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カーブミラー

作者:

「こんにちは、私は×××と申します。東京で会社員をやっております。こんにちは、私は×××と申します……」


   ※


 不審者情報

 北東小学校裏門前 一二月中旬頃 一〇時~一三時

カーブミラーに額を当ててもたれかかるような姿勢で意味不明な言葉を繰り返し呟いているスーツ姿の中年男性。北東小学校の教員が声を掛けると即座に逃走。

 近隣住民の皆様はご注意ください。


 ※


 裏門の道路は使用しないように、と担任が言う。ユウマはそれを聞き流した。それよりも彼の関心事は、机の下に隠して読み耽る学校の怪談だった。

 怖い話して、とせがまれることは、ユウマにとって珍しいことではない。テレビ、インターネット、本……実にたくさんのものから怖い話を入手しては、それを同級生に語る。怪談の語り手であるときは、ユウマは紛れもなく人気者だ。幼い好奇心は自意識に手伝われて、ありふれた男児をたちまち夢中にさせていく。

 憑りつかれたユウマには不審者情報など入っているはずもなかった。下校時間になって、彼は一切の躊躇いもなく裏門前の通りを歩く。この時刻は例の男もいないので、カーブミラーに特段変わった様子はない――はずだった。

 ユウマはふと、カーブミラーの根元にぽっかりと穴が空いているのに気が付く。小さな穴だが、自分が入るのは簡単そうだ。覗き込んでも底の果ては見えない。代わりに一段一段が直線に続いている。穴の奥へは階段で下れるようになっていた。

 幼い好奇心。人気者の自意識。

 ユウマは吸い込まれるように階段を下りていく。夢想家だが馬鹿ではない彼は、慎重に歩を進めていた。一段、二段、三段。踏み外さぬようにゆっくりと下り、やがて底へ着いたときに気付いた。この階段が十三あったことに。

 十三段ある階段は不吉の証。そんな知識が彼には刷り込まれていた。この先待ち受けるやもしれぬ現象を空想し、恐怖と同時に微かな魅力も感じていた。

 そこは夜さながらに暗い場所であった。数メートル先までは見通せず、視認できるのは足元ばかり。この足がアスファルトを踏みしめていることに、ユウマはそのときようやく気付いた。暗闇に目が慣れると、周囲には見慣れた景色が広がっていることに気が付く。学校の校舎、裏門、住宅、側溝。そしてカーブミラー。

 ふとユウマは、カーブミラーから何かが聞こえることに気が付いた。誰かの声だ。導かれるように近づいて行く。

「――、――。――。」

 微かな声だ。男か女か、子供か大人かも分からない。自分の足音の方がよほど鼓膜をくすぐった。

「――は、――ます。――ます。」

 オレンジ色の支柱が見えてくる。男の声、大人の声。

「こん――は、わた――は――します。――でか――っております。」

 鏡が鈍く煌めく。声がハッキリしてくる。

「こんにちは、私は鈴木正一と申します。東京で会社員をやっております。」

 鏡を見上げる。

「――やっとだ」

 男と目が合った。ニヤリと笑っていた。


   ※


 「こんにちは、僕は×××です。○○小学校四年生です。こんにちは、僕は×××です……」


   ※


 不審者情報

 ○○小学校裏門前 一月上旬頃 一五時~一六時

カーブミラーに額を当ててもたれかかるような姿勢で意味不明な言葉を繰り返し呟いている男児。○○小学校の教員が声を掛けると即座に逃走。

 近隣住民の皆様はご注意ください。


   ※


 久し振りに出社した鈴木正一はカーブミラーを極端に恐れるようになった。

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