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夜海

夜の海

神秘的でもあり、すべてを飲み込む恐ろしさがあります。


今回はそんな夜の海にまつわる話……。

「夜の海に入ってはいけない。特にお盆の時期は。」


 よく聞く話だと思います。

 では、なぜその噂話が広まったのか?


 科学的な根拠もありますがそれだけでしょうか?


 これはとある高校生のお話しです……。


 ◇◆◇

 今は高校が夏休み中。

 俺は部活のためだけに登校している。

 ラグビー部の夏の練習は3年経験しても過酷で辛い。

 今日の練習は午後14時から。気温は36℃を超えていた。

 基本的な練習なのだが、汗が止まらず、水を飲まなければ瞬時に脱水症状になっていただろう。

 実際、練習中に倒れたり吐いたりする部員が続出していた。

 だが、明日からお盆休み。最後の力を振り絞って今日の練習を乗り越えた。

 全員で最後のクールダウンを行い、監督が声を出した。


「よし、全員集合。」


 部員全員が足元をふらつかせながら監督の近くに駆け寄った。


「明日からお盆期間の休みになる。休み明けに試合の予定を組んでいるので、心肺機能と筋力を落とさないように注意すること。それから……お前ら、死ぬなよ。」


 いつも監督は必要最低限の事しか言わない。

 だが、この日は何かが違っていた。

『死ぬなよ』

 思いがけない言葉に、部員全員に動揺と緊張感が走った。


「以上、解散。」


 監督が話し終わったとたん、周囲で安堵の声とため息が漏れているのが分かった。


「やっとこれから本当の夏休みだぁー!」


 そう叫んでいたのは、同じクラスのケンタだ。

 ケンタとは古い付き合いで、近所に住んでいる。まさか同じ部活をやるとは思わず、正直驚いた。


「なぁ、ヒロト。お前休み中何すんの?」


「ん? いや特に何も予定はないかな。」


「そうなのか。つまんない最後の高校最後の夏だなお前は。彼女もいないもんな。」


「うるさい。そういうお前はどうなんだよ。」


「実はな。今日ちょっと予定があるんだよ。」


「なんだよ。しかも今日かよ。さっきまでフラフラだっただろ、お前。」


「それとこれとは別なんだよ。実はさ、今日OBの先輩二人に誘われて海に行くんだよね。」


「海?」


「そう! N海岸! しかも先輩のおごりでバーベキューもするらしい! BBQだぞ! 肉盛沢山で食べ放題! どうだ? ヒロトも行かないか?」


「俺も行っていいのか?」


「部室に戻ったら連絡してみる。多分大丈夫だ!」


「じゃあ、先輩の返答次第かな。」


 どこまでも前向きで陽気なケンタのことだ、先輩にはうまく話をしてくれるだろう。

 疲労感たっぷりの身体をひきずりながら、俺たちは部室へと向かった。


 ◇◆◇

 部室に戻り着替えを済ませた後、さっそくケンタは先輩へ連絡し、俺の参加の了承を得ていた。

 俺は母親に連絡をし、帰りが遅くなることを話をした。


『もしもし、ヒロトだけど。今日、先輩たちと飯食ってくるから晩飯いらないから。』


『あら、ずいぶんと突然ね。どこで食べてくるの?』


『なんか、海でバーベキューするらしい。』


『……海?』


『そうだけど?』


『ちなみに、どこの海?』


『N海岸。なんで?』


 普段はそこまで深く聞かない母親だったので、妙な違和感を覚え、首をかしげてしまった。


『N海岸……。あんた、絶対海に入るんじゃないわよ。しかも、お盆だし。』


『大丈夫だって。それにお盆は明日からでしょ?』


『……本当に、入っちゃだめよ。絶対に。特に暗くなったら海辺には近づかないこと。いいわね?』


『……。わかった。』


 電話を切った後、妙な違和感を覚えた。

 さっきの監督の言葉、母親の真剣な口調……。

 今日は妙な感じがする。

 とりあえず、海には近づかないようにしておけばいいだろう。


「おーい、ヒロト! 先輩がお前も来ていいってよ。その代わり、絶対残すなよだって!」


 俺の妙な違和感をかき消すようにケンタが陽気に声をかけてきた。


「おぉ。ありがとな。ちなみに、何時に集合?」


「先輩の話では、買い出しとかあるから17時くらいだって。」


「じゃあ、もう向かった方がいいな。ここから自転車で1時間くらいかかるし。途中、コンビニでも寄って涼もう。」


「いいね。ヒロトの案に賛成。」


 そうして俺たちは部室を出て、意気揚々とN海岸へと向かったのだった。


 ◇◆◇

「おっ。来たな現役。早速だけど、さっさと着替えてこの荷物運んでくれるか? バーベキューの準備はできているからあとは食材を焼くだけだ。もう一人追加って聞いたから予想以上に大量になってな。」


 時間通りN海岸へ到着すると、OBの先輩二人が俺とケンタを待っていた。

 二人とも俺とケンタの4つ上で、大学生のナオキ先輩と社会人のアツシ先輩だ。

 実は、俺はナオキ先輩は尊敬しているのだが、アツシ先輩は苦手だった。

 なぜなら、ただの遊び人でお調子者だったからだ。


「あ、すぐに運びます。おい、手伝うぞケンタ。」


 すかさずアツシ先輩が俺たちに茶々を入れ始める。


「お、さすが現役だねぇ。俺はもう引退したから重いもの運べなくて! よろしく! 俺は場所取りに行ってくるから! ついでにナンパも……。」


「おい、アツシ。まずやることやれ。どうせ行くならこれくらい運んでいけ。」


 ナオキ先輩がアツシ先輩に2リットルのペットボトル数本を手渡した。

 渋々受け取りながら、颯爽と砂浜へと駆け出していくアツシ先輩。

 本当に、どうしようもない人だな……。

 そして、俺とケンタはハーフパンツとTシャツに着替え、ナオキ先輩と合流し食材を運びバーベキューの準備を始めた。


「よし、じゃあ肉の準備をしよう! 大量に買ってきたからどんどん食べろよ!」


 先輩が準備してくれたおかげで順調に焼きあがる。なんとも食欲を誘る匂いが食欲を誘った。


「先輩! 早く食べたいっすよ!」


 ケンタがナオキ先輩にせびりだす。


「まぁ待てケンタ。せっかくなんだからみんなで食べよう。あそこでナンパしているバカを呼んできてくれ。」


 そう言って帰ろうとしている女性に声をかけるアツシ先輩を指さした。


「もう……本当にあの人は!」


 ケンタがアツシ先輩に向かって走りだしていく。さっきまで過酷な練習をしていたのにすごいスピードだ。食欲の力はすごいな。


「なんだか付き合わせたようで悪かったな、ヒロト。」


「いえいえ、俺も肉食べたかったですし。けど……。」


「けど、なんだ?」


「いや、母親に電話した時、『海には絶対に入るな』って言われたんですよ。それがどうも引っかかってて。」


「なるほどな。霊に連れ去られるってやつだろ。特にこのN海岸はそう言われているらしいな。」


「ナオキ先輩知ってるんですか?」


「あぁ。有名だからな。ここは。でもなぜか遊泳禁止にならないんだよ。不思議だよな。」


「霊って……。マジすか?」


「ハハハ! それはな、『離岸流(りがんりゅう)』ってやつなんだよ。」


「『離岸流(りがんりゅう)』?」


「あぁ。『離岸流(りがんりゅう)』ってのはな、海岸付近で沖に向かって周りよりも速く流れる海流のことなんだよ。その速度は秒速2メートル。オリンピック選手並みの速さだ。それに、そこの部分だけやたら砂浜がえぐれるから足元を引っ張られるって勘違いしたんだろ。弓なりの形状の砂浜でよく多発するらしい。このN海岸がまさにってことだな。」


「ええ? それじゃ霊っていうのは?」


「まぁ、危ないところに近づけさせないための噂が広まったんだろうな。あ、でも離岸流はマジで危ないから気を付けたほうがいいぞ。実際、ここでも何度か離岸流に巻き込まれた奴知ってるからな。」


「ちなみに、その人たちはどうなったんですか?」


「全員助かったよ。基本的に海岸と平行に泳げば『離岸流(りがんりゅう)』から抜け出せるからな。運がよかったんだ。ただ……。」


「ただ?」


「20年位前かな? 助からなかった人がいたって話を聞いたことあるな。その時は『離岸流(りがんりゅう)』ってわけではなかったらしい。さ、あいつ等も戻ってきたし、肉食べるか。」


 20年前。ちょうど母親が学生の時くらいか?

 もしかして、そのことを母親は知ってる?


「なんだよー。もう少しでうまくいきそうだったのに余計なことをしやがって。」


 アツシ先輩が不満たらたらの文句を言いながらこちらに戻って来る。

 それを慰めるようにケンタがフォローする。


「まぁまぁ、いいじゃないですか先輩。今回は俺たち後輩のためと思って! さ! 肉食べましょう!」


 ケンタが半ば強引にアツシ先輩を連れてきて、ようやくバーベキューが始まった。

 大量の食材を平らげながら今の部活の事や今後のことについて4人で話し合っていたら、いつの間にか日が落ちてあたりはすっかりと暗くなっていた。


「くそぉ。せっかくかわいい子に声かけられたのに……。」


 アツシ先輩がまだナンパが失敗に終わったことについてくどくどと言い始め、八つ当たりを俺たちに向けてくる。


「俺の分の飯くらい別皿でとっておけよな! 俺が失敗したのはお前らのせいだ!」


「アツシ先輩、それは言いがかりっすよー! アツシ先輩くらいのイケメンなら今度はすぐに成功しますよ!」


 ケンタがすかさずフォローする。

 さすがだな、口がうまい。


「それは当たり前だが……。だがまだ納得いかん! おいヒロト! 罰として今からナンパしてこい!」


 なんで俺なんだ?

 そもそも何の罰なんだ?


「先輩。それは無理っす。もう周りにほとんど人がいないじゃないですか。もう暗いですし。」


「ばーか。お前の目は節穴か? ほら、あそこにいるじゃねーかよ。ほら、さっさと行って来いよ。」


 アツシ先輩が指を指した先には確かに女性の姿があった。

 ぼーっと海を眺めている様子は、なぜかとても神秘的に感じた。


「ほら、さっさと行けよ! それとも何か? 女の子との話し方がわからないのか? あ! お前彼女いないんだっけな!」


 その言葉にカチンとした俺は、その場から離れ、女性の方へと歩いて行った。


「おいアツシ。お前さすがに言い過ぎ。ヒロト! 海に近づきすぎるなよ!」


 ナオキ先輩の声に片手だけ挙げて反応した。

 本当に、アツシ先輩とは反りが合わない。

 さっさと声をかけて、失敗したことにして家に帰ろう。

 でも、夜の海は綺麗だ。

 変な噂話が無ければ、心が洗われるように感じる。

 そんなことを思いながらぼーっと海を眺めていた。


「あれ? あの女性はどこに行った?」


 ふと我に返って女性がいたところを見ると、姿が見えなくなっていた。

 このままだとまたアツシ先輩に何か言われかねない。

 慌てて女性を探していたら、いつの間にか波打ち際まで来ていることに気が付いた。


『夜の海には絶対入るな』


 その言葉が頭をよぎった時、何かが俺の足を掴んだ。

 そして、どんどん波の方に近づいているような気がする。

 これは、ナオキ先輩が言っていた奴か?

 波の流れのせいで砂がえぐれるって言っていたよな。

 先輩の説明を聞いていたので不思議と恐怖は感じなかった。

 海の水がやけに冷たくて気持ちいい。

 顔にかけようと思い、水をすくおうと下を向いた時。




 得体の知れない何かと目が合った。




 その何かは、不敵な笑みを浮かべながら俺の足をしっかりと掴んでいる。


「ヒッ!」


 言葉にならない声を出し、その場から離れようと思ったが……動かない。

 それどころか、どんどん俺を掴む手が増えていっている気がする。

 恐る恐る下を見ると、俺を見る目が数体増えていた。


「……っ!」


 声を上げる間もなく、俺はその手に引きずられるように海の中へと吸い込まれる。


「た……たす……だれか……!!!」


 波が俺の叫び声を遮る。

 波の合間に見える岸がすごい速度で離れていくのがわかった。

 そうだ、これは離岸流だ! 岸と平行に泳げば助かるかもしれない!

 必死で泳ごうと決意し、かろうじて目を開けた時に、見てはいけないものを見てしまった。


 俺の手や足に絡みつく、無数の青白い手を。


 これは離岸流なんかじゃない。

 人間ではない何かが、俺をどこかへ連れて行こうとしている。

 恐怖のあまり意気消沈し、その無数の手に海へ引きずり込まれそうになった時


『死ぬなよ』


 監督の言葉を思い出した。

 死にたくない。まだ死ぬわけにはいかない。

 俺は重い手足を必死に動かした。

 今はどこまで流されているかわからない。

 生きてやる。息が続く限りもがいてやる。


 何度も何度も、もがくように泳いだ。

 だが、もう足も動かなくなり、手も何十キロの重りをつけられたように感じる。

 息が続かなくなり、意識が飛びそうになった時、非常にはっきりと、そしておぞましい声が耳から頭の中に響いてきた。



 ―――コッチニコイヨ



 その言葉を最後に、俺は意識を失った。


 ◇◆◇

 目を覚ますと、見慣れない天井がそこにはあった。

 ここは……車の中?

 周囲を見ると、何やら医療器具がたくさん並んでいる。

 そうか、一度だけ乗ったことがある。これは救急車の中だ。


「あぁ……良かった! 目を覚ましたのね!」


 聞きなれた声のする方に目を向けると、そこには母親がいた。


「母さん……。なんでここに?」


「N海岸って聞いてから妙に胸騒ぎがして、遅くなっても帰ってこないから探しに来てたのよ! 本当に! なんで海に近づいたの! でも無事で本当に良かった……。」


「……ごめん。」


 母親が俺の胸で泣いている。

 あれだけ近づくなと言われたのに、本当に申し訳ないことをした。


「気が付いたんだね。」


 救助隊員の人が俺に声をかけてきた。


「君は幸運だったよ。離岸流からうまく抜けて、岸まで流されてきたみたいだね。途中で力を抜いたのもまた幸運だったよ。君が流されるまでの経緯は一緒にいた3人に話を聞いているところだ。通報してくれたのはその中の一人だったよ。」


「はい……。幸運でした……。」


 違う。

 あれは離岸流なんかじゃない。

 俺は見たんだ。

 今思い返すだけでも背筋が凍りそうだ。

 思わず身震いをすると、すぐに母親が気付いた。


「何? あんた寒いの?」


「いや、ちょっと……。」


 話をするかどうか迷ったが、隠していてもしょうがないともい、思い切って母親に話をした。

 すると母親は青ざめた顔をして俺の方を見た。


「ヒロト……。実はお母さん。友達亡くしているんだ。今から20年前にこのN海岸で……。」


「えっ……?」


 思いがけない母親の話に、正直驚いた。


「それって、離岸流に巻き込まれたの?」


 母親が首を何度も横に振って、はっきりと口にした。


「あれは離岸流じゃない。お母さんね、見ちゃったの。遺体を。そうしたら。」


 俺は思わず唾を飲み込んだ。体中に緊張が走る。


「見たの。はっきりと残っていた無数の手の跡を……。」


 一気に全身に鳥肌が立つのを感じた。

 一緒だ。

 俺が見たものと一緒だ。

 もしかして俺にもあるのか……?

 おそるおそる体にかけてある毛布をめくった。


「うわぁぁぁっ!!!!!」


「ど、どうしたのヒロト……きゃぁぁぁぁ!!!」


 俺と母親の叫び声を聞いて、救急隊員が慌てて近づいてきた。


「そんな……。バカな……。救助した時は無かったのに……。」


 そこにいる全員が見た。


 俺の体中についた、無数の手の跡を。


 動揺する車内に動揺が走る。

 動悸が収まらない俺の頭に、あの言葉が繰り返し響いてきた。


 ―――コッチニ……コイヨ

いかがでしたでしょうか。


実際、夜の海の水は異様な冷たさを感じる時があります。

温度の変化は何か異様なことが起きる前触れとか……。

皆様も、十分ご注意を。

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