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マティアス(2)


 僕の歓迎の夜会は思っていたよりも規模が大きかった。


 会ったこともなかった国王陛下に紹介され僕は挨拶した。

 心臓はバックンバックンだったがそれを顔に出さないくらいには大人になっていた。


 挨拶を終えた僕はいろいろな人に取り囲まれた。


 しかし帰国したらフィーを迎えに行って待たせてごめんと謝って……などと考えていた僕は適当に聞き流していた。

 彼らの話はほとんどが僕の業績を褒めてくれるものだった。それから魔石や魔道具に関する事業に一枚噛みたいという要望。「君の研究を支援させてくれ」というような言い回しだったが。僕は魔石局局長という王宮の官吏になるわけだが共同事業者として口添えしてもらえれば利益を得られるという判断だろう。それから令嬢を紹介して良かったらお付き合いを……という流れが多かった。


 彼らの話には「はあ」とか「そうですか」とか適当に相槌を打っていたが婚約の打診だけはきっぱりとお断りをした。


 研究ばかりして女性と知り合う暇はないだろうと彼らは自分の娘や妹、姪などを紹介したが「申し訳ありませんが僕には決まった相手がいます」とすべて断った。


 挨拶が一段落した頃一人の男が近づいてきた。

 学生時代の友人、互いに切磋琢磨した一人だ。


「やあ、久しぶり。君は凄いことを成し遂げたな」


 お偉いさんたちの賛辞より彼の一言が嬉しかった。


 暫く旧交を温める。彼は王宮の高等事務官として宰相補佐室に勤務していた。

 僕は気になっていたことを聞いてみた。


「ファンデル子爵令嬢のフィロメナ嬢って知っているか?」


 それとなく探していたものの僕はフィーを見つけられないでいた。

 十七歳になったフィーはこの夜会に来ているのではないかと密かに期待していたのだ。



 身の回りが落ち着いたらファンデル子爵家に挨拶に行こうと考えてはいたがもしこの夜会に来ていたら一足先に会うことができる。


「えっ!?君は『医務局の癒しの君』を知っているのか?」


 友人は驚いたように言った。


「僕たちみたいな妻帯者は関係ないけれど彼女は王宮勤めの独身男から凄い人気だぞ」


 その友人は僕の驚きに気づかず話を続ける。


「医務局勤めなんだけど可愛くってな。治療が終わって帰るときに……あ!いたいた」


 僕は彼の指し示す方を見た。


「あのペパーミントグリーンのドレスを着た令嬢だよ」


 そこにはとても愛らしく綺麗な令嬢がいた。


 僕が見つけられないのは当然だった。頭では十七歳だとわかっていても無意識に九歳のフィーを探していたのだ。見つかるわけがない。彼女はとても美しく成長していた。


 ふと隣の男性に気が付いた。やけに親しそうだ。

 優しい顔立ちの青年だった。


「隣の男性は?」


「さあ?僕は見たことがないな。婚約者じゃないか?」


 頭をかち割られたような気分だった。


 そうだ……僕とフィーは八年前に婚約を解消している。どうして待っていてくれるなんて思いこんでいたんだろう……


 八年前に僕はフィーに言ったじゃないか。『きっと君はこれから素敵な恋をする。恋をして大人になって幸せを掴むんだ』って。


 ふいにフィーが隣の男性に笑いかけた。


 そのふわりとした笑顔は小さなころのフィーと同じ笑顔だった。

 同じなんだけど大人のフィーは眩しくて……


 僕はフィーに恋をした。


 フィーは元から僕の特別な存在だったけどフィーは僕が庇護する対象で泣いていたら願いを叶えてやりたいと思う存在で……

 でも大人になったフィーを見て僕は初めて恋をした。




 恋をして失恋をした。


 その後気が付くとフィーとその青年はいなくなっていた。

 フィーは僕のところに挨拶に来なかった。

 フィーにとっては僕はもう過去の人だ。当たり前だ。八年も前に婚約を解消しているんだから。



 僕は意気消沈して自宅に帰った。


 帰国に際し購入したお屋敷だ。

 まだ隣国にいるときに代理人を通じてお屋敷を購入し使用人も雇ってもらっていた。昨日顔合わせをしたばかりの使用人だ。

 僕はフィーと結婚するつもりでフィーを迎えるのに相応しいお屋敷を、なんて考えていた。


 真新しいベッドに寝転んだら馬鹿馬鹿しくて笑いが漏れた。


「はは……ははは……」





 魔石局に出勤する日々が始まった。


 僕は失恋したのにも関わらず未練がましくフィーのことを考えていた。


 とうとう我慢できなくなって二日目に隣の建物にある医務局に出かけていった。


 丁度前の患者が帰ったタイミングで僕を迎えてくれたのはフィーだった。


 一瞬「マティ!会いたかった」と飛びついてくるフィーを想像したがフィーは知らない人を見るように「先生、次の患者さんです」と告げただけだった。


(あれ?僕だと気づかなかったのかな)愚かにも僕はそんなことを考えた。

 その後対面した医者が一発で僕のことをわかったのにフィーが気が付かないわけがなかった。


 診察されている間に考えて僕とは他人のふりをしたいのだろうか?という結論に達した。

 いや、まあ他人なんだけど。

 夜会で一緒に居た彼に誤解されたくないのかもしれない。元婚約者なんて厄介な存在だ。


 それなのに僕は未練たらたらだった。別れ際に「おまじない……してくれないの?」なんておねだりをしてしまった。


 フィーが僕のために一生懸命願ってくれる姿は可愛くて愛しくて僕は二目惚れをした。


 往生際の悪い男だ。



 往生際が悪いついでに僕は頻繁にフィーに会いに医務局に行った。


 最初は些細な傷を言い訳にして。

 僕が元婚約者だったことを隠しておきたいならそれでもいい。僕は医務局の隣の魔石局に勤めていて怪我や病気の治療で医務局を訪れて親しくなった友人?単なる知り合い?患者?とにかくそういう存在だ。


 それでも頻繁に訪れるうちにフィーともポツポツと会話を交わすようになった。


 果物の中でリンゴが一番好きでアップルパイが大好物なのは変わっていなかった。

 昔苦手だったジンジャークッキーは今では好きだと言っていた。

 考え事をするときに唇に手を当てる癖は新たに発見した。

 ふわりと笑う笑顔は変わっていなかった。

 ささいなウソをつくときに瞬きが多くなるのも変わっていなかった。



 僕の中が新旧のフィーで溢れそうになりこれ以上は抑えておけなかった。


 もう振られてもいい、フィーに結婚を申し込もうと決意した。

 

 あの仲良さそうだった彼は恋人か婚約者かはわからないがフィーはまだファンデル子爵令嬢だから結婚はしていない。

 僕はこっぴどく振られてフィーを諦めたいのか……それともまだ脈があると思っているのか……


 僕がフィーのことを「ファンデル嬢」と呼んだら君は一瞬悲しそうな顔をしたね。僕のことを「レンネップ様」と先に呼んだのは君なのに。






 僕がこの感情に終止符を打とうと決意した次の日だった。




 その日は新卒の所員の初出仕の日だった。魔石局には二人の新人が配属されることになっていた。


「失礼します」


 お昼少し前、局長室付きの所員に促されて二人の新人が入ってきた。


 その一人を見て僕は目を剝いた。あの男だ!夜会でフィーと親し気に話していた青年。

 彼は自己紹介した。


「新しく配属になりましたステイン・ファンデルと申します。頑張りますのでよろしくお願いします」


 ファンデル?もうフィーと結婚しているのか?入り婿なのか?ん?ステイン?

 え!?ステイン?


 僕が二度見するとステインが笑った。


「お久しぶりです。マティ」


「え!?ステイン?本当に?病弱で小さかったステイン?」


「いやだなあ……いつの話ですか。僕はもう十六ですよ。もっとも僕がマティに会ったのは五歳の時が最後なのであんまり覚えていないんですけど」


「ちょ、ちょっと待っていてくれ!」


 ステインの話を半分ほど聞いたところで僕は部屋を飛び出した。


 向かったのは隣の建物、医務局だ。


 親しそうな彼は恋人でも婚約者でもなかった!弟だった!大手を振ってフィーにプロポーズできる!!


 僕の頭はフィーに一刻も早くプロポーズすることでいっぱいだった。










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