末の娘の優雅な日
あるところに魔法の王国があった。
「違う違う違う違う違う。何度言ったら分かるんだい頓馬な地蟲ども!アタシゃ姥目樫つったんだよウバメガシ!杉や松焼いた炭じゃ薬湯の煮込みにゃ保ちが悪いんだよ!返品して買い直して来な!」
荷車に山と積まれた黒い炭を一目見るや、この国の第四王女・マツは愛用している魔法の杖を振り回し突きつけて怒鳴った、白い塩化ビニール製の棒の先端で黄金でできた掌大の星がギラリと光り、荷車を曳いてきた三人のゴブリンが押しピンのように真っすぐになって、慌てて部屋から荷車ともども出て行った。
「まあったく、何年使い魔やらせてもちぃとも賢くなりゃしない!」
マツ姫は眉を高く持ち上げ怒りを露わにそう言うと、金細工で飾られた黒い付け爪をした手で古びたローブの懐から金時計を取り出してちらりと見た、幾つもある竈でいつも何かしら煮込みをやっているので分刻みで薬液の調整、材料の用意や投入を続けているのだ。
「やあれ、8号の坩堝見に行く時間だね」
吐き捨てるように言って、ゴブリン達が出て行ったドアに向けて叫ぶ。
「あいつらがまた間違って買い込んで来たら開けるんじゃないよ!」
扉板は兵士が胸を聳やかすように僅かに反り、真鍮でできたドアノブもグイと曲げて無言で返事をする、マツは背を向けて奥へ行く。
その部屋は広く、至る所に魔法の道具が置かれて百年も積み重なっていた、まだ9歳の魔法少女マツ姫はしかしそれらの扱いをよく知っていて、城内の工房ではりっぱな女王様として振る舞っている。
坩堝や笊やフラスコ、糸紡ぎの道具や天文観測儀のような機械。そういうモノの堆積が山脈の中の谷川のように奥へ向かって何本も通り道を空けていて、そのうちの一本の奥の扉を開けてマツは薬品作りの小部屋が無数にある回廊へと向かって行った。
下に向かって大きな螺旋状に曲がった回廊は底なしに続いていて、地の底の小部屋に置かれた坩堝は燃え尽きることの無い大地の火で、この世の終わりまで掛かることをしている。
【神皇陛下…】
空間に黒い歪みが生じ、思念でマツに語り掛けた。
「なんだい?」
【以前から姉上様方の事で北大陸の宗祖教団と接触していた司祭めが動きを見せました、ご贔屓の炭屋周辺は今時分呼子が張り巡らされているような有様です】
「ふうん。あの頓馬どもが遣いのたんびに騒ぎになるのをアタシも気にしちゃいたけど町の連中のちっちゃな噂がそんな奴のとこにまで聞こえてるなんて妙だね、それで?」
【司祭ゴードンは内部に対しては聖数となる在任歴27年の区切りを箔付けするため、功徳を積みに祓魔行脚をする、との体で管轄地一帯を全長942.336キロメートルの道のりで巡回し、機会さえあれば宗祖教団から内々に渡された聖典の召喚術を試すつもりです、巡回に先行して手練れ賞金稼ぎ共106名が密偵同然に隠れ潜んでの周辺調査に使われておりそれが呼子の仕掛けですが、此度の手配は我らへの高い警戒感から来るものでしょう】
「宗祖教団の聖典たら、本に埋め込まれてる石の力を借りて天女だかを呼びつけるていうあれだね?アタシや姉ちゃんらへの対策には程遠いけどその辺が目一杯のとこだろ。ゴードンもそこそこの使い手だから目立たないようにしながら試しは打ってくるだろうね、炭が心配だよ」
【私が部下を差し向けましょう】
「いいよ。聖典の石ころには興味あるから司祭の野郎やっつけに一丁出張ってやるさ、今じじいはどこかね?」
【レナードⅢ世街道アナトー庄西部平野を縦断中。今から6時間37分54秒後、モッズス外れの小聖堂に足を踏み入れます】
「噂の詳細が確認されて召喚術の準備に取り掛かるまでは?」
【ゴードンが足を踏み入れてから3時間19分8秒後、聖別された塩が小聖堂広間の清めに用いられます】
「はあ、10時間後かい。たっぷりあるね、なら趣向の凝らしようがある」
マツは一瞬、口端ににやつきを浮かべると、丁度行き着いた目的の小部屋に入った。




