フォータイムス・ウォー
アニーは冷静だった。波が引いた様に、体育館前の階段に座り鼻歌を歌っていた。さすがO型とはいえ、切り替えの早さは円代も拍子抜けするだろう。しかし、それはすぐに感情的になるアニーなりの自分を見つめ直す方法であり、単純脳であろうが次の策を落ち着いて練るしかなかった。
「うーん…金の饅頭でも包もうか…」
教師がまるで悪代官扱いである。さしずめアニーは越後屋か。お主も相当な悪よのう…もとい、ただのバカじゃねーかそれじゃ。教育委員会にしょっ引かれる事間違い無しだ。
「ん??なんだか職員室あたりが騒がしい…???」
異変に気付きながらも、アニーは結局三時限目をサボってしまった。
チャイムが鳴り、教室へ戻ろうとしたらざわめきが一層大きくなり、その喧騒が職員室に近付くにつれ大きくなっていった。人だかりが尋常ではない。
アニーもその野次馬に紛れて職員室を覗いた所、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
「何事ですか!校内で働く者を部外者扱いするなんて!!!」
「パートタイマー、用務員、保護者の人権侵害に当たりますよ!裁判所に申し立てます!!!」
「西部橙高校に携わる者として認めてもらえないなら、パート業務をボイコットするまでです!!!」
職員室内は騒然としていた。
割烹着を着た学食のパート婦達が六~七人でストライキを起こしていたのである。
その先陣を切っていた者こそ、円代であった。
「ふざけんな!一年生追い返した学年主任ーーーーーんっ!!!今すぐ出て来いやゴルァ!!!」
完全に昔ワルでしたねアナタ。と思わず言いたくなる程の巻き舌で円代は啖呵を切った。
「ちょっとちょっと、困りますよ大勢で!生徒達も見ている事ですし…」
あっぷあっぷで学年主任の鷹瀬が出てきた。
「オイオイ、今回はよくも可愛い仲間大泣きにしてくれたなぁオイ?んな権力煽った弱いモノイジメがアタイはいっちばん気に食わねぇーんだよ!てめぇーがアニーに…いやいや、田淵奈菜にワビ入れるまで、ウチら学食業務ボイコットすっからよ。どうしても弁当食いたけりゃテメー自身でカラアゲ揚げろってんだ!以上!!!」
円代は最年少ながら、学食パート内を仕切ってたヘッドだったらしい。
アニーは影でそれを見つめつつ、円代に対して
「それって余計に出にくいよ円代ちゃん!!!やり方もっと考えてよ…」
…と、トホホな気分を隠せないでいた。
一方、四時限目が終わった後の学食は大勢の学生でパニックに陥っていた。
「えー、食券の払い戻しは放課後にて行います。えー、学食は本日営業致しません。えー食券の…。」
まるで武道館コンサートの場外整理スタッフの様に、体育教師が拡声器片手に呼び掛けていた。
その中には里美と鎌田もいた。
「どーなってんだよ鎌田!これじゃ購買のコロッケも買えねーっつの!」
「里美!これはなんか裏で変な事が起こってるに違いないわ!ヤマ勘ならぬ、カマ勘よ!」
学食パート婦レディース連合は校長室にまで押し掛け、大人の話し合いとは思えない押し問答を、終日に渡り延々続けていた。
…翌日早朝、職員全体会議が行われ(どんな学校だよ)、今回のエアバンド出演問題からなる学食営業業務ボイコット事件、校内勤務者の在り方について校長から直々に説明があり、全校集会までが開かれる事態となった(ある程度、馬鹿馬鹿しい)。
結果、土下座の覚悟まで決めていたアニーは、学年主任の鷹瀬から逆に頭を下げられ、晴れて選考書類が受理され判を貰う事に成功する運びとなった。
それは同時に「kiss me baby」の橙祭野外ステージ出演の決定を意味していた。
アニーと円代は職員室を出た瞬間、ハイタッチをして喜び合ったのであった。
「円代ちゃん。本当にありがとうね。っていうか、円代ちゃん元ヤンだったんだね~。まじで迫力あったよ…。」
「あんな鼻水だらけのズルッズルな面、誰かに見られてたら嫁入りも出来なかっただろうね。見たのがアタシでよかったね~奈菜ちゃん!」
「ムカつく!泣きたくて泣いたんじゃないもん!口惜しかったし!!!でも今思うと恥ずかしい…」
「アニー…」
「へ?円代ちゃん、なに?」
「アタシ、何か嬉しいよ。ありがとう。頑張るわ!」
「へへっ。気付くのワンテンポ遅いドラマーだな!!!」
…その時、里美は野球部員の列に紛れ、カラアゲ定食の食券を並んで購入していた。