第16話 アナトリ町 その2
教会の個室で少し待っていたら、オースティンがやって来た。
汗ばんでいるのか、髪が額に張り付いていた。
「掃除をしていたんだ」
オースティンは口元を緩めて笑った。
オースティンが来たことで立ち上がっていた私たちを、オースティンは座るように言ってきた。オースティンとアキラは隣同士に座った。私と皐月は向かいに座る。
オースティンはお茶を持ってきていて、コップと一緒にテーブルへ並べた。
「カーリス神父が持って行きなさいって言ってくれたんだ。さあ、飲んで飲んで」
私は渡されたお茶を飲んだ。冷たくて美味しい。
「すごく冷たいわね」
「カーリス神父は氷魔法が得意なんだよ」
魔法の属性に氷属性があり、氷を出したり、物を冷やすことができるらしい。
その魔法でお茶を冷やしたそうだ。
「カーリス神父は優しいんだ。特に僕のような子どもにはね!」
「自慢することなのか?」
皐月がそう聞くと、オースティンはにやりと笑って皐月を見上げた。
「子どもでいる時間は短いんだ。優遇される内に優遇されておかないとね」
そう言ったオースティンは嬉しそうに目を細めた。
オースティンはヴァストークタウン出身で、今は教会で手伝いをしていると教えてくれた。両親はヴァストークタウンにいて、一年に一回だけ会いに行っているそうだ。
「杏奈たちは何で旅をしているんだい?」
「私は友だちのために秘宝を探しに行っているの。ここから二、三日だけ歩いた所にある洞窟にあるという話なのよ」
「ふーん。旅って楽しい?」
「楽しいわよ! 私、生まれ育った村から出たことがなかったの。近くの森しか知らなかったの。外の世界って広いのね」
「良いなあ。僕はヴァストークとアナトリの往復間しか知らないからなあ」
「それなら、私と変わらないわよ」
私は笑って答えた。
オースティンも笑い、楽しそうにした。
その後も話をしていたら、扉がノックされた。
「あ! ルス!」
ルスさんが部屋に入ってきた。
オースティンは立ち上がり、ルスさんに近づく。さっきよりも、さらに嬉しそうだ。
「仕事の時間はまだじゃない?」
「私も話してきなさいって言われたの」
ルスさんは静かな声で呟く。
ルスさんは部屋の隅にあった木の椅子を持ってきて、座った。
「私はルス・カルデローニです。よろしくお願いします」
ルスさんが自己紹介をしてくれたので、私たちもそれぞれ名乗った。
自己紹介している間もルスさんの表情は全く動かなかった。
「旅人とお聞きしましたが、身なりは綺麗ですよね?」
「ヴァストークから出て、一泊しか野宿をしていませんからね」
アキラは優しく微笑んで答えた。
それに被せるように、私は話した。
「ヴァストークタウンで、アキラに旅に行けるような服を買ってもらったんです」
「……そう」
私を見ていたルスさんはアキラの方を見る。
「キセキ」
ルスさんはゆっくりと口を開く。
「キセキは信じますか?」
「ルス!」
ルスの言葉にオースティンは反応し、大きな声を出した。
オースティンは体を乗り出した。
「それは……やめて」
ルスの服の裾を掴んだオースティンは頭を下げた。
私たちはどういうことかわからなかったので、口を挟むことはしなかった。
「困ったことがあれば、教会へ」
ルスさんはそう言って、オースティンの手を払い、立ち上がった。
私は仕事がありますので、と言い、ルスさんは部屋から出ていった。
オースティンは唇を噛んでいて、眉間に皺を寄せていた。ルスさんが出て行った扉をずっと見つめている。
「そろそろ、宿に戻るか?」
誰も言葉を発しなかった中で、皐月がそう言った。
「もう夕方だもんね」
オースティンは困ったように笑っている。
私はこれ以上、ここにいたら、オースティンが困ってしまうような気がしたので、宿に戻ることを了承した。
オースティンに外まで見送ってもらい、私たちは宿に帰った。
宿に帰る前に、食事処で食事をすることになった。
夕方になっていたから混んでいたが、壁側の席が一つ空いていたので座ることができた。
「わあ! 知らない料理ばかり。どれにしようかな」
メニュー表には色々な料理の名前が書いてあった。聞いたことのある料理名もあるが、知らない料理もたくさんあった。
「姉さん。食べすぎるなよ。アキラの金なんだからな」
「わかってるわよ。アキラ、いつもごめんね」
「二人とも、気にしないで……あ」
アキラが目を丸くして、私の背後を見た。
私はアキラが見ている後ろを振り向いた。
「やっほー。奇遇ね」
水色の三つ編みに、長い兎の耳……みずほだ。
ヴァストークタウンで下水道の通り道を教えてくれたが、その下水道で私たちを置いて行った張本人。
「隣座るわね、杏奈ちゃん、皐月くん」
みずほは私と皐月の間に座った。
「なんで座るんだよ」
「混んでて空いてないんだもの〜。良いじゃない。一緒に下水道を通った仲だし」
「俺たちを置いて行っただろうが」
「あら〜? そうだったかしら〜?」
みずほは皐月をからかいながら、私が持っているメニュー表を眺めた。
「美味しそうねえ。杏奈ちゃんは何を食べるの?」
「私? 私は、何にしよう」
「みずほさんのオススメは唐揚げ定食ね」
「唐揚げ……」
聞き慣れない言葉だ。どんな料理なのだろう。
みずほのオススメか。みずほは怪しい女性だが、この食事処は怪しい場所ではないだろうし、頼んでみることにした。
注文して、少し経ってから、四人分の料理が運ばれた。
私とみずほは唐揚げ定食、アキラは厚焼き玉子定食、皐月は鶏だくさん定食だ。
唐揚げ、というのは、一番大きな皿に乗っている黄色や青などの球体のことだろうか。
「綺麗な球体ね」
「ここの唐揚げは、変わった見た目なのよね」
みずほは赤い球体を半分に割った。割ると中から、湯気が出ている汁が垂れる。
良い匂いだ。少し香ばしくて、肉の匂いがする。
私はみずほを真似て、黄色い球体を半分に割る。半分になった球体を箸で取り、口に運ぶ。一口食べると、汁が溢れ出した。
外側はカリッとしていて、中は柔らかい。
「美味しい!」
私は唐揚げを飲み込んだ後、みずほを見た。
「良かったわね。さあ、温かい内に食べましょ」
「なんで宿まで一緒なんだよ」
食事し終わった私たちは宿に戻ったが、みずほも同じ宿みたいで一緒に中に入った。
「偶然ね」
「本当に偶然なのかよ」
「まあまあ。みずほは俺たちの邪魔をする気はないんだろ?」
アキラは口元だけ笑って、みずほに問いかけた。
「そうね。協力する気も、邪魔する気もないわ。もちろん、私の邪魔さえしなければ、だけどね」
みずほの笑顔は何を考えているのかわからない怪しさがあった。
「おほほ。じゃあ、おやすみなさい」
みずほはそう言って、私が宿泊する部屋の隣に入って行った。
「怪しいやつ」
皐月は吐き捨てるように言った。
「危害を加える気がないなら、良いじゃないか。まだ、悪意を持った人間とは断定できないよ」
「そうね。怪しいのは、怪しいけれどね」
私がそう言うと、アキラもそうだねと頷いた。
話が一段落ついたので、それぞれ部屋に入ることにした。アキラと皐月は同じ部屋だ。皐月は嫌がっていたけれど。
部屋はベッドで大半が埋められていて、少しの通り道を通って、窓際に行く。
カーテンを閉める前に、道路に面している窓の外を眺めた。
外は薄暗く、片手で数えられるほどの街灯が見えた。歩いている人の姿は見えなかった。
ショウとマサムネはどうしているだろうか、シェリーは少しでも体調が良くなっていないかなどと考えながら、カーテンを閉めてベッドで寝ることにした。




