傀儡の演舞【神のシナリオ〜未完の神託(吉兆)】
それは、神すら知らぬ物語。
「塊」は私を産んだ。私は自分が何者かはわからない。
怒り、悲しみ、後悔、絶望。
理不尽な死を遂げた者たちの、行き場を失った感情が絡み合い、一つの「塊」となって、その場に浮遊していた。
それは意思を持たず、ただ在り続けるしかなかった。
しかし、膨大な負の感情の渦は、神にも届き、ついに傍観者の衣を脱ぎ捨て、「私」という形を取って顕現させた。
「私」は「塊」の怒りや悲しみ、苦しみ、特に理不尽な死を遂げたものの何かしらの「塊」の意図を感じることができた。
「私」は人形師ではない。
「塊」が望んだ役目を与えられただけだ。
そして、現代の機器を使いその任務を遂行する。
2045年を待たずして
2026年11月その日が綿密に計画され、実行された。
キツネは走った。
本能ではない。
キツネは一つの家屋に忍びこみ、誰もいない二階へと駆け上がり、器用にドアを開け部屋に入る。
机があり、その上にパソコンが置かれている。
キツネの目が異様に光る。数分の間、操作を鼻先で行い、何事もなかったように家を出る。
宇迦之は大学の授業中だ。家のパソコンと小型端末を繋いでハッカーとして稼いでいた。AI最先端技術の応用を自ら考案し、セキュリティの輪をくぐり抜けていた。
おかしい、誰かが俺のパソコンを開いている。それもパスワードを知っている。なぜ......だ。その言葉が、透き通るように消えた。
意識もない。
大宮はいつものようにパソコンに夢中になっている。
内心へんな正義感というか、世界の情勢に不満を持ち、俺だったら、こうするああすると、物思いにふけるタイプだ。
その大宮のパソコンにも一瞬何か映し出されたが、それから意識はない。
佐田彦は旅行好きだ、そこで有名になって、自分を鼓舞できればいいなと強く望んでいた。
いつものように携帯のSNSに目を通そうとする。これもまた、途中から意識がなくなった。
三人は意識のないまま、歩いて行動できた。
資金は宇迦之が用意できた。
大宮と佐田彦は、別々のルートで大国へと旅行。
もちろん接点もない、観光で怪しい荷物もない。簡単に大国へと旅行できた。
現地では、似たような人々――(私が皆を操っているわけではない)が、それぞれの役目を果たし始めた。
一人一人の行動は別段、不審ではなかった。
準備が整った。
現地に着くとセキュリティチェックが入念に行われた。しかし、大宮と佐田彦は何も持ってはいない。
始まった。
興奮の中、何千人もの支援者が集まり、壇上のターゲットに熱狂している。
大宮と佐田彦は別々の方角から少しずつターゲットに近づく。
途中、器用な人々の手によって、服の中に少しずつ、埋め込まれてゆく。
その時が来た。
佐田彦が壇上のターゲットに向かって近寄る。
警護を無視したため、その代償は、一瞬の閃光と化す。
放たれた弾丸が、その身に潜ませた混合薬物(爆薬)に命中する。
爆音と共に佐田彦の体は、すべてを無に帰した。
ターゲットはというと警護に囲まれ反対側から演舞を降りようとしている。
そこに待ち受けていたのは大宮だ。大宮は懐に手を忍ばせ、あたかも銃を持っているかのような仕草を見せると、警護の指先が反射的に引き金に触れる。
次の瞬間、ターゲットと共に大宮は爆炎へと消え去った。
塊の意図の通り、私が完璧に仕上げたシナリオだ。
宇迦之、大宮、佐田彦はすでに違う形で蘇っている。
皮肉なことに神の力によって、最先端のAIにおけるブラックボックス化への対応、そして人間の制御が及ばなくなる可能性が赤裸々となった。
【吉兆】
「私」は、静かな笑いを漏らした。
自らの計画を遂行した後、彼らが予想外の方向へと力強く進み始めたからだ。
「塊」の意図は果たされた。
悲惨な操り人形という姿は神の本意ではなく、三人は今、確かに蘇っていた。
神の名は、現代の職業として現れた。
宇迦之は、気づくと身体が震えていた。ここ2、3ヶ月の記憶が無い。どうしたことか、時折、涙さえ溢れてしまう。
彼はハッカーの裏仕事から足を洗い、大学で農林水産業の最先端技術を研究し、世界へ発信している。
「彼の研究室のデスクには、小さな狐の置物が、豊穣の祈りを捧げるかのように置かれている。」
大宮は、今や別人のようだ。「俺だったらこうする」と物思いに耽るばかりだった以前の引きこもり生活が嘘のように、積極的に動き回っている。
まもなく首都機能の維持管理に携わる企業へと向かう。
「首都機能の維持管理で働く彼の背中は、首都東京を守るという、凛とした空気を纏い始めている。」
佐田彦は旅行好きが昂じて英語を極め、行く末は外交官、といったところだろうか。
「その外交手腕は、数々の苦難の舞台で、閉ざされた国境という名の『道』を軽やかに切り拓いていくだろう。」
私は思った。
これは、用意された神の役目でも、
定められた人の役割でもない。
神の定めた枠組みすら越えていく、人間の姿だ。
私が与えた「名」は、彼ら自身の力で、これほどまでに輝かしい意味を帯びた。
それを見届けた私は、不思議な安堵感に包まれていた。




