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アイス・トゥ・アイス


 アニーは付き添いの祖母に肩を抱かれ、右腕に三角巾を着けて診察室から出てきた。頬に軽い擦り傷がある。



 「ちょっと、アニ………」


 「骨、ヒビだって。」


 「ヒビって…」


 

 祖母の話では、自転車で青信号を渡ろうとしたところ、右折トラックの巻き込み確認不注意によっての接触。転倒し、右肘骨折を負ってしまったという。


 全治三週間。


 アニーは怪我をした事で滞ってしまうエアバンドの事はもちろん、母が亡くなった場所で事故にあったという精神的ショックも大きく、表情を強張らせて小刻みに震えていた。


 「里美…あた…し…、ごめん…。」


 「は?!何?ごめんって?今は余計な事考えないで治す事に集中しなよ…!?はぁ…でも少し安心したよ。まさかと思っちゃってさ…」


 「ごめん…バ…ンド…。」


 「だから、今その事はいいって!あ、アニーのおばーちゃん…いきなり押しかけてごめんなさい…私、今日は夜も遅いのでおいとまします…。」

 

 アニーはカブト虫をひっくり返したような顔をしていた。


 

 その日を境に、kiss me babyの合同練習は精彩を欠いたものになってしまっていた。アニーは自宅療養、鎌田も受験勉強との両立の為か、講習等で練習を休む事があった。


 その結果、里美と円代のツーピース・エアバンド練習が多くなった。ホワイト・ストライプスやライトニングボルトが二人で練習するのは当たり前だが、もともと四人だったのが二人になるのはキツイ。「笑点」の大喜利メンバーが木久扇とたい平では成り立たない様なものである。それは人選の問題もあるが。


 夏休み最後の練習となったこの日も、里美と円代の呼吸は終始合わないままであった。


 


 「だーかーらー、里美!そーじゃねぇーって言ってんべ!?アタシがソロのときカブって前出てどーすんだっつーの!」


 「円代ちゃんこそ、そこばっかにこだわり過ぎ!臨機応変って言葉もなくない?」


 「ああ言えばこう言うなんだから里美は…。」


 「なによそれ!どういう意味!?」


 「あーわかったわかったもういい!次やろー次…」


 

 この日は、最後までギクシャクしたままで練習を終えた。


 公民館の人がくれたアイスの味を巡ってまで喧嘩するくらいであった。



 「あー疲れたー!アンタと二人っきりだと別の意味でも疲れるわ!」


 「なにそれ円代ちゃん。今日、いやに突っ掛かるね。」


 「違うよ里美。アタシもオトナになんなきゃって事だよ。アンタこそ突っ掛かってんじゃん。」


 「なんかアニーも鎌田もいないと思うと…さ。ごめん。」


 「たまたま休んでるってだけでしょ。」


 「たまたま!?アニーは怪我してんだよ!?休みたくて休んでんじゃ無いっつの!」


 「だからたまたまじゃん。そもそもアニーが怪我したのだってアイツの不注意もあったんでしょ?自業自得っちゃーそうじゃね?」


 「はぁぁぁぁぁ!!??円代ちゃんそれ本気で言ってんの!?冷たいにも程があるんじゃない?」



 里美がアイスそっちのけで円代を睨んだ。



 「冷たいもクソも無いでしょ。本当の事よ。アタシは今、ハラたってんのよ。これからって時にヘタな不注意で怪我なんてしやがってさ…。里美は知らないと思うけど、アタシが生徒じゃないからって理由で選考書類叩き返された時、アニーがギャンギャンに大泣きしながらワタシに向かってブチ切れしたんだよ?『遊び半分なら辞めちまえバカ!』って。」


 「え…?」


 「思いやったつもりで、『アタシ抜きの三人でやればいいじゃん』って言ったのに。ヒドイよねアイツ。なのにさ、アニーは里美や鎌田に合わせる顔がないって言って、学年主任に土下座しに行きかけたんだよ?それだけはさせまいとアタシが文句つけたけどさ…。だからもう、アタシはアンタ達と年齢だ学生だなんだで付き合うのは辞めたんだよ。それが何だよ!死にもしねぇ怪我だの、冷てぇだのってよ。信じてたアタシに恥かかせようとしてるとしか思えねーっつーの。どっちが遊び半分だ?あ?言ってみろよ?」


 円代が大人気なくヒートアップし、里美は黙ってしまった。


 「アニーの怪我が治った時に、鎌田が安心して受験と両立出来る様に、じゃないの?二人とも戻った時に思う存分合わせられる様にやるんでしょうよ!目の前の夢が少しコケたくらいで、ずっと先の現実オロオロさせるワケ!?だったら、ずっとそうやって表ヅラだけで部活ゴッコする事ね。はい、もうこの話はオシマイ!…里美、アイス溶けてるって。」


 「…あ。」


 里美のガリガリ君は、ソーダ味の汁と棒だけになっていた。


 「…ごめんね。里美。ぶっちゃけて話すと、里美達がスゲーうらやましいんだよ…。ホラ、アタシ…バカだったからさ!高校行かないでワルしてたし…。その仲間とノリでバンドやって、ブームにのっかってイカ天出たけどサッパリだったし。今思うとそんなマジじゃ無かったのかな。現実味無さ過ぎて。子供育ててる方がよっぽど戦争だったよ。それがなんだよ、エアバンドなんて楽器持たない音楽でこんなにクソ真面目にやるなんてさぁ…凄いよ。本当に凄いよ。こんな仲間、あの時に私も欲しかったよ…。」


 「ワルやって、バンド組んだんだし、全く仲間が居なかったわけじゃないじゃん…。」


 「里美。そうなんだけど、あの時と違うのは、もう音楽を粗末にしたくないって思ったの。たとえ楽器をもってない音楽だとしても、実際に楽器を持ってたあの時代よりも、リアルなものにしたいと思ったんだよ。…そして、それが出来そうな時が来たんだよ。やっと……アタシに……。」


 「『kiss me baby』って曲名を提案したのも、その表れだったのかもね。」


 「…きっとそうだと思うよ。」


 「出来るよ。」


 「やるんでしょ。」


 「当たり前でしょ。」


 「随分言うね。」


 「円代ちゃん、あのさ…」


 「何?」


 「アイス溶けてるよ。」


 「…あ。」



 円代のスイカバーが、スイカ汁と棒だけになっていた。



 「…腹減った。」


 「アイス溶けちゃったしね。」


 「ジョリパス行こうか!おごるよたまには!」


 「家計を省みない主婦だね~!」


 「そのかわり今度アイスおごってよ?」


 「公民館の人に言ってね!」


 「ああ言えばこう言うなんだから里美は…。」




 高校入学後、初の夏休み終了三日前、そして橙際まであと一ヶ月となった。


 



 

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