一時間半。おそらく田中三保は裏口から誰にも気付かれない様に、学校入りを果たしているだろう。

 

 

 その時、いきなり校門のあたりにけたたましいマフラー音が鳴り響いた。

 

 バイク数台、蛍光色の改造車が学校の前をウロウロしている。


 「あっ。来た来た。」


 「えっ…?来たって、まさか円代ちゃんあれ…」

 

 「そ。応援に来てくれた後輩達。だ~いじょうぶよ。私が居れば絶対暴れたりしないから!」


 アニーの笑顔は完全に引きつっていた。


 

 作業服姿の男が円代に近付いて「気を付け」をした。

 

 「マルセンペィチィーースィ!!!サシュワエテシィッスュ!!!」



 どうやらこの紫色パーマで歯が溶けている子の言葉を訳すと、「円代先輩、こんにちわ。久しぶりに会えて嬉しいです。」と言っているらしい。


 

 「おう。遅かったね、アンタ達。わかってるだろうけど、ここで変な騒ぎ少しでも起こしたら…わかるね?」


 「マルセンペィッテワシィテュワ!ポイ!ォメラワィサツシャヨ!!!ジャッツレィサシュ!」


 

 どうやらこの紫色パーマで歯が溶けていて、お母さんが持つようなセカンドバッグを下げている子の言葉を訳すと、「円代先輩、わかりました。オイ。おまえら挨拶しろよ。失礼します。」と言っているらしい。


 

 「あいつ牛瓶瓶噛んでアンパンやりすぎて、歯が前歯しかないんだよ。ついたアダ名がバカボン。」


 「円代ちゃん…どんな学生時代だったのか、強烈に知りたくないよ…アワワワ。」


 数人のオカマと数人のヤンキーに囲まれ、里美とアニーの周りはドーナツ化現象が進んでいた。


 

 ステージ上では着々と演目が進んで行き、それを横目に体育館は、より一層のざわめきを増していく。

 


 今にも雷ごと降って来そうな空は、午後に突入しても晴れることは無かった。里美は時々頭に冷たい雫を感じていたが、決して空を見ることはしなかった。




 時刻は田中三保のトークライブまで三十分、kiss me babyのライブまで一時間となっていた。



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