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プロローグ・アフタースクール

 里美は校門をくぐる度、復讐の念を常に抱いていた。


 …といっても、入学式から早二週間でいきなり机の上に花ビンを置かれたり、ロッカーにスズメの死体を入れられたり、体育倉庫でリンチされたりといった、金曜夜十時からの野島伸司ドラマみたいな事をリアルにされていた訳では無い。

 

 里美は中学在学時に交際していた違うクラスの男子、勇太と漫画に毛が生えた程度のベタベタな失恋を通り越して以来、男が嫌いになっていた。

 

 この春に入学した西部橙高校で、里美は失恋の恨み、いわゆるラヴ・コンプレックス・バーニングを晴らすべく、この学び舎に存在している雄というオス皆全て…エロをでかい声で叫ぶ事しか才能が無い男子生徒、モンスターペアレントの対応に追われる男性教員、ホウキをもって校内をウロウロしている用務員のオッサン、購買の店番をしている人畜無害なジジーにまで、極めて理不尽な想いをキープオンしていた。

 

 「里美ぃ、やっぱうまい事いかないものね!もっと高校ってオトナっぽい空気予想してた!あんま中学と変わんねーでやんの。」

 

 「私もアンタみたいに輝かしいニュースクールライフに期待してたわよ。三月まではね。」

 

 「はいはい、また出ました勇太病!オトコに全てを傾けてる青春ってチョー馬鹿っぽーい!角川文庫みたいな現実をこの高校には期待しない事ね!さとみちゅわぁーん!」

 

 「アニー…、今のあたしならアンタとの幼馴染の縁だって躊躇無く切れそうだわ。爪を切る様な感覚でね!でも爪と一緒で元通りになるのも早いのよね。残念ったらありゃしない。」

 

 「そのまま男にウジウジしっぱなしの放課後って、一緒に居る私までカビ生えてきそうだわ。ただでさえ生理で腹重いんだから勘弁してよ!」

 

 里美の幼馴染、アニーこと奈菜は顔に少しそばかすがあるという事だけで幼少の時から里美にそう呼ばれてきた。

 

 物事を直感で捉えるアニーと、穿った観点を冗談でよく誤魔化す里美は、本人達も気付かない友情が絶妙なバランスで成り立っていた。高校でのクラスは違ったが、里美とアニーは思春期をカヌー感覚で上り下りしていた。

 

 「んじゃまた明日ね!昨日みたいに眠れないからって深夜にメールしてくんなよ?!今度はシカトぶっこくから!女々しい夜の一つや二つあった方がコクのある女になれんじゃねー?ははははは!」

 

 アニーとの別れ際、後半の言葉は東武野田線の騒音に埋もれてしまっていた。

 

 「要するに、しゃきっとしろよって事だな。」


 深呼吸をしながら里美はヘッドホンを耳にあて、進学祝いにもらったMDウォークマンを再生もせず楽器に見立て、マラカスの様にリズムを刻み、縁石に飛び乗りバランスを保ったまま、鼻歌を歌い続けた。

 

 ヘッドホンから流れる音楽は、里美が自ら歌った鼻歌のエコー。まるでライブハウスの様な身体音響施設に里美は心を預けていた。

 

 重いカバンを振り回す。

 

 スカートに波を作る。

 

 履き慣れない真新しい靴でふと踏んでいたステップは、終わりが必ず来てしまう放課後への序章であった。


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