マティアス(3)
最終話です
「フィー!!」
僕は医務局に飛び込んだがフィーはいなかった。
「あら、レンネップ様どうしたの?怪我ですか?」
フィーの同僚のマティルデさんが声をかけてきた。彼女は既婚者で最初はハーレン夫人と呼んでいたが今はマティルデさんと呼んでいる。彼女には僕の気持ちがバレているような気がする。
「フィー……じゃなかったファンデル嬢はいませんか?」
「メーナは今日お休みだけど」
脱力した僕にマティルデさんは追い打ちをかけた。
「今日はお見合いだって言ってたわ」
「何だって!!」
叫び声は僕じゃない。カウエル先生だ。
僕は息が詰まって声を出せなかった。
「ば……場所は……お見合いの……場所」
「さあ?聞いていないけど」
一瞬目の前が真っ暗になり次の瞬間閃いた。
弟だ!ステインなら場所を聞いているはずだ。
僕は隣の建物の三階まで走った。
律儀に僕の部屋で待っていたステインにお見合いの場所を聞き出した。
「今日はもう帰っていいよ―――」
言い捨てて走って行く僕に向かってステインが言った。
「少し遠いから馬車を使った方がいいですよ―――」
馬車がレストランに着くや否や僕は飛び降りた。
レストランにつかつかと入っていく。
「今日客で来ているフィロメナ・ファンデルに会いたいんだが」
レストランの支配人は帳面を見て言った。
「そういう方のご予約ははいっておりません。お連れ様だとお名前はわかりませんが」
「今使われている個室は?」
「三部屋ですが……あ!お客様!お待ちください!」
僕は構わず個室のある一角に急いだ。
最初の個室のドアを開ける。
家族連れが食事をしていた。
「「「おじいちゃまお誕生日おめでとう」」」
ドアを開けた僕めがけてパンパンとクラッカーが飛んできた。
急いでドアを閉めると後ろに所在無げなお年寄りが立っていた。
次のドアを開けようとした時にデザートを運んできた給仕とかち合った。
構わずドアを開けようとするとその前に給仕が立ちふさがった。
「お客様、お部屋をお間違いではありませんか?」
僕は給仕を押しのけた。
「あっ!お客様!こちらは貸し切りで……あっ!お待ちください!」
ドアを開ける。
居た!!美しく装ったフィーが見知らぬ青年と食事をしていた。
「フィー!!見つけた!」
フィーは混乱しているようだった。
「マティ……レンネップ様、どうしてここに?」
その時レストランの支配人や給仕が部屋の中になだれ込んできた。
「お客様!困ります!勝手に個室に入らないでください!」
進退窮まった僕は……逃げ出した。
ガッとフィーの手を掴むと店の外に向かって走り出したのである。
走って走って走ってどこかの公園でようやく僕は立ち止まった。
「はあはあ……ごめ……はあはあ……フィー……お見合い……」
「はあはあ……どうして……はあはあ……フィーって……いつもは……はあはあ……ファンデ……ル嬢って……はあはあ」
息が切れてまともな会話にならない。
一旦落ち着け!僕!
暫く息を整えた後、僕は跪いて言った。
「フィー、いやフィロメナ・ファンデル嬢、僕と結婚して欲しい」
言った後慌てた。
「しまった!」
両手を口に当てて泣きそうになっていたフィーは我に返ったようだった。
「しまった?」
「あ、いや……花束を忘れた!指輪も……」
ふーっと息をつくとフィーは僕を睨んだ。
「どういうつもりですか?レンネップ様」
その後の「せっかく吹っ切ろうと思ったのに……」という呟きを僕は聞き逃さなかった。
「その……僕はフィーが好きだ。結婚して欲しい。八年間フィーが忘れられなかったけど帰国して惚れ直した」
「ずっとファンデル嬢って呼んで他人行儀だったじゃない……」
「それはフィーが先にレンネップ様と呼ぶから……その、実はステインのことをずっと君の婚約者だと思っていたんだ」
「は??」
「いや……婚約者との仲を邪魔しちゃいけないと思ったんだけど諦めきれなくて」
フィーは俯いて「馬鹿ね」と言った。
「私、マティの事、忘れようと思ったの」
「今までは忘れないでいてくれたんだね」
「もう住む世界が違う人だし」
「伯爵にはなったけど、レンネップ子爵の子供であることは変わらないよ。職場も隣同士だし。住む世界は近くなったんじゃないかな」
暫く迷った後、ためらいがちにフィーは言った。
「マティのお嫁さんにしてくれる?」
いやもうその時のフィーの可愛さって言ったら……
僕はフィーを抱き上げて公園中をクルクル回った。
回り過ぎてしばらく「はあはあ」が止まらなかった。
ようやく落ち着いてフィーと腕を組みさあ帰ろうとした時にフィーが青くなった。
「レストランにバッグを置いてきてしまったわ」
物凄くばつが悪かったが僕たちはレストランに引き返した。
凄い勢いで謝り倒した。
最初固い顔をしていた支配人は最後には「もう結構ですから頭をお上げください」と許してもらった。
お見合い相手はもう帰った後だったが彼にも謝りに行かなくてはならないだろう。
後日彼のところにフィーと菓子折りを持って謝りに行った。
「はは……いいんです。二人で食事が出来ていい夢見させてもらいました。お幸せに……」
涙目でそんなことを言ってくれる彼は物凄く好青年だった。
フィーにそう言うと
「やっぱり彼と結婚した方がいいかしら」
と言われたので全力で僕と結婚するメリットをプレゼンした。
「僕は一生フィーを大事にする。お金の苦労も掛けない。フィーの好物を知っている。フィーの両親とも仲がいい。えーとそれから……」
フィーは僕の口に人差し指を当て僕を黙らせるとそっと頬にキスしてくれた。
六歳のフィーにしてもらったあと、十一年ぶりのキスだった。
僕はフィーを抱きしめお返しをした。
———初めて触れるフィーの唇は甘かった。
真っ赤になったフィーが可愛くて可愛くて僕はまたフィーを抱き上げクルクル回りたくなった。
息が切れるからしなかったけど。
領地に居るお互いの両親には手紙を書いた。長い手紙になった。
フィーの両親も僕の両親も驚いたようだが祝福してくれた。
王都に暮らす僕の長兄のところにはフィーと一緒に報告に行った。
長兄には僕が帰国したときに会っている。八年前のお金を少しでも返すと言ってくれたがやっぱり辞退した。
僕が伯爵になって人工魔石や魔道具の特許などでお金持ちになったことは知っていると思う。それでも八年前のお金を返そうとしてくれる生真面目な兄が好きだ。
七歳の長男がなかなか優秀らしいので教育費に使って欲しい。あと、進学等で相談にのるから遠慮なく頼って欲しいと伝えた。
フィーと結婚することを告げると兄一家はすごく喜んでくれて「お前はやっぱりフィーちゃんと一緒になるんだな。これはもう運命の相手だな」と言っていた。
今日は僕とフィーの結婚式だ。
場所は僕の屋敷。お天気がいいのでガーデンパーティーだ。
この日のために頑張って準備をした。主に増員した使用人とフィーが。
僕も手伝ったけど人工魔石の量産に伴って魔道具の開発も進み魔石局の仕事が超忙しくなったのであまり手伝えなかった。
お互いの両親は既に領地から出て来ていてこの屋敷に滞在している。それから隣国から魔石研究所の所長と元同僚が駆け付けてくれた。
立会人は魔石局が仕事上よくお世話になっている宰相閣下とフィーの勤める医務局のカウエル先生だ。
カウエル先生は立会人を頼みに行ったら最初は断られた。
「なんで僕が横から好きな人を引っさらって行ったライバルの立会人をしなくちゃいけないんだ?」
と言っていたがマティルデさんに一喝された。
「いつまでもはっきり気持ちを伝えられなかったヘタレは大人しく立会人を務めなさい」
「はい……」
ちょっと?かなり?気の毒な気もしたがもともと軽薄でフィーが勤めだした時に彼女が三人もいたカウエル先生はフィーに全く相手にされていなかったらしい。
時間が来た。僕は控室にフィーを迎えに行く。
純白のドレスに身を包んだフィーはどんなに綺麗だろう。
窓からパーティーに集まってくれた人たちの顔が見える。
どの顔も笑顔だ。
控室の扉の前で一旦気持ちを落ち着ける。
ドアを開けた。
「フィー、僕のお嫁さん、迎えに来たよ」
———(おしまい)———
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婚約して数日後、ふとフィーは訊ねてみた。
「私がお見合いしていた部屋、どうしてマティは一発でわかったの?」
そうしてフィーはマティが乱入してくる前にレストランだけでなくほかのご家族にも迷惑をかけていたことを知った。
「マティ!謝りに行きましょう!」
「え!?フィー……どこの誰かもわからないのに……」
「そんなの、レストランで予約リストで調べてもらえばわかるわ。ついでに謝りに伺ってもご迷惑じゃないか聞いてもらいましょう」
すっかり大人になってしっかり者になったフィー。マティは尻に敷かれるばかりだ。
後日訪れたお年寄り……銀細工職人の名工ジルベルト老人。
「先日はせっかくのお誕生会を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした!」
「いや、もう過ぎたことだ。忘れてくれ……」
「お詫びに僕が特許を取った魔石で動く自動マッサージ機をお受け取り下さい」
「いや、そんな高価なものは……」
「そんなこと言わずに試してみてください。さあ!」
「え!?いや……おほっ?これは……?はあ……♡♪」
最近、腕の震えから引退を決意していた名工ジルベルト老人の引退が十年延びた。