第13話 池での水浴び
二回、火の番して眠りについた。
目を覚ますと、テントが明るくなっていた。
皐月は最後の火の番だったので、テントにはいない。
「あれ? アキラは?」
てっきり、アキラが隣に寝ているものだと思って、私は疑問に思いながらも外に出た。
「おはよう。杏奈」
アキラがいた。皐月も一緒だ。
「姉さん。早いな」
「たまには早く起きるわよ」
「はいはい」
私は皐月の隣に座って、アキラをじっと見た。
私より早く起きたのかな。アキラの顔はいつも通りで、目の下にクマはできていなかった。
「おはよう」
その言葉と共に、ショウとマサムネがてテントから出てきた。
「おはよう。ショウ、マサムネ」
アキラは皐月側に寄って、場所を空けた。そこにマサムネとショウが座る。
「朝食にしようか」
アキラの言葉で、私たちは朝食の準備を始めた。小さな鍋を火にかけて、持っている水筒の水を入れる。そこに乾燥した野菜を入れて、塩で味付けをした。
ショウとマサムネはリュックから干し肉とパンを取り出した。
「昨日のお礼よ。今日の朝食はこれを食べましょう」
ショウがそう言って、私や皐月にも分けてくれた。手のひらの半分くらいの干し肉に、くるみが入ったパンだ。
「ありがとう」
「俺たちは何もしてないけどな」
皐月はそう言いつつも、ありがたく受け取っていた。
「いただきます」
野菜のスープもできたので、私たちは朝食を食べ始めた。
「まず、アナトリ町に向かうことになる」
食べながら、アキラが説明した。
「モンスターが出ることも考えて、慎重に行こう。なるべく、モンスターは避ける」
「ん? モンスターはどうやって避けるんだ?」
マサムネが聞くと、アキラはサーチャーを取り出して、サーチャーについて説明する。
「便利なもんだな」
「毎回モンスターと戦えるほど、強くないからね」
私は食べながら、話を聞いているだけだった。いつ食べれなくなるかわからないから、つい無言になってしまう。
「姉さん。早食いしすぎ」
「え、ごめん」
「急いで食べなくても、食べ物は逃げないよ。杏奈」
アキラはそう言って、にこりと笑う。スープのおかわりはいるかいと聞かれたので、おかわりをした。
私たちは朝食を食べ終えて、出発する準備を始めた。火を消して、テントを畳んだ。
ショウとマサムネは大きめのリュックを背負う。
私たちは相変わらず軽装だ。私が持っているのは弓矢と短剣だけ。皐月も同じだ。アキラは剣とウエストポーチ。
「身軽そうだな」
マサムネがポツリと言った。
「私もそう思う。アキラには感謝しないとね」
私はそう言って、アキラを見た。アキラはまた、にこりと笑う。よく笑うなあ。
準備ができたので、方位磁針と地図を見ながら進むことにした。アキラはサーチャーをパンツのポケットに入れている。方位磁針と地図はアキラの物だ。
「そういえば、同い年の猫耳族を見たのは初めてなの」
私がそう言うと、ショウがこちらを見た。少し驚いた顔をする。
「私たちが初めてなのね」
「そうなの。あと、自分と両親以外の猫耳族を見たのも、シャルク村が初めてね」
「俺たちは逆に猫耳族ばかり見てるな」
「シャルク村は猫耳族の村だから当たり前じゃない」
マサムネとショウは私を見ながら、そう言う。
「杏奈はどこの町が出身なの?」
ショウに聞かれて、私はオリーエンス村だと答えた。小麦を栽培していて、私と皐月とチィランおじさん以外の村人はヒュー族だと説明した。
「チィランおじさん? 伯父さんと暮らしていたの?」
「お父さんの友だちなの。両親が亡くなってからは、ずっと面倒を見てくれていたんだけど」
私が口ごもると、ショウとマサムネは目を見合わせていた。
「言いたくないことなら、言わなくていいのよ」
「ごめん」
今でも、少し信じられていない。モンスターに村が焼かれて、おじさんや村の人たちが亡くなったなんて。
涙が出そうになったが、グッと堪えて、歩くのに集中した。
今は、シェリーのために秘宝を探しに行かないといけないからだ。
初めてできた友だちだもの。助けられるなら、私が助けたい。でも、それは何でだろう。本当は、村の人たちを弔う方が先なんだろうけど、どうしても私は秘宝を探しに行きたいのだ。
私は前を歩くアキラを見た。黒い髪に旅人の格好。私をイヴって人と勘違いをしている変な人。
私はアキラを信用している。それも、何でかはわからない。村を出てから、自分の行動がちょっと変な気がする。
「あれ、何かしら」
私の隣歩くショウが、指をさしている。
少し歩くと、何かわかった。目の前には大きな水たまり、池があった。
「池ね」
「池だな」
私たちは池を見つめて、立ち止まった。私たちは無言のままだ。
「ねえ」
ショウが静寂を破る。
「水浴びしたい」
「はあ? 急いでるのに?」
ショウの提案に抗議したのは皐月だった。
アキラは苦笑している。マサムネはじっとショウを見つめる。
「だって、昨日のゴブリンとの戦闘で汗をかいたんだもの。気になるのよ」
「マサムネだって、急いでるって」
「ショウが浴びたいっていうなら、いいよ」
「ええ!?」
皐月の言葉を遮って、マサムネは了承した。
「何でだよ!」
「ショウのためなら、いいんだよ!」
皐月とマサムネは睨み合った。
アキラが、まあまあと、二人の間に割り込んでなだめている。
「少しくらいなら、良いじゃないか。急いでるから、俺たちは水浴びしなければ、時間もそんなにかからないだろ?」
アキラの提案に、皐月は少し身じろぎしたが、今回だけだからなと了承してくれた。
ショウが水浴びするならと、私も水浴びさせてもらうことにした。
アキラたちは茂みの方にいるから、終わったら声をかけることになった。
ショウと二人きりだ。同い年の女の子と話すこと自体、初めてなので、少し緊張する。シェリーもメイも年下だったから。
「杏奈と皐月って姉弟なの? 皐月が杏奈を姉さんって呼んでるから」
「うん。そうだよ」
「義理の?」
「まあ、そういうことになるかな。私は本当の姉弟だと思っているけど。皐月もそう思っているよ」
「野暮なこと聞いたわね」
「ショウとマサムネは? 友だちよね?」
「私とマサムネは幼馴染というか、従兄弟なのよね。母さん同士が姉妹なの」
「そうなんだ! だから、少し似ているのね」
「私は似ているのは、嫌だけど」
私はその言葉に吹き出した。マサムネはショウのことをとても好きなんだろうなと感じるけど、ショウはそこまででもないのかしら。
私たちは、そんな話をしながら、水浴びを続ける。
「……だよ」
「はあ? ……んな!」
茂みの方から声が聞こえ出した。私とショウは顔を見合わせる。
そして、ショウは茂みの方を睨む。
「だから! 今がチャンスなんだって!」
マサムネの声だ。何がチャンスなんだ。
「ふざけんなよ! ダメに決まってるだろ。姉さんもいるんだから」
「まあ、落ち着けって。男なら、仕方ない欲求だよ」
これはアキラの声だ。皐月が何か抗議しているようだ。
「これがしたくて、水浴びを許可したんじゃないだろうな」
皐月がイライラしているのが伝わる。
「そうとも言うな」
マサムネは開き直ったような声色でそう言った。
「すけべ野郎め」
「男はみんな、すけべさ」
「一緒にすんな!」
茂みの方から、ショウの方へ目を移すと、じっとりと茂みを見ていた。
私に聞こえるのだから、ショウにも今の会話が聞こえたのだろう。
ショウは池から上がり、タオルを巻いた。茂みへと、ドカドカと裸足で歩く。
「あーんーたーたーち! 覗きすんな!」
「まだ、してないって!」
マサムネの声が聞こえた。
「まだって何よ! バカ! こっち見るな!」
「あ! アキラ! ショウの方を見るなよ」
「声がしたら、振り向くだろ。それに、タオル巻いてるんだから、良いだろ」
「マサムネ!」
「は、はい!」
「今日は口きかないから」
「ええ!? やだよ!」
「うっさい!」
ショウは茂みに向かって、そう言ってから、こちらに戻ってきた。
「ごめん。バカな奴で」
「ううん。未遂だし、良いよ」
ショウは怒らせたらダメなんだなと肝に銘じた。




