第15話 アナトリ町
森を抜けた先にあったのは、開けた土地と町並みだった。
クリーム色の建物群は、温かみがあった。町の入口と思われる所には木製のアーチがあり、『アナトリ』と書いてある。
「町には来たことがあるから、医者のいる所はわかるよ」
アキラがそう言ったので、私たちはついていくことにした。
町の中は、ちらほらと人が歩いていた。野菜かごを持っている人や旅人の風貌をした人などがいる。
円形状の広場の近くに町医者がいる建物があるらしい。
「ここだ。早く行こう」
アキラが示したのは、他の建物の二倍はある大きな建物だった。扉は木製で、軽く押しただけで開いた。
中には人が三人いて、受付に女性が一人いた。
アキラは急患だと言ったので、中にいた三人に受付の人が説明することで、マサムネは先に見てもらえることになった。
私たちは邪魔になると思ったので、ショウとマサムネだけを残して、外に出た。
「先に見てもらえることになって、良かったな」
皐月はそう言って、アキラを見た。
「そうだな。解毒薬で毒を抑えられれば良いんだが」
私はアキラの言葉に頷く。
アキラは、解毒薬を買うかどうか悩んでいると打ち明けてくれた。
「どの毒にも効くという薬はないんだ。色んな種類を持ち歩くわけにもいかないしな」
「この辺にどんなモンスターがいるかは、わからないのか?」
「わからないな。二年近く旅をしているけど、モンスターの生息域を把握している人はいなかったなあ」
アキラは二年も旅をしているのか。
それって、私と誤解しているイヴ探しの旅なのかな。
そう、ぼんやりと考えていたら、ショウが建物から出てきた。
「マサムネは入院になったわ」
「毒はどうなったの?」
「命に関わらない程度にはしてくれそうよ。私は、マサムネの看病につこうと思うの」
ショウは、私たちのことは気にしないで秘宝探しに行ってきてと言った。
「金は足りるか?」
アキラはショウに問いかけた。
「医院の仕事を手伝えば、少し安くしてくれるって」
「それは良かったな」
皐月がそう言って、ショウを横目で見た。ショウは、私たちに少しだけ笑顔を見せた。
「杏奈、アキラ、皐月。ありがとう。あなたたちがいなかったら、死んでいたかも」
「そうかもな」
皐月はぶっきらぼうに言う。それを見かねたのか、アキラが皐月を肘でこずいた。
ショウは、くすりと笑う。
「三人とも、気をつけて」
「うん。ありがとう、ショウ。マサムネが早く良くなると良いね」
私たちは、ショウに別れを告げて、医院を後にした。
「これから、どうするんだよ」
皐月はアキラを軽く睨んだ。
「今日は町で補給して、宿屋に泊まるかな」
「急がなくて、大丈夫かな? 他の人に先を越されない?」
「別に先を越されても良いだろ。シェリーって子の病が治れば良いんだから、誰が取りに行っても同じだ」
「悪い人に取られたら、嫌だもん。みずほも先に行っていたし」
「ああ、あの女性か。金目当てか、秘宝自体が欲しいかわからないしな」
アキラは頷いたが、先を急ぐことには同意してくれなかった。
「補給や休憩を怠ると、モンスターに出会った時や森で迷った時とかに、困るからね。今日は休もう。野宿するだけでも、体力を取られているよ」
「……わかった。アキラはそういうのも気をつけているのね」
「そうだね。前に一緒に旅をしていた人が教えてくれたんだ」
「どんな人なの?」
「お人好しで、困っている人がいたら、何にでも首を突っ込む人だったよ」
アキラは少し困ったように笑った。その後、隣にいる皐月を見る。
「何だよ」
「いや、何でもない」
私たちは安い宿を探して、町の中を歩いていた。
アキラが前に泊まった宿は満室だったのだ。
「アキラ!」
アキラの名前を呼ぶ声が聞こえて、後ろを向くと、金髪の少年が駆け寄ってきた。
私より少し背が低い。声も高く、声変わりはまだな感じがした。皐月はもう声変わりをしている。前の声の方が好きだったなあ。
「オースティン。久しぶりだな」
「うん。イヴは見つかった?」
「ああ、この人だよ」
アキラは私に手を向けたが、私は違いますとすぐに否定した。
「私は杏奈よ。いい加減、勘違いに気づいて欲しいんだけど」
「なんか複雑なんだね。それより! せっかくだから、教会に来てよ」
「今は宿探し中なんだよ」
「えー。じゃあ、終わったら、来てよ。また、旅の話が聞きたい!」
オースティンは口を尖らせつつ、アキラにお願いした。
アキラは、私と皐月に目配せをしたので、私はいいよと頷いた。教会に興味もあるし、アキラの旅の話も聞けるのなら楽しそうだったからだ。
オースティンと別れた私たちは、宿探しを続行した。
「この町の教会には、キセキの噂があるんだ」
アキラがポツリと話し始めた。
「祈るだけで、あらゆる怪我や病気が治ると言われている。俺もその話を聞いて見に行ったけど、ただの噂話だったけどね」
「それが、本当なら、シェリーの病気も治るのに」
「町医者がしっかり働いているってことは、そういうことなんだろ。姉さんは奇跡を信じそうだからな」
「信じて何が悪いのよ」
「秘宝だって、噂程度かもしれないぜ。だから、俺は旅に出るのは反対だったんだ」
私と皐月はじっと睨み合った。
アキラが、まあまあ喧嘩しないと言って、仲裁に入ってきた。
私は皐月も睨みつつも、口論するのはやめた。
「さあ、今日の宿を探そう」
宿はその後すんなりと決まり、荷物やコートを置いて、私たちは教会に向かった。
教会は先ほど町医者がいた建物の向かいにあった。白い壁に青の三角屋根。屋根の上にはオニロ教のマークが掲げられていた。
オニロ教のことは、詳しく知らない。オリーエンス村の人たちが信仰していたが、チィランおじさんがあまり宗教が好きではなかったので、私と皐月は信仰していない。知っているのは、亡くなった人は火葬することと、毎朝神に祈ることだけだ。
「教会に来たのは初めて」
「俺も」
「オリーエンス村にはなかったんだね。ヴァストークにもあるから、帰ったら見てみようか? ここよりも大きいよ」
私は頷いた。
アキラにうながされて、私たちは中に入った。
教会内は静かで、長椅子に座って手を合わせて顔を下げている人がいる。
「こんにちは」
入口の近くにいた水色の髪をした女性が話しかけてきた。オースティンが着ていた白と青を基調とした服に似た服を着ている。
無表情の女性は、顔の筋肉をほとんど動かず、話し始めた。口は小さく空いた。
「旅の方ですか?」
「はい。オースティンはいますか?」
アキラがそう言うと、女性の眉が少しだけ動いた。
「もしかして、アキラさん?」
「そうです。じゃあ、あなたがルスさんですね」
「ええ。オースティンから話は聞いています。もう少ししたら、オースティンの休憩時間なので、お話ししてあげてください」
ルスという女性は私たちを個室に案内してくれた。ルスは仕事があると言って、教会の大部屋に戻ってしまった。
個室の壁にはオニロ教のマークが刺繍された布がかかっている。部屋に飾ってある斧や鎧にも同じくマークが付いていた。
部屋を見渡していたら、部屋がノックされた。
ゆっくりと扉が開き、中年らしき男性が中に入ってきた。
「私は神父のカーリスと申します。この教会の責任者になります」
「俺は木田アキラです。旅をしています。お忙しい中に、すみません」
「いえ、良いんですよ。田舎の教会ですので、そこまで忙しくありません。オースティンは歳の近い友人もいないので、君が仲良くしてくれているのが私としても嬉しいのです」
神父さんはそう言い残して、部屋を後にした。
「あの人が……」
アキラがポツリと言葉を漏らしたので、どうしたのと聞いたが、何でもないよと返されてしまった。
アキラって、思わせぶりというか、秘密が多いわよね。まあ、私と皐月も、アキラに何でも話しているわけではないけれど。
私たちはオースティンが来るまで、部屋に置いてある椅子に座って待つことにした。




