第4話 ヴァストークタウン
朝食を終えた私たちは、再び森の中を進む。
モンスターに追われていない今は普通に歩いている。
「川を越えたら、すぐにヴァストークがあるよ」
だんだん、木々が開いてきて森の終わりが見えてきた。
「川ね。初めて見るわ」
「杏奈は村の外に出たことがないのかい?」
「村と森しか知らない」
「そうなんだね。川には大きな橋がかかっているよ。綺麗な橋だよ」
アキラにそう言われて、ワクワクする自分がいた。
本当は村を出てみたかった。こんなきっかけでなければ、もっと喜べたのに。
木がほとんどなくなると、草原の先に川が見えた。あれが、橋なのだろうか。川を跨ぐようにレンガでできた大きな建造物があった。
「あれが橋?」
「そうだよ」
「大きいのね!」
橋の先にはクリーム色のレンガの大きな壁が広がっていた。壁の上からは少しの建物と中央に時計台が見えた。どれも見たことがないもので、驚くしかなかった。本で知ったことがあるだけの世界が広がっていた。
「さあ、渡ろう」
橋の近くに行くと、橋の両端に鎧を着た人が一人ずつ立っていた。
「おや。あなたは」
右にいた鎧の人がこちらに気づいた。
「こんにちは。こっちの二人は旅行許可証を持っていないです」
「旅行許可証ってなんだ?」
アキラの言葉に皐月は問いかけた。
「旅をするのに必要なものだよ。大きな街に入るのには必要なんだ。……この二人はオリエーンス村の人なんです」
アキラが話をするみたいで、私と皐月はそれを見守ることにした。
「村がモンスターに!?」
「はい。群れが出ました」
「そうですか……。領主様には伝えておきます。そちらのお二人は通って良いですよ」
「え! 良いんですか?」
私がそう聞くと、鎧の人が頷いた。
「街の中で旅行許可証を発行してください。それをあとで、役場に持っていけば大丈夫ですよ」
「よ、良かったー」
私はほっと胸を撫で下ろした。
私たちは鎧の人たちにお礼を言って、橋を渡った。
橋の先には大きな壁に付いた大きな門があった。木でできた門だ。
門のそばにいる人が壁の上の櫓にいる人に合図すると、門がゆっくりと開いた。
門が開くと、街の姿が現れた。クリーム色のレンガの舗装に、両側には白い壁の家が並んでいる。人がまばらに歩いていて、遠くからは賑やかな声が聞こえた。
「まずは、旅行許可証をもらいに行こう」
アキラにそう言われて、私と皐月はそれについて行った。
私は何もかもが珍しくて、辺りを見渡しながら歩いた。
「姉さん。田舎者丸出し」
「だって、全部初めて見るんだもん」
それを聞いたからなのか、アキラはくすりと笑った。
「俺も初めて旅に出た時は同じだったよ」
「そうなの?」
「そうさ。初めて見るものだらけで、キョロキョロしていたよ」
「ほらー。アキラもそうだって」
「姉さんたちだけだよ」
皐月はそう言って、ため息を吐いた。
道を少し行くと、人が増え、歩くのが大変になってきた。
「人が多いわね」
「すでに村の人数より多いな」
私と皐月はアキラを見失わないように、必死について行った。
「あ!」
人混みをかき分けていたら、人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
そう声をかけたのは、フードを深く被っていて、私より頭一つ分小さい人だった。
「こちらこそ、ごめんなさい」
高くか細い声だった。
フードからちらりと青い瞳が見える。
立ち止まった私たちを避けるように、人が行き交う。
「ああ!」
私は辺りを見渡した。アキラも皐月もいない。
「はぐれた!」
「……迷子ですか?」
先ほどぶつかった人にそう聞かれたので、頷いた。
「私とぶつかったせい?」
「そうじゃないわ。たまたまよ」
私はその人の言葉を否定した。
でも、困った。
知らない街で、はぐれてしまった場合ってどうしたら良いんだろうか。
「どこに行きたかったんですか?」
「旅行許可証を発行するところ」
我ながらバカみたいな答えだった。場所の名前すら知らないのだ。
「旅人ギルドですね」
「知っているの?」
「はい。案内できますよ」
「いいの?」
その人は頷いた。少しだけフードをあげる。オークル色のふわふわした髪が見えた。
「お名前は?」
「杏奈! あなたは?」
「……シェリーです」
「ありがとう! シェリー」
そう言うと、シェリーは嬉しそうに笑った。
気のせいかもしれないが、シェリーの顔は少し赤かった。
「杏奈さんは旅人さんなんですか?」
「私はオリエーンス村から来たの。旅人とは違うかな」
「小麦の村から来たんですね」
オリエーンス村は小麦をたくさん作っている。他の街からはそういう風に言われているんだな。
「私、街から出たことがないから、村の話が聞きたいです」
「私も! 村から出たのが初めてなの」
「ふふ。同じですね」
シェリーとは共通点があって、話が弾んだ。自分たちの住む土地の話をしながら、旅人ギルドまで歩くことにした。
「ん? シェリー、さっきより顔が赤くない?」
「え! そ、そんなことないです」
そんなことある。さっきより、随分と顔が赤い。もしかして、熱でもあるのだろうか。
「風邪ひいているの?」
「ううん。元々赤いの!」
シェリーは慌てたように首を振った。
「そうかな? 皐月が熱を出すと、顔がすごく赤くなるんだけど、それより赤いよ?」
「だ、大丈夫です……」
シェリーはそう言うので、私はこれ以上追求するのはやめたが、気にはかけるようにすることにした。




