第13話 存分に甘えてほしい
「藍斗はすき家と松屋、どっちがいい?」
「俺はどっちでもいいよ。氷堂さんが食べたい方に行こう」
「じゃあ、吉野家にしよう」
選択肢になかった第三の店に決まり、藍斗は絶句した。氷雨の行きたいお店に付き合うつもりなので文句はないのだが。第三の選択肢があるのなら事前に言っておいてほしい。
「普段から、私が通ってる場所に案内する」
「お願いします」
「うむ。迷子にならないように付いてくるのだぞ」
「はい」
そんなやり取りをしながら、氷雨が通っているという場所まで案内してもらう。電車に乗って、氷雨の最寄り駅で降りて、駅から数分の場所にあった。
「ここ」
この場所なら氷雨が住んでいるマンションからも近く、氷雨からすれば通いやすいのだろう。
「入ろう」
「そうしよっか」
氷雨を先頭に入店すると色々な食欲を唆られる香りが鼻に届く。それと同時に、大勢の客の姿が目に入った。
「この時間帯、人が多い……」
氷雨がぼそりと呟いた。
今日はテストが終わってすぐ下校時間になったため、今の時間はちょうどお昼時だ。安くて早くて美味しいチェーン店の牛丼屋に人が集まるのは仕方のないことだった。
「カウンター席しか空いてないね。しかも、席はバラバラ」
テーブル席はサラリーマンの姿で埋め尽くされていて、二人で座れる場所が見当たらない。氷雨を見れば落ち込んだように肩を落としていた。
「氷堂さん、一回お店から出て待ってようか」
「……いいの?」
「せっかく、二人で来たのにバラバラで食べるのも寂しいでしょ」
席が空いていないなら、空くまで待てばいいだけのこと。店内で待つのはサラリーマンを急かしてしまうかもしれないし、何より他の客の邪魔にもなるし迷惑にもなる。藍斗はバイト先でそういうご迷惑な客を何人も見てきているので自分はそうならないように決めているのだ。
それに、急がなくても仕事と時間に追われているであろうサラリーマンの方々はすぐに出ていくはずである。
「あっ。もしかして、お腹と背中がくっつくほど空腹だったりする?」
「……ううん、我慢出来る。我慢する」
「それは、かなりお腹が空いてるということじゃ」
「行こう、藍斗」
袖口を氷雨に引っ張られ、店を出る。
急に袖口を掴まれたことで驚いたが氷雨の口角が上がっているのが見えて、藍斗は安心した。
「藍斗は牛丼好き?」
「月に一回食べるくらいだけど、好きだよ」
「私は週に一回は食べに来てる」
「好きなんだ、牛丼」
「量がたくさんだから満腹感があって好き」
そんなことを話していれば、中から三人組のサラリーマンが出てきてどこかへ行った。職場に戻ったのだろう。これで、テーブル席が空いたはず。
「入ろっか、氷堂さん」
「お腹ペコペコ……早く食べたい」
入店すれば、ちょうど店員さんがテーブルを拭き終わったところだった。氷雨と二人で座り、メニュー表を確認する。
「藍斗も超特盛りでいい?」
「いや、超特盛りはちょっと完食出来ないかも」
平然と聞いてきた氷雨に待ったを掛ける。
本当に疑問に思うが氷雨の細い体のどこにそれだけの量が入って、消化されていくのか。
「大丈夫。藍斗が食べ切れなかったら私が食べる」
「凄いね」
「えっへん」
素直に感心してしまえば、氷雨が腰に手を当てて胸を張った。
「他に何か注文したいのある? 唐揚げ? 牛カルビ?」
「牛丼だけで十分だよ」
「私に遠慮する必要はない。今日はお礼だから」
「え、何のこと?」
「言ってなかった。今日は勉強を見てくれたお礼がしたくて藍斗を誘った。だから、私が全額出す。食べたい物、何でも注文して」
「いいよ、お礼とか。気にしなくて。それに、まだ結果が出た訳でもないんだし」
もし、ここで氷雨に奢ってもらい、テスト返却日に氷雨が赤点を取っていたりしたら藍斗は氷雨に会う顔がない。氷雨には自信がかなりあるようだし、そんなことにはならないと思うし、なってほしくもないが。
それに、藍斗は本当にお礼とかを望んでいない。氷雨の勉強を見たおかげで自分の勉強にもなったし何よりも一人で部屋に閉じこもってするよりも楽しく行えた。
「俺も色々とありがたかったし、ほんとに気にしないで」
「藍斗、強情」
拗ねたように口にした氷雨に藍斗は苦笑した。
「そんなことないよ」
「じゃあ、折れて」
「えっ」
「強情じゃないなら折れて」
ここで折れなかったらどうなるのだろう。氷雨との仲が悪くなったりするのだろうか。
たった一回。奢られるのを断っただけで。
奢られるのも望んでいないが、氷雨との仲が悪くなるのも藍斗は望んでいなかった。
「分かった。素直に甘えるよ」
「藍斗、いい子。存分に甘えてほしい」
氷雨が奢ることを望んでいるのなら、叶えてあげたっていいだろう。少し、負い目は感じるが誰だってお礼をされて嫌な気にはならないのは藍斗も同じなのだから。
「それで、牛丼超特盛り以外は何食べる?」
「いや、あの、ほんとに牛丼だけで勘弁してください……」
「そう……残念」
頼むようにお願いすれば氷雨がガッカリしたように見えたがこれだけは譲れない。ただでさえ、自分では頼んだこともない超特盛りというサイズを注文する流れになっているのだ。量が分からないのに他のメニューも注文することは出来ない。
タッチパネルを操作して氷雨が注文を済ませた。超特盛りサイズの牛丼二つと単品で唐揚げを。
藍斗は届けられる牛丼が楽しみでありながらも怖くもありながら待った。
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