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春日部・ドリーミン

 里美お手製の「エアバンドのしおり」は夏休みが中盤にもならないうちに皆ボロボロになっていた。


 練習場所は春日部市にある豊春第二公民館の第一会議室。週に二回四時間、時には六時間もの練習を行った。初日の練習をここで行った時に公民館の人からアイスの差し入れをもらって以来、豊春第二公民館はkiss me babyのホームグラウンドとなる。現金なやつら。


 選曲は一人一曲ずつで四曲、皆でもう一曲を決め、計五曲。各自集めた資料を基に演出面を練っていく。持込のMDラジカセからは選曲を編集した里美自作のMDが、割れた音で何度も何度も繰り返し流されていた。


 「あのAメロの後半さぁ、ビデオで見たらギターのケツに手を置きながら弾いてるんだよね。だから、こう…モーション大きく弾かないで、ツツツツツ…ってやった方がいいかも。お客さん見渡しながらさ。」


 アニーは「ミュートカッティング」というギター演奏用語も当然知らなかったが、持ち前の観察力でパフォーマンスは見逃さない。


 「そんなジャンプじゃないよ。もっとこう、身体を丸めて…次の間奏のアタマと着地を合わせるんだよ!」


 里美は細部にまでこだわり、一つ一つを構築していく。


 「もっと内股になって、つま先を内側に向けて少し立てるのよ…そう!腰にグラスが乗るくらい突き出して、背中は出来るだけ反らす!…そうそう!セクシーだわ!」


 鎌田はシンディのショーテクを存分に伝える。

 

 「ドラムの方が簡単だったかもね。目の前にあるやついくらでも叩けるんだもん。」


 唯一の楽器経験者、円代は楽器を使用しない演奏の難しさを痛感していた。


 

 

 「よしゃーい!んじゃ最後に一曲あわせて終わりにしようか!」鬼教官、里美が締めの曲をかけた。


 再生ボタンを押して流れたイントロは、練習してきたどの曲とも違うものだった。


 「ん?」「あ?」「え?」里美以外の三人が戸惑う。


 


 流れてきた曲は斉藤和義の「歩いて帰ろう」だった。確信犯的に皆を無視し、イントロのギターをエア弾きする里美。肩幅以上に大きく足を広げて弾く様はまるでジョニー・ラモーン。


 

 その僅か数秒間の事件を察知した三人は「仕方ねぇな、やるぜ!」と言わずとも目を合わせ、同時にエアバンド・インしてみせた。


 「これだ。」


 里美は確信した。


 片足を浮かせてダックウォークする。


 無い楽器を天井まで突きつける。


 バンドよりバンドらしく。


 四分前後の海へダイブする。



 

 「誰にもいえない事は どうすりゃいいの おしえて」



 


 エアバンドというある意味模倣や擬態、虚構の固まりの様な行為は、相殺したい事が山ほどある里美達にとっては最大の武器だ。皆、何かを求めてはいるものの、その何かの正体すらわからない。エアバンド、橙際、橙ライブタイム、そして何よりこの仲間こそが、その正体を知る旅だった。


 練習を重ね、それを確実に実感していたのは里美だけではなく、アニー、鎌田、円代、kiss me baby全員だったことは言うまでも無い。



 「あー面白かった!みんな意外とイケるじゃん!」


 「なんだよ里美…スゲー焦ったよ。いきなり違う曲かかるんだもん。」


 「この曲好きなんだよね。」


 「うん。私も好き。」


 「オカマにも人気あるのよ。」


 「これって斉藤洋介って人だっけ?」


 「斉藤洋介は『人間失格』でオカマやってた人だよ!」


 「ちがうわよ!三浦和義よ!」


 「Jリーグの人?」


 「いや、ロス疑惑のほう。」


 「それはないでしょさすがに。」


 「じゃぁ歌ってるの誰よ。」


 「っつーか腹減った。」


 「私も。」


 「私も。」

 

 「んじゃ、春日部のジョリパスでも行く?ピザ食い放題!」


 「そー です ね!」←全員


 


 いいともか!…と突っ込みたくなるが抑えてください。


 色気より食気といったところの四人は春日部のジョリパス(時間帯によりヤンキーの溜り場となる)にて一日を絞め、それぞれの帰路へと向かっていった。


 東武野田線春日部駅から梅郷駅までジャスト三十分。七光台駅を過ぎたところでアニーが里美に話しかける。


 「あー疲れたー。やっぱさ、あそこの箇所もうちょい揃えたいよね!今日時間なくてあんまり出来なかったけど。」


 「うん。もう少しで学校始まるし、円代ちゃんもパート入っちゃうしさ。夏休み中には仕上げていきたいよ!」


 「里美、あのさ。」


 「ん?」


 「いや…なんでもない。変な意味じゃないけど、今死んだら後悔しそうだな。私。」


 「私だってそうだよ。ここまでやったんだし、やり切るしかねーじゃん。」


 「エアバンドって最初聞いた時は冗談にもならねぇって正直思ったもんね。里美、ふざけ半分だったしさ!」


 「ふざけてないって!…でも意識は確実に上がったと思う。あの頃より。」


 「びびらせたいよね。」


 「うん。」


 「誰を?」


 「誰をって…みんな。」


 「特に誰?」


 「言わせたいのかよ。」


 「あはは。」



 

 梅郷駅に付き、二人はいつもと変わらぬ挨拶をして別れた。


 

 帰宅した里美は、今日の練習を録画したビデオを巻き戻して見る準備をしていた。



 途端、携帯が鳴り画面を見ると知らない番号からだった。


 「は…?なんだこれ。誰?………もしもし?」


 電話の声は聞き慣れない男からだった。


 「もしもし!邑背里美さんの携帯ですか?」


 「はい…。失礼ですがどちら様で?」


 「千葉県警交通捜査課、広井と申します。たぶち…田淵奈菜さん御存知ですよね?」


 「はっっっ??アニー…いや、田淵がどうかしたんですか???」


 里美は気が動転していた。






 「…宇宙センター前の交差点でトラックと衝突事故を起こしました……それで……」



 

 里美は巻き戻したビデオもそのままに家を飛び出し、アニーが運ばれた小針病院へと自転車を走らせた。





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