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フィロメナ(4)


 おまじないはおまじないだ。ちっとも効かなかった。

 口に出した方ではない。    『早く良くなりますように』

 心でこっそり思った方だ。   (そして二度と会いませんように)

 それとも口に出さないと効かないのだろうか。



 マティはしょっちゅう医務局へやって来た。

 ちょびっと手を切ったとか膝を擦りむいたとかなんとなく喉が痛いとか……


 もはや常連でそのうちにお土産まで持ってくるようになった。


 お世話になっているからとか僕の健康はこの医務局のみんなのおかげで守られているとか言いながらクッキーとかパイとかを差入れしてくれる。


「彼、完全にあなたに気があるわね」


 ルディがニヤニヤしながら私を見る。


「ちぇ、ライバル登場かぁ」


 カウエル先生が冗談を言う。


 本当は違うんです。きっと彼にとって私は妹のような庇護の対象なんです。でも他人のふりをしているから気になっているだけなんです。

 私は最初に彼が医務局に来た時の態度を後悔していた。

 あの時に「お久しぶりです」と言って笑いかければよかった。

 本当はそんな余裕なかったけれども……


 私は彼が昔の知り合いだと言い出せず、彼も黙ったまま……


 私たちは他人行儀な関係を続けていた。


 でも私はもう勘違いしない。

 二度目にマティが医務局を訪れたとき、彼は上着を忘れていった。


「私届けてきます」


 と私は上着を持って外へ出た。

 届けるのはすぐ近く。

 そう、医務局のある第二庁舎の横に新しく建設していたのは魔石局の建物だった。


 ご近所さんになってしまったこともマティが気軽に医務局に顔を出す要因の一つだろう。




 魔石局の入り口を入り受付に上着を預けようとしたが直接三階の局長室に届けてくれと言われてしまった。


 三階に上っていくと廊下の話し声が聞こえてきた。


「あー、あこがれの魔石局に配属されて良かったわ」


「あなた局長狙いなの?」


「だって伯爵様よ、独身の。人工魔石と魔道具開発でものすごいお金持ちだって聞いたし。顔立ちだってイケてるじゃない」


「やめといたほうがいいわよ」


「どうして?」


「決まった方がいるみたい。高位貴族のご令嬢が軒並み振られたって話よ」


「えーそうなの?でも一回ぐらい迫ってみるわ。私のこのプロポーションで落ちなかった男の人はいないもの」


「……健闘を祈るわ」




 彼女たちが通り過ぎるまで私は階段室の扉の陰に隠れていた。

 そうして訪れた局長室で応対してくれた所員の人に上着を預けて帰った。


 彼女たちの話を聞けたことは良かった。

 無駄な期待をしないで済んだから。


 バカな私は彼女たちの話を聞いていなければ何度も医務局を訪れるマティにまた期待をしてしまっていただろう。

 






 ある日の夕食時、ステインが言った。


「父上からまた釣書が届いていたよ」


「……会ってみようかな」


 ステインはカトラリーを落としそうになった。


「何よ」


「……会うの?」


「……気が向いたのよ」


「ふうん……もういいの?」


 私はカトラリーを置いてステインに向き直った。


「もういいって……私はマティを待っていたわけじゃないわ。ただ私も十七歳だからそろそろ婚約者がいてもいいなって思っただけよ」


「僕はマティの事なんか一言も言っていないよ」


 私は真っ赤になった。


「……ご馳走様。お父様にお見合いをセッティングしてくれるようお手紙を書くわ」


 足早に食堂を出て自室に戻った。








 私のお見合いの日はステインの初出仕の日だった。


 ステインはあろうことか魔石局に配属になった。

 神様は意地悪だ。今度こそ忘れようと思った今になってマティとの関わりが次々にできてくる。


「フィー、ごめんね。さすがに初出仕の日は休めない。フィーに付き添えないや」


「大丈夫よ、お相手の方も一人だって仰ってたわ。高位貴族のお見合いじゃないんですもの。レストランで昼食をご一緒してお散歩するだけよ。気軽に行ってくるわ」



 私はステインを送り出すと身支度をした。


 今日は医務局はお休みをいただいている。ルディにしつこく理由を聞かれたので仕方なくお見合いだということは伝えた。


「えっ!?レンネップ様はいいの?」


「レンネップ様は関係ないでしょう?」


「でも彼絶対にあなたに気があるわよ」


 ルディはどうしても私とマティをくっつけたいらしい。

 私はため息をついてルディに言った。


「そんなことないわ。彼は決まったお相手がいるそうよ。きっと高位貴族の綺麗なご令嬢だわ」


 ルディは納得できないようだったが私はこの話を切り上げた。


「うーん……じゃあカウエル先生なんていいんじゃない?ちょっと軽薄でヘタレだけど」


「そんなこと言ったらカウエル先生に失礼よ」


 私は笑ってしまった。


「先生、相手にされていませんよー」


 ルディが呟いた小さな声は私には聞こえなかった。







 お見合いのレストランには約束の十分前に着いた。

 お店の方に聞くと相手の方はもう着いているようで私は個室に案内された。



 個室に入るとお相手の方は急いで席を立って私のところへやって来た。


「アードルフ・ヴァンネルと申します。第二騎士団所属です。今日はよろしくお願いいたします」


 きっちりと挨拶する様は好感が持てた。


「フィロメナ・ファンデルと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


 それから彼は席まで私をエスコートしてくれた。

 席に座ると苦手な食材がないか聞いてくれる。

 特にないと答えるとホッとしたように給仕の方に「では予定通りのコースでお願いします」と言った。



 ……百点満点だわ。爽やかで礼儀正しくて気遣いもできて……彼、恋人とかいないのかしら?



 最初の料理が運ばれてきたタイミングで私は彼に聞いてみた。


「ヴァンネル様は女性に人気がおありなんじゃないですか?」


「えっ!?俺?いや僕、じゃなかった私ですか?」


 私は吹き出してしまった。

 ヴァンネル様は頭をかいてネタばらしをした。


「騎士団なんて男所帯だから女性と接することなんてありませんよ」


「あら、でもとてもスマートにエスコートしていただいたわ」


「全部同僚に聞いたんです。このレストランのことも、エスコートの仕方も嫌いなものを訊ねることも」


 騎士団だからと言って女性と接する機会がないわけではない。人気騎士の訓練を見に行く令嬢や待ち伏せしている令嬢もいると聞いている。


 コホンと一つ咳払いをして彼は言った。


「実はあなたとは初対面ではないんです。三か月ほど前に怪我をして医務局にお世話になりました」


 そう言われて私は思い出した。


 騎士団の人達は生傷が絶えないのでよく医務局にやってくる。

 目の前の彼も三か月ほど前に肩を腫らして医務局にやって来た。


「あの時あなたに言われた『早く良くなりますように』という言葉に感激したんです。でも次に行った時にはちょうどあなたのお休みの日で会えなくて……」


 私のおまじないに感激してくれる人もいたんだ……私は嬉しくなった。


「あなたは縁談を申し込んでも全てお断りされていると聞いたんですが……ダメもとで申し込んでよかった」


 思わずこぼれた彼の笑顔を見てこの人となら穏やかに暮らしていけるかもしれないと私は思った。



 ノックの音がして「デザートをお持ちしました」と声が聞こえた後、外で揉めているような気配がした。


「あっ!お客様!こちらは貸し切りで……あっ!お待ちください!」



 バタンとドアを開けて入ってきた人物を見て私は目を丸くした。


 息を切らして入ってきたのはマティだった。

 








 プロポーションに自信のある彼女はマティの前でくねくねとご自慢のポーズを取っていたら

「どうしたの?腰痛いの?医務局行ってきた方がいいよ」

と言われて撃沈しました。

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