第9話 旅立ち
宿屋のベッドは柔らかくて、体が沈む。慣れないベッドだったが、村が燃えたことや野宿で疲れていたのだろう。その日はすぐに寝てしまった。
朝になり、目を擦りながら、起き上がった。アキラが買ってくれた服を身につけて、部屋から出る。
すでにアキラと皐月が扉のそばに立っていた。
「おはよう。姉さん」
「杏奈、おはよう。よく眠れたかい?」
「おはよう。ぐっすり寝ちゃった」
私がそういうと、皐月が顔をしかめた。
「図太いな」
「図太くて悪かったわね」
私たちは、食堂へと降りて行き、朝食を食べることにした。
朝食は昨日より少なめで、パン三切れに野菜のスープだった。パンが一切れ増えている。
「美味しかったー」
私たちは朝食を終えて、一度部屋に戻って、旅の準備をした。
私は短剣を足のホルダーに入れて、弓矢を背負った。矢は七本入っている。狩りなら足りる本数だが、旅となると足りるのかは疑わしい。射った後に回収すればいいだろう。
宿屋の外で合流した私たちは、オリエーンス村から来た方とは逆の門から出ることにしたのだが……。
人でいっぱいだった。門から出ようとする人、門から入ってくる人で、ごった返していた。
「なんでこんなに混んでるのよ」
「今日は行商の入れ替わりの日だったかもな」
「これじゃあ、いつ秘宝を取りに行けるのやら」
アキラの言葉に皐月がぶつくさ文句を言い始める。
「あら、あなたたちも秘宝を取りに行くの?」
後ろから女性の凛とした高い声で話しかけられて、振り向いた。
初めて見る種族の女性だった。頭上には水色の長い耳がついていて、水色の髪は胸の高さくらいまで三つ編みにされていた。青い瞳が私たちを捉えている。
「なんだよ」
皐月が警戒したように眉を寄せる。
「私も秘宝を探しに行くのだけど、この混みようだと、今日中に旅に出れるか怪しいのよね」
「そうですよね。俺たちも困っていて」
アキラは丁寧に対応する。
「それで、提案があるのよ!」
女性は嬉しそうに笑い、長い耳を揺らした。
「はあ」
皐月は警戒を解かずに、呆れたという顔をしている。
「ちょっとした路地に秘密の抜け道があるのだけど、通行料がかかってね」
「折半したいってことですか」
アキラは少し眉を下げる。
「そういうこと。私は、兎耳族のみずほ。よろしくね」
にこにこと笑いながら、みずほは手を出したので、私は反射的に握手をしてしまった。
「私は猫耳族の杏奈よ」
「杏奈ちゃんね。さあさあ、こっちよ」
こちらがまだ了承していないのに、みずほは私の手を引っ張って案内しようとした。
私はアキラと皐月の顔を見る。
皐月は首を横に振った。アキラは……。
「杏奈がしたいようにしていいよ」
そう言った。
私がしたいようにとは、それはみずほに着いていくことだった。シェリーに早く秘宝を渡したかったのだ。
門から離れた路地裏に着くと、フードを深く被った怪しげな人がいた。
その人の足元には、円の蓋があった。
「みずほか。払う気になったか?」
「まあ、ね」
みずほは普通にその人と会話をする。
「この人たちと半分ずつ出すわ。いいでしょう?」
怪しげな人はフードをさらに下に下げる。
「わかった。それぞれ銀貨十枚だ」
みずほは目配せをした。それに応じて、アキラはポーチから銀貨を十枚出した。
みずほも腰にあるポーチから銀貨を出す。
「これで二十枚。危険を伴う道だけれど」
そう言って怪しげな人は、足元の蓋を容易に外した。
「魔法がかかっているわよね。どうやって開けているの?」
みずほがそう聞くと、怪しげな人はくくっと笑う。
「秘密だ。教えたら、商売上がったりだね」
蓋が開くと、異臭がした。
「う、臭い」
「下水道だからな」
私はアキラと皐月の方を見た。
アキラは頷くが、皐月は嫌そうに顔をしかめたままだ。
「ささ、一番強そうな君から」
みずほにそう言われたのはアキラだった。
「そうですか」
アキラはそれをすんなり受け入れて、下水道の中に入っていった。
それにみずほが続き、私と皐月がその後に入る。
はしごを少し降りると、水が少し通っている暗い道に出た。ほんのりと足元を照らす光だけがある。
「見にくいな」
皐月はそう言った。声を発すると、少し反響する。
私は夜目が少しは効くので、多少は見えるが皐月はほとんど見えないのだろう。
「皐月。私の服を掴んでて」
「ありがとう。姉さん」
皐月はそう言って、服の裾を掴んだ。
「進んでいいかい?」
前方にいるアキラがそう言ったので、私たちは返事をした。
すると、前方が明るく照らされた。私たちの所までは照らされていないが、目印にはなりそうだった。
数分歩いたであろう時に私は気づいた。
「小さい足音がする。細かくて、たくさん」
「そうねえ」
私の言葉に、みずほが同意した。
アキラの方を見ると、青い光が見えた。
「モンスターだな」
「ええ!?」
「あら、サーチャーなんて高価なものを持っているのねえ」
アキラはみずほの言葉には何も回答しなかった。
「こんな狭い道でモンスターに会ったら、どうすればいいんだ」
皐月は不安そうに声を発した。
「群れだろうしな。もうこちらには気づいているかもしれない」
シャッと音がした。それが聞こえると、前方の光が消えた。消える寸前に、アキラが剣を出したのが見えた。
私たちは立ち止まり、モンスターが来るのをじっと待った。