ゴールデンボール・グレイテスト・ヒッツ
「えー、各自ぃー、えー、節度を持ったぁー、えー、夏休みをぉー、えー、過ごす様にぃー、えー、心掛けてぇー、えー、くださいぃー、えー、終わりますぅー。ウェッホン!」
いったいこのオッサンはこの話の中に何回「えー」を入れるのかと、ウンザリしつつ、延々続いた終業式での校長の話にピリオドが打たれ、全校生徒はこれから訪れる夏休みに胸を躍らせていた。
「しっかしハゲ校長の話は中身がスッカスカだな。ふ菓子トークだね。」
「ハゲとでーあーったオーデーコがー♪なーつーはーテカるから嫌い♪」
里美との帰り道、スピッツの「空も飛べるはず」をとんでもない替え歌で歌うアニー。
夏休み突入の前夜祭として今夜は鎌田が内密にバイトしているオカマバーに潜入すべく、里美、アニー、円代の三人で新宿二丁目に繰り出す計画を立てていた。
里美は帰宅後、母親に「東武動物公園の花火に行って来るから帰り遅くなる」と伝え、家を後にした。
母親はまさか我が子が東武動物公園どころか、新宿のサファリパーク二丁目に向かってるとは夢にも思わず、「あんた、花火大会には水筒持ってきなさい!水筒!麦茶汲むから!」…と声を掛け、何故か里美は首から水筒を下げた遠足スタイルで、新宿二丁目へと足を運ぶ事となった。
東武野田線梅郷駅でアニーと合流し、開口一番「なにそれ」と指をさされ笑われた。
常磐線を使い、日暮里乗換えをして目的地まで一時間。野田市民にとっては新宿まではちょっとした小旅行である。
新宿東口の交番前で円代と待ち合わせたが、ポテトガールズの二人は新宿の物々しい喧騒に耐えられなくなり、交番前どころか交番の中に入ってしまい、完全に家出少女状態で円代の到着を待った。
「おっまた~!何?アンタら新宿で遭難でもしたの?その水筒で命繋いだ?大変でしたね~お嬢ちゃん達~!さ、行こうか!」
「ちょっと円代ちゃん遅過ぎ!もう少しでカツ丼出されるとこだったよ?!早く行こうよ!!」
円代は胸元をこ・れ・で・も・か!という程大開帳した服をまとい、完全に新宿の夜に溶け込んでいた。これで元バンドマンで子持ちっつってもそりゃアンタ詐欺だよ!ってなもんである。
そんなクラブ出勤前ルックのバブリー円代とは対称的に、Tシャツにハーフパンツのイモ姉妹二人は完全に眠らない街に圧倒されていた。
「円代ちゃん…、ホストに声掛けられまくってない…?うわぁぁぁ!ヤクザにホームレス…怖い!バイオレンス!」
「昔はゴールデン街通り抜けて、日清パワステに入り浸ってたもんよ。アンタ達みたいなカッコしてさ…あ!あそこじゃない?『クラブ・ナインスパイク』…。」
灰色の看板がチカチカと光っている。アニーは完全にビビッていた。
「なんか怖い…。ほんとに鎌田こんなトコでバイトしてるの…?円代ちゃん、お願い…先行ってよ…。」
「だーいじょうぶだっての!だらしない!さ、行くよ!」
円代は二人の手を引っ張って、地下へ続く階段を威勢よく降りていった。
店の中から大音量でマキ原ノリ之の「もう恋なんてしない」の大合唱が聞こえる。脅威だ。
「すいませー…」
円代がドアを開けたら、淡いピンク色に包まれた店内の奥から、福の神の置物みたいなオカマがトコトコと近付いてきた。
「いらっしゃぁ~い~! あらぁ~、三匹の子猫ちゃんじゃなぁ~い?んもぉ~お嬢ちゃん二人はまだ未成年~?なら今夜お酒はおチョメよぉ~。」
男よりも野太い強烈なダミ声で福の神は一方的にまくし立てた。
「す…すいません…。改めて聞きますけど、ここはチャンコ鍋屋じゃないっすよね?」
「あらやだ!失礼しちゃうわね!ぺチャパイコムスメちゃん!この後でたっぷりつねつねしちゃうんだからぁ~んもぉ~っ」
里美には福の神があまりに、んもぉ~んもぉ~言うもんだから、自分の居る場所が牧場にも思えてきた。
「あの、ここに鎌田って奴働いてますよね?私達、鎌田の友達で…」
「あぁら!!!シンディちゃんのおフレンドぉ?!そりゃぁもぉ大歓迎しちゃうわぁ~ママ!ママ!シンディちゃんのともだち三名様でぇ~す!!!」
カウンター越しからママと思われる、演歌歌手の様なオカマさんが迎えてくれた。
「はじめましてぇ、ようこそナインスパイクへ~!シンディちゃんには週末だけだけど、ショーダンサーとして凄く助けてもらってるわ!ちょうどもうすぐショータイムだからゆっくりしてってくださいな!」
案内された席につくなり、里美の隣に先程の福の神が座り、アニーの隣に座ったオカマさんはタレ目で前歯が長く、ポッチャリしていてまるでガチャピンの様だった。
「はじめましてぇ~メロンでぇ~す!よ・ろ・し・くねぇ~!」
うーむメロンさん。緑繋がりとしても苦し過ぎる。
「すいませーん!ビールとウーロン茶、あとグラス一つくださーい!」
円代がノッてきた。ギャル系のオカマさんがドリンクを運んでくる。
「はいはーい、私はビール、アニーはウーロン茶、里美はグラスね。」
「は?何で私だけグラスなの?!」
「水筒あるじゃん。」
里美は水筒に入っている麦茶をグラスに注ぎ、新宿二丁目で母の愛情を確かめた。
「それじゃぁ、遠くから来てくれたシンディちゃんのステキな子猫ちゃんたちにぃ~、カンパァ~イ!!!」
「カンパァーイ!!!プハァーッ!!!染みるぅぅぅーっ!」
円代がビールを自らのドテッ腹に注ぎ込む。里美はこの時点で嫌な予感がしていた。
「もうすぐシンディちゃんのショーが始まるわよぉ~!キレィ過ぎてもうつねつねしちゃうんだからぁ…あぁっ!」
福の神の絶叫と同時に店内が暗転し、どこからともなくシンディ・ローパーの「マネー・チェンジズ・エヴリシング」が流れ始めた。
赤ラメのタイトワンピースに揃えたキャンディレッドのハイヒール。
シャンパンゴールドのボブヘア。
キャンディポップなヴィヴィッドメイク。
退廃的にさえ思える大きなミラーボールがシンディを包む。
今年度に大学受験を迎えている鎌田利明は、里美、アニー、円代の三人の前で、夜の蝶シンディとして宇宙一輝かしい姿になり、その繭を破って見せた。