第10話 下水道
モンスターの足音が近づいてくる。
「街の中を通る下水道なのに、モンスターがいるのね」
私がそう呟くと、みずほが答えた。
「外と通じているからよ。だから、街中の下水道に繋がる穴には魔法のかかった蓋が付けられているの」
「なるほどね」
なるほど、とは言ったが、どのような魔法がかかっているかはわからない。魔法については、ほとんど無知だ。
足音はいつの間にか、本当に近くまで迫っていた。
「来た!」
アキラがそう言うと、ドドドという音と共にチューっと声がした。
「あら?」
みずほの言葉が聞こえた時にはもう遅かった。
私たちの足元にはネズミがいた。
「ぎゃー!」
私の声だ。
後ろで皐月がビクッと震えたのは、わからなかった。
「やだー!」
私は近くにいた皐月に飛びついた。
「お、おい」
ネズミは足元を走り抜けていく。走り抜けていく感触がある。
「ひいいい」
よく見えなかったが、のちにアキラに聞いたら、ネズミには一本の角が生えていて、尻尾が螺旋を描いていたらしい。
「杏奈! 大丈夫か!」
アキラの声が遠くのように聞こえた。
「姉さんはネズミがすごい苦手なんだよ」
皐月が声を張り上げた。
「あらまあ」
「攻撃はしてこないみたいだから、耐えて!」
アキラはそう言うが、私はそれどころではなかった。
ぎゃーぎゃー叫びながら、皐月に強く抱きつく。
「ね、姉さん。苦しい」
「これは大変ね」
みずほの声が朗らかに聞こえて、少し横目で見ると、壁に足をかけてからアキラの前に出た。
「じゃあ、お先に! バイバーイ」
そう言って、先へと走り出してしまった。
「秘宝は私がいただくわね」
「おい! 姉さん! 追いかけないと」
「無理いいい」
ネズミはまだ通っているみたいで、足に感触があった。
数分経ったらしい。私にとっては数十分に感じられていた。
「杏奈。ネズミはもういないよ」
アキラの優しい声が聞こえた。
震えながらも、声のする方を見た。
控えめに笑ったアキラの顔がぼんやりと見えた。手にランタンを持っている。
私は苦しそうな皐月から離れて、一人で立った。
「ご、ごめん。取り乱した」
急に恥ずかしくなって、顔に熱がこもる。
「いいんだよ。それより、大丈夫かい? 怪我はしてない?」
私は体を見渡す。特に怪我をしているようには見えないので、頷いた。
「大丈夫」
「皐月は?」
「俺も大丈夫。姉さんに首を絞められてたけど」
「ごめん!」
私たちは一旦体勢を立て直してから、先に進むことにした。
「どこまで行けばいいんだろう」
私は不安になって、アキラに聞いてみた。
「そろそろだと思うよ。壁に梯子がないか確認しながら進もう」
アキラに言われた通りに、壁を見ながら進む。
数分歩いた所だろうか、前を進むアキラが梯子を見つけた。
私たちは梯子を登り、アキラが蓋を開けてくれた。
外に出ると、街道のそばだった。
「この蓋には魔法はかけられてなかったみたいだな」
皐月が蓋を眺めて、そう言った。
アキラが蓋を元に戻して、立ち上がる。
「この街道から、東に進んでシャルク村まで行こう」
「東にある洞窟に秘宝があるのよね?」
「そうらしい。森の中をたくさん進むから気をつけないとね。シャルク村までは三時間くらいで着くと思うよ」
街道の先は森になっていて、森の先にシャルク村があるそうだ。
シャルク村は、猫耳族の村だとアキラは言っていた。ヴァストークタウンに行く前に寄ったらしい。
街道を抜けて、森の獣道に来た。木々の声が聞こえるだけで、モンスターや動物の足音は聞こえない。
「静かね」
「今、ヴァストーク周辺は安全らしい。旅人のレオさんが来てるみたいで」
「レオさん?」
「エスト王国で唯一のプラチナランクで、今はこの周辺のモンスターを狩っているんだよ」
私はその言葉で、シェリーと一緒に旅人ギルドで見た金髪の男性のことを思い出した。モンスターの手配書を全て取っていた。もしかして、あの人がレオさんって人なのかも。
「でも、シャルク村を越えたら、範囲外だよ。気をつけようね」
アキラにそう言われて、一瞬緩んだ気を引き締めた。
シャルク村にはあっさりと着いてしまった。
シャルク村は、オリエーンス村と似ていて、木造建築の家々が並んでいた。
村で見る人たちは全員猫耳族だった。
「アキラお兄ちゃん!」
村を歩いていたら、一人の猫耳族の少女がこちらに駆け寄ってきた。
シェリーより少し身長が低く、茶髪のボブより少し長めの髪に、緑の瞳をしていた。
「メイちゃん。元気にしてたか?」
「げん……あ!」
メイと呼ばれた少女は、私の顔を見るや否や、アキラの足へと隠れてしまった。
「元気……だよ」
ひょっこりと顔半分だけを出して、こちらを見ている。
「アキラお兄ちゃん。戻ってきたくれて、嬉しい」
「俺もまた会えて嬉しいよ。あ! こっちは杏奈、それでこっちの男が皐月」
アキラは隠れているメイに私たちを紹介した。
「よろしくね。メイ」
私はにこりと笑って、メイに挨拶をした。
「……う、うん」
アキラの体で顔を隠してしまった。恥ずかしがり屋なのかな?
「アキラお兄ちゃん。相談があるの……聞いてくれる?」
「ああ、いいよ」
アキラはいつもより随分と優しい声で応じた。




