古い橋
火のないところに煙は立たず。
噂ができるということは何かがあった証です……。
今回のお話は、ある都市に広まるちょっとした噂話です。
「S市にある古い橋を渡る時は、決して川を見ては行けない」
そんなうわさを聞いた高校生が体験した話……。
◇◆◇
「おーい、サトル。一緒に帰ろうぜ。」
同級生のヤスが俺に声をかけてきた。
俺達はS市の高校に通う高校2年生だ。
俺は部活が終わった後に自主練をするので、みんなよりいつも帰りが遅くなってしまう。
今日はたまたま、同じクラスのヤスが補習を終えたようで、帰り際に声をかけてきた。
もう、夜7時を過ぎているじゃないか。
ヤスは勉強が苦手で、いつも補習を受けている。
まったく、少しは学習してほしいもんだ。
「うわっ。もうだいぶ暗くなってんな。夏とはいえ7時過ぎるとやっぱ暗いよな。」
「当たり前だろヤス。夜だぞ、夜。」
ちょっと突っ込みをいれながら、自転車を漕ぎながらたわいもない話で笑い合っていた。
「なぁ、サトル。こんなうわさ聞いたことないか? 『古い橋を渡るときは川を見るな』ってやつ。」
「はぁ? そんなこと聞いたこともないな。」
ヤスは怖い話が好きで、自分も霊感を持っているという。
本当かどうかはわからないが。
「ちょっとさ、行ってみね?」
「やだよ。俺は。」
「なんだよ。怖いのか?」
「そんなことねーけど。ていうか、それってどこの橋かわかんねーじゃん。この地域にはいっぱい橋が架かってるんだしよ。」
「へへへ。俺、その橋知ってるかもしれないんだよね。実は俺の家の近くにあるんだよ。」
「はいはい。じゃあお前だけいけばいいじゃん。」
「いや、せっかくだからさ。サトルも一緒にどうかと思ってね。」
ここまで言われると、少し好奇心が湧いてきた。
俺は正直、霊感というものがない。
だから、幽霊とかそんな話は一向に信じないクチなのだ。
「しゃーねーな。あんまり遅くなると親がうるさいから、チラッとだけだぞ。」
「よっしゃ! じゃあ、いこうぜ!」
そうして俺たちは、ヤスの言う橋へと向かったのだった。
◇◆◇
「ここだ。」
ヤスが自転車を降りて、橋の入り口に立った。
俺もヤスに続いて自転車を降りる。
橋はとても古く、鉄骨でできており、車道と歩道が分かれている。
俺たちは自転車を押しながら歩道の方を歩き始めた。
「じゃあ、行ってみるか。」
ヤスと二人で並び、橋を渡り始めた。
「なぁ、ヤス。確か、『川を見てはいけない』だったよな。」
「おう。ていうか、なんでサトルは車道側歩いてるんだよ、ビビってんのか?」
「ビビってねーし!」
と、ヤスを見たときに、歩道にある手すりの奥を見てしまった。
手すりの奥。つまり、川の方を。
だが、暗くて何も見えない。
時々通る車のライトで照らされるくらいで、ほぼ真っ暗だ。
「なんだよ。ただ暗いだけじゃねーか。」
俺がヤスにそう言うと、
「サトル。お前もしかして、川の中見たのか?」
突然ヤスが深刻な表情で俺を見る。
「お……おう。だけど真っ暗でなんも見えねーって。」
もう一度川を見ると、やはり真っ暗で何も見えない。
だが、よくよく目を凝らすと、川の真ん中に何か白いものが見え始めた。
なんだあれ?
「おい、ヤス。あそこに何か白いものがあるぞ。あれって……人じゃねーか? あんなとこいたら危なくないか?」
「お、おい! サトル! それ以上見るな!」
「馬鹿かお前!? もし人だったら大変じゃねーか! おーい! 大丈夫ですかー!?」
俺は川の中に見える人のようなモノに声をかけた。
もし川の真ん中に立っていたら普通に危ないからだ。
もし足なんか滑らせたら大変だ。
「おい! もうやめろサトル! 行くぞ! さっさと渡ろう!」
ヤスが思いっきり俺の腕を強く引っ張った。
とっさのことで自転車から手が離れ、ガシャンと倒れる音が周囲に鳴り響く。
一瞬川から目を離したので、もう一度川の中を見ると、そこにはただ何もなく暗い闇が広がっており、川の流れる音が異様に大きく聞こえた。
ヤスの動揺が俺にも伝染し、慌てて自転車を引き起こして急いで橋を渡った。
「はぁ……はぁ……。お前、見たのかよ、サトル。」
息を切らしたヤスが俺に問いかけた。
「見たって何をだよ。」
「川の中だよ!」
「お……おう。見たぞ。暗かっただけじゃねーか。なんか人影みたいなものがあった気がしたけど…あれ何だったんだろう?」
「……。いいか、サトル。お前、帰る時に絶対振り返るなよ。そして、知らねー奴がいても、絶対声かけるなよ。」
あまり見せないヤスの真剣な表情に少し驚きながらも、小さく相づちをうった。
「サトル……。俺も、見ちまったんだよ。」
「え?」
「川の中、見ちまった……。」
俺たちはそれから何もしゃべらず、お互いの家路へと急ぐのだった。
決して振り返らずに……。
◇◆◇
家に戻った時には、8時半を過ぎていた。
「あら、おかえり。」
母親が黄色いエプロンを着て、リビングからひょっこりと顔を出した。
母親の優しい声が、俺の動揺している心を少し癒してくれた。
「ただいま。遅くなってごめん。」
「今日も部活だったんでしょ。汗臭いから早くお風呂に入ってきなさい。」
「ったく。かわいい息子に汗臭いってなんだよ。」
「ほらほら。いいから早く入っておいで。お母さん、ご飯の準備しておくから。」
「はーい。」
橋の上の奇妙な出来事をシャワーと共に洗い流そうと、そそくさと風呂場へと向かった。
―――ブブッ
突然、スマホが鳴り、着信が来た。
ヤスだ。
俺は服を脱ぎながら電話に出た。
「サトル。無事に着いたんだな。」
「おう。お前も無事だったか。」
「……。」
ヤスからの返事が無い。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや、実はな。俺の家マンションの4階じゃん。で、エレベーターに乗ろうとしたときにさ。白い服を着た髪の長い女が横に立ってたんだよ。」
「住人だろ?」
「いや、それがおかしいんだよ。」
「おかしいって、何が?」
「エレベーターが来てもさ、その女の人乗らないんだよ。それに、全身が濡れてたんだ。雨降ってなかったのに…。俺、なんかやばいと思って、慌てて階段で4階まで駆け上がったんだよ。もう、エレベーターホールも怖くて見れなくてさ。今盛り塩置いちゃったよ。サトルは、大丈夫か?」
「マジか……。俺は何ともないな。」
「そうか。もしなんかあったらすぐに塩まけよ。じゃあな。」
電話を切った後、背中に寒気を感じた。
まさか、あの川の中にいたのって……。
風呂場に入り、さっさとこの気分を洗い流そうとシャワーからお湯を出す。
「ったく、ヤスのやつビビらせやがって。明日ちょっとやっつけないとな……。」
シャンプーに手を伸ばした時、容器の中が空になっていることに気付いた。
そうだ、昨日使い切っていたのをすっかり忘れていた。
「なんだよ……。母さーん! シャンプーないんだけどー! 新しいのあるー?」
返事が無い。
もう一度呼びかけてみた。
「母さーん! シャンプー!」
家の風呂場の入り口はすりガラスのようになっており、そんなに厚みはないはずだから聞こえているだろう。
頭から顔にかけてお湯を浴びながら、チラッと風呂場の入り口を見てみた。
どうやら母親がいるらしい。
人影が見える。
手で顔にかかっていたお湯を払い、風呂場の入り口に振り返る。
なんでずっと突っ立ってるんだ? 頭濡らしちゃったのに……。
「母さん、早くシャンプ……。」
すぐに違和感を感じた。
すりガラス越しにいるそいつは、母親ではない。
白い服を着た髪の長い、何かだ。
母親は黄色いエプロンをしていた。
だが、目の前にいるそいつは、ただ立っているだけだ。
シャワーから出ているお湯が冷たく感じ、全身に鳥肌が立つのを感じる。
「だ……誰だ……。」
すると
―――――バンバンバンバンバンバンバンバンッ!
そいつはすりガラスを激しくたたき始めた。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
俺は恐怖を覚え、思わず叫び声をあげた。
すると、そいつは、すりガラスに両手と顔をぴったりとくっつけ、こちらを見ている。ギョロギョロと目を左右に動かし、風呂場の中を見ようとしているのがわかった。
俺は目をつぶり思わず心の中で叫んだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!」
――――ガラッ
入り口が突然開き、俺はビクッとして静かに目を開けた。
「何やってんのあんた。ほら、シャンプー。」
母親だった。
震える手でシャンプーを受け取るのと同時に、腰が抜けてしまいその場にへたり込んでしまった。
「ちょっと! どうしたのよ? 大丈夫? そんなに疲れたの?」
「母さん。頼む。しばらくそこにいてくれ……。」
「はぁ? 何したってのよ? ……ったく。困った子だね。」
俺は急いで全身を洗い、風呂場からすぐに出て母親に事情を説明した。
母親は状況をすぐに察してくれ、ヤスが助言してくれたように、家じゅうに盛り塩を置いたのだった。
◇◆◇
次の日、ヤスに昨晩起こったことを説明した。
「サトルの所にも来たのか……。実はさ、俺の家から近いじゃん、あそこ。それで、親に聞いてみたんだけど、川幅が狭いから川を渡ろうとする人が結構いるんだってよ。でも……。」
「でも?」
「暗いじゃん、あそこ。それで……。」
「わかった。それ以上言わなくていい。」
「お、おう。そうだな……。」
何か変なうわさがあるところは、好奇心で行かない方がいい。
それが、怖いうわさなら尚更だ……。
もう二度と興味本位でそういう所へは行かないでおこうと、心に誓った。
ふと、クラスの女子生徒が話している声が耳に入ってきた。
「ねぇねぇ、聞いたー? 友達が行ってたんだけど、この前、橋を渡る時に川の中を見たらさー……。」
いかがでしたでしょうか。
ありそうな……。なさそうな……。
身近にある噂話には、くれぐれもご注意を……。
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