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「アルテミシア、貴女の弟よ。アルテミシア?」
私が転生したのだと気がついたのは弟が生まれ、その顔を見たときだった。
産まれたばかりの弟の顔を見て、『最近の赤ん坊は猿顔じゃないらしいよ。』と老婦人の声が脳内に響きわたり、様々な知識が頭の中に溢れかえったことで、そのまま鼻血を吹いてぶっ倒れた。
弟を取り上げた助産師の助言により尊き方の診断を受けたことで前世の記憶を持って生まれたのだと知らされ、それは事実だと突きつけられた。
私が生まれたのは、巨人族であるザール公爵家。
私の名前はアルテミシア・ハ=クライ。
ザールの名が入って居ないことに酷くショックを受けたが、酷い扱いを受けたことも腫れ物を扱うような態度をされた事もなく、武闘派貴族の令嬢として育てられて居たため酷く困惑した。
父の名前はソラール・ザール。
母の名はスヨウ・ザール=ロ=クライ。
兄の名はゾイ・ザール=ハ=クライ。
弟の名前はソラ・ロ=クライ。
冷遇はされていないものの、何処かぎこちない両親の仲と姓のパズルに一人悩んで枕を濡らして眠った夜は数え切れなかった。
定期的に尊き方の指示で皇帝陛下との面談を行ってもその小さな悩みを打ち明けられず、ハタチの儀と言う竜人としての成人の儀を終えるまで不安な日々を過ごした。
しかし答えはなんてことなかった。
母は竜人と呼ばれる特殊な種族でクライというのは尊き方の名前の一部を拝借して傘下だと示す姓。
ロやハと言うのは竜人としての格の強さであり、イロハと昔の日本のかな表をもとに階級を割り当てられているものだった。
そして一番悩まされたザール姓だが、竜人は貴族など姓を持つ家の者と結婚した場合、自分と家を継ぐ子供のみ結婚した相手の姓を追加で名乗るのだそうだ。
母と長子である兄がそう。
それがわかったのは竜人は竜人と許可された一部の者のみアクセスすることのできる巨大なインターネットが存在して、ハタチの儀を終えると正式に接続が許可される。膨大な知識の海と良くも醜くも懐かしく慣れたUIとフォーマットにより答えにたどり着けた。
『名字が違う なぜ』とかんたんにサジェストに出て来るほど皆が疑問に思っていたもの。
少ない同年代の子はハタチの儀の前に勝手にアクセスしてそういった知識を得たり、親に姓の仕組みを聞いたりするらしいが、私は前世の記憶に邪魔されて聞いちゃいけないものだと思いこんでいたため、そんな重要なことにすら気がつけなかった。
なんと弟のほうが詳しかったりもする。
未だ定期的に面談を行っている皇帝陛下にその事を打ち明けたら、普段部下である竜人の前では滅多に変えない表情を崩して大きく目を見開かれて驚かれた。
そして『気がつけなくて悪かったな。』と謝罪されてしまった。
そしてハタチの儀はまだ私に恩恵をもたらした。
竜人は尊き方のために奉仕するのが当然の義務であるとの教えは幼い頃から受けていたが、どうしても日本人であった私はそれを受け入れることができていなかった。
しかしハタチの儀を終えるとすんなり受け入れることができた。
それは竜人専用のインターネットから得た膨大な知識とその応用で感じることのできるようになった星の力と呼ばれる物に起因する。(星の力は竜人専用のインターネット回線を利用するための電力のようなもの。)
私の暮らす聖帝国に細かく張り巡らせた木の根のような龍脈と呼ばれる電線や回線などなどをひとまとめにしたような物があり、城を中心に国の端の端まで伸ばされている。
中間地点に竜人が配置されて気象から水分量まであらゆるデータを計測の情報処理の補助をして円滑にデータを蓄積させては居る。
国内を常に均等に保ち、生と死が均等に保たれた国を作り上げることを最良とし、少しでも才能があればそのために教育の土台を作り上げ割り振らせているのだ。
尊き方は専門家を頼るのにも抵抗がないらしく、下位のものでさえ詳しく理解することができるのなら喜んで仕事を任せる。
その姿勢に感銘を受け、あっさりと私は尊き方のための社会の歯車となった。
どうしても馴れない者は他の尊き方の傘下に移動することもあり、皇帝陛下の計らいでアマイと言う姓をもつ竜人と一度だけ面談をさせてもらったことがある。
「じゃあこれからは、俺の部下として面談をしようと思う。もちろん星の力を扱えるから気兼ねなくメッセージを送ってくれれば順次回答するが、できる限り表情を見たい。」
皇帝陛下は尊き方の番にして、尊き方から国内政治を任されている方だ。
少しだけ彫りが深く、浅黒い肌をした蜂蜜のような瞳と紅茶のような灰色が特徴的なエジプトあたりと日本人の血が混じったようなイケメン。
元人間であり、1000年以上皇帝として島国(実際は大陸規模)を統治している。
尊き方の唯一の夫であり、尊き方を他の男の目に触れさせるのが嫌で公務を一切させずファーストレディーを伴わず社交を行い文句や苦言を行ってきた国をねじ伏せている。
側室が何人もいるが『尊き方の最愛で唯一無二の夫である自分が尊き方の遺伝子を何らかの方法で側室たちに届けている。』と言う自認らしく変わった方だ。
遺伝子学に精通している竜人たちに永遠の謎を与えているという。
「はは、そうですね。まだ情報量に慣れなくて。」
「ゆっくり慣れていけばいい。」
「先輩方がたくさんアドバイスをくれるんですが、量が多くてどう処理していけばいいのか。」
「それは大変だな。」
大変なのはあなたのせいなんですけどね。
主に皇帝陛下の尊き方へのエピソードが多く送り込まれてくる。
皇帝陛下直属の部下に配属が決まってからというもの、尊き方と皇帝陛下のカップリング至上主義派と皇帝陛下おもしれー男ファンと皇帝陛下に嫉妬派からの助言が凄まじい。
いつも余裕そうな表情を浮かべ、切り捨てるものには慈悲を一切与えず切り捨てる。
冷血かつ暴虐と周辺国で騒がれていて、正妃である尊き方を既に亡きものにして国を乗っ取ったと恐れられている目の前の皇帝陛下の愛と奇行と不敬の数々が酷いぐらい多い。
できるならこんなに愛が重くない人と結婚したいと思う竜人の反面教師代表は、まるで我が子のように心配してくれているのだけは伝わった。
・・
公爵領から龍脈でつながっているとはいえ帝都は電車で2日かかる。
龍脈を使っても3時間ほどかかるため気軽に家には帰れないため、私は王城敷地内の寮に住むことになった。
王城の巣と呼ばれている寮は身長が高い私でも頭をぶつけず広々と使える部屋があり、さすが古龍のお膝元!と喜んでいると、外から言い争う声が聞こえてきた。
竜人は身分階級社会だ。
争いは基本同格間で行われるのだが、響き渡る声に私は思わず飛び出した。
「劣性のくせに生意気だなっ!」
劣性とはたまに生まれる竜人になれなかった子供の事だ。
特徴は目が赤くなく、竜人ではない片親の血を濃く受け継いでいて、寿命以外の要因で死んでしまう者。
竜人は面白いことに寿命が尽きるまで殺されたり、跡形もなく消し炭にされてもゲームのようにリスポーンすることができる。生物の外側を生きる私達にとって、一度死んだら生き返ることができない劣性の子は保護対象だ。
だから先程の言葉はたとえ格上だったとしても許すことができなかった。
何より日本人で有った私が許せなかった。
廊下に飛び出すとそこには2人が取っ組み合い殴り合っていた。
一人は黒髪の一般的な中位竜人で、2対の角と翼を持っている。もう一人は鮮やかなオレンジ色をした竜人で赤珊瑚のような角に長い人魚のような尾が特徴的な竜人だった。
どちらも劣性の子とは思えずとりあえず私が間に入って仲裁する。
「喧嘩はやめてください!」
引き剥がそうとしていると、黒髪の中位竜人がシャーと威嚇をしてくる。
「下位は黙ってろ!」
「黙ってられません!劣性の子に対する差別はいけないことです!」
「お前に何ができるんだよ!」
「私は新しく皇帝陛下の元で働くことになった一角のアルテミシア!陛下の名の下で働く以上見過ごせません!」
一角のアルテミシアとは名字が同じ竜人の中でつけられる通り名だ。
私の場合、珍しい一本角から呼び名が決められた。
ユニコーンのような角をしているため、一時期ユニコーンちゃんとも言われていたが私にはそんなゆめかわな名前は似合わないと変えてもらった。
「な、一角のアルテミシアだって?お前が陛下のお気に入り?」
「そうです。」
渡しは見上げてきた中位竜人を見下ろして二人を引き離す。
「その角!幾人もを穿いてきた一角乙女っ!」
「あ、いや、それは違います。」
「乙女の守り手にして、血に狂った狂戦士!」
「だからちがいますって!」
「俺が悪かった。二度と差別はしないと誓う!見逃してくれ!」
私の父は戦士として働いているため、時々私も戦場に出ていた。
日本人の記憶があったため避難している女性や子供を守る護衛を率先してやっていた。
一族の皆は武功を少しでも上げるために線上に向かいたがるからありがたられていたけれど、一度だけ不意打ちで女性が襲われたときに咄嗟に庇って私の額から生えている角が襲撃者の腹を穿いたことがあった。
竜人のほとんどが後ろ側に向かって生えている角なので、角が刺さる場面は背後を取られたりしたときばかりだ。
だからこそ真っ向から敵対者を穿くことに憧れを強く持つ竜人が多く、良くも醜い竜人ネットワークで私は百戦錬磨の乙女の守護者として尾ひれが付きまくったまま名前が広まってしまった。
私のメイン武器は角じゃなくて拳なのに。
「あ、その。助かった。乙女じゃなくてすまないが。」
もみ合っていた二人のうち、逃げなかった方、赤珊瑚の角と人魚のような竜人からお礼を言われて彼の存在を思い出した。
驚いたことに彼の瞳は青い瞳をしていて、彼が劣性の子だとすぐわかった。
「狂戦士じゃないです。何を取っ組み合いになってたんですか?」
「俺はヒオウギ。さっきの奴は同じ隊の隊員何だが俺のことが気に食わないらしくてな。」
「気に食わない?」
「あいつは劣性保護派なんだよ。」
劣性保護派とは劣性の子は弱く脆い生き物のためなるべく外に出さずに家の中で保護をして育てたほうがいいと言う主張を持った竜人だ。
行き過ぎた動物愛護団体のようなもので、主張するだけは自由のためその主義を称えるだけでは厳罰の対象ではない。
「いや、それにしては貴方に掴みかかってましたよね?」
「俺が戦場に出ることが気に食わないんだと。」
「あぁ、そういう。」
竜人の中でも改革や人権の保護を重視する考え方をする竜人。
日本の言葉を借りるなら左翼派というと思う。
尊き方の指示は絶対であり、全ての命令は全種族が遂行するべきと考えている右翼と自分達に対する命令は絶対なのは当然だが、それ以外の種族は皆庇護対象であり徹底的に管理して守らなければならないと考える左翼が存在する。
尊き方の力でそう言った過激派は簡単に粛清可能らしいが、多様性による価値観の変化と流動性による生存バイアス回避の為らしい。
それだったら劣性の子と言う言葉を改めたら良いとは思うけど。
「私はそこの部屋に越してきたアルテミシア。下位竜人だけど何かあったら気がけなく頼って!父は巨人族の族長で昔から鍛錬してきたから!」
「やっぱり、ザール公爵家の?」
公爵家という言葉がヒオウギの口から出てきて驚いた。
竜人は自分の神格を重要視するから片親の身分なんてあまり気にしない。
高位竜人ぐらいになれば政略的に結婚相手をあてがわれることもあるが、私は下位竜人な上次期公爵は兄である。
そもそも母が父と政略結婚をしているのだ。
「よくわかったね!」
「ザール公爵家は俺の実家では有名だったから。もちろん君のことも!」
「え?私も?」
実家でも有名って、それほど私の串刺し事件は有名ってことなの?ちょっと恥ずかしすぎるんだけど!
それにヒオウギに勢いで手を握られて、ちょっと恥ずかしい。
巨人族の大きな手ほどではないけど、男の人特有の大きな手にちょっとだけドキドキしちゃう。
戦場で手を貸したり握って引っ張り上げたりすることはもちろんあるけど、巨人族の戦場の手は硬いし剣だこができてるしそもそも戦士はほぼ家族みたいなもの。
「あっ、ごめん。レディーの手を気安く握るなんて。」
「あっ、全然大丈夫!大丈夫だから。」
顔が赤くなってると思うけど、ヒオウギの顔もちょっと赤くなっててそれが余計照れるっていうか、恥ずかしくなってしまった。
「俺、隣の部屋だから。その、よろしく。」
「うん!よろしく!あ、荷解きがあるからそれじゃっ!」
私は無理矢理理由を作って自室に飛び込んだ。
遠吠えをしたりする者もいるため防音がきちんとされているが、クッションに顔を押し付けて胸のドキドキのため息を吐き出す。
「ヒオウギ、めっちゃカッコよかった。えぇ竜人なのに恋しちゃうよ。でも劣性の子ならワンちゃんありえる?あーどうしよう!乙女の私が騒いでる!」
あったばかりなのに姿を思い返してドキドキしている自分に驚いた。
でも顔かっこよかったし、角も尻尾も凄く綺麗だった。
誰だって惚れるのは仕方ない。
「劣性の子なのに角と尻尾があるって、どういうことなんだろう?それにヒオウギっていかにも日本っぽい名前だし。」
日本っぽい名前は大体高位竜人に名付けられる名前だ。
「どっかで聞いたことあるんだよな。」
どうしても引っかかりが気になりすぎて竜人ネットで調べてみて、腰どころか背骨が抜けるかと思った。
ヒオウギと名乗る存命の竜人(劣性の子を含め)はたった一人。
ヒオウギ・ウル=バーゲーテイル。
バーゲーテイル公爵家の次男であり尊き方のお孫様である。
「え。」
流石に報告するべき事として、私は大慌てで陛下にメッセージを送った。




