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フィロメナ(3)


 家に帰るとステインが一通の招待状を手に待っていた。


「フィー、夜会の招待状が来てる」


「どこから?」


「王宮。人工魔石の開発者の帰国と徐爵を祝う夜会だって。基本全貴族家参加らしい」


 私はため息をついた。両親が領地に居る今、私とステインで出席しなければならないだろう。


「これってマティの事だろ?欠席する?」


「いいわ、出席する。仮病を使って休むと次の日に仕事に行き辛いもの」


「わかった。この際だからドレスを新調しようよ」


「そんなお金ないわ」


「あるだろ。父上から送られてくるお金は手つかずで貯めてるじゃないか。うーんと綺麗になってマティをびっくりさせようよ」


 私は微笑んだ。


「ばかね。私とマティはもう何にも関係ないのよ。きっと私の事なんか忘れているわ」









 その夜、私はベッドの中でつらつらと考え事をしていた。

 いつもは意識の底の底の方に押しやっている過去の人。その彼のことを。


 私と彼の年の差は八歳。あれから八年たって私は彼と別れたときの彼の年齢になった。


 彼と私が同い年だったら……同い年でなくても近い年齢だったら……

 私は彼について一緒に隣国へ行けただろうか?

 または爵位なんていらない、平民になって二人で家庭を築こうと言えたかしら?


 何度も何度も考えたことだ。考えてもしょうがないことなのに……

 現実は、私はあの時九歳で、まだまだ親の庇護が必要な子供で、そして無力だった。


 私とマティの道は離れていく運命だったのだ。








 夜会当日、私はステインと共に王宮のホールにいた。


 結局ドレスは新調した。私はミルクティー色の緩いくせ毛でヘーゼルの瞳、全体的にほやっとした印象なのでふんわりしたドレスが似合う。


 新調したペパーミントグリーンのドレスはスカート部分にレモン色の小花を散らしたオーガンジーが重なっていて歩くたびにふわふわと楽しかった。


「ふふっ。楽しそうだね、フィー」


「そうね。ステインの言う通りドレスを新調して良かったわ。おしゃれもたまにすると楽しいわね」


「フィーは美人なんだからもっとおしゃれすればいいのに」


「褒めても大したものは出てこないわよ。うーん、明日の仕事帰りにマッシュのフルーツタルトを買って帰るぐらいね」





 


 ステインと軽い会話を楽しみながら王族の登場を待った。


 私の楽しい気分はそれまでだった。


 国王陛下や王妃様、王子殿下たちの登場の後、今回の主役、マティアス・レンネップの紹介があった。

 彼の功績が讃えられ伯爵に徐爵されることも発表された。


 壇上に立つ八年ぶりの彼はずいぶん立派に見えた。


 九歳の時にも彼は大人に見えていたけれど八年たった今は本当に落ち着いた大人の男の人だった。

 でもその瞳の優しさや照れた時に目を細める癖なんかは変わっていなくてそれがなぜか悲しかった。


 壇上にて紹介された彼のもとへ夜会が始まると多くの人が群がっていった。


「マティに挨拶しに行く?」


 ステインに聞かれたけど私は首を振った。


「私が行ってもご迷惑だわ」


 彼はこの国の重鎮ともいえる高位貴族やそのご令嬢たちに囲まれていた。


 彼は私なんかが手の届かない世界の住人になったのだ。


 この時私は気が付いた。


 彼を待っていたことに。


 この八年間、彼とは縁が切れたと言っていた。実際彼と私とは何の関係もない。

 でも、私は心の奥底で待っていたんだ。マティが帰ってきて「もう一度婚約しよう。僕のお嫁さんはやっぱりフィーだよ」と言ってくれることを。



 彼が帰ってきて手の届かない存在だと思い知らされて初めて私は彼を待っていたことに気が付いたのだった。





「帰ろうか……」


 ポツリと呟くとステインはにっこり笑って言った。


「そうだね、料理も飲み物も堪能したし」


 そうして私たちは夜会の会場を後にした。




 その日ベッドの中で私は少し泣いた。


 でもそれで吹っ切れたような気がした。

 マティと会うことはもうないだろう。夜会や王宮で遠くから見かけることはあるかもしれないが。

 

 明日からは前向きになろう。

 その気になれなかった婚活も積極的にしよう。

 いつまでもこの家に居座っていたらステインにも悪いし……

 うん。まだ十七歳。手遅れではないはず。


 私は決意した。










 私は決意したのだ。


 なのに……私は診察室の中に入ってきた人物を盗み見た。





「早く良くなりますように」


 私は両手を組んで額に突けると目の前の患者さんに言った。


 これはもう儀式のようなものだ。患者さんが帰るときに私はこう言って患者さんを送り出す。

 この医務局に配属されたとき、辛そうな患者さんを見て早く良くなって欲しいなという思いが思わず行動となって表れた。

 言われた患者さんは一瞬吃驚した後「ありがとう」とお礼を言って帰っていった。

 そんなことが数回続いた後、気が付けば習慣になっていた。



 患者さんを送り出した後、入れ違いに入ってきた人を見て私は息が止まりそうになった。


 二日前、夜会で見たマティの姿がそこにあった。


「先生、次の患者さんです」


 カウエル先生に告げた私の声は震えていなかっただろうか。

 私はすぐ後ろを向いてしまったがマティの視線を暫く背中に感じていた。


 やがてマティは促されてカウエル先生の向かいの椅子に座った。


「まずお名前を……って君はマティアス・レンネップ卿だな。今話題の有望株」


 マティは目を白黒させている。


「僕はこの医務局の医者シャーク・カウエル。今日はどうしました?」


「あ……胃が痛くて」


「あー、それは神経から来ているんじゃないかな。ここしばらく忙しかっただろう?」


「はい」


「お偉いさんたちとの付き合いは気を遣うもんなあ」


「う……はい」


 カウエル先生は軽口を叩きながらも的確に診察していき薬を処方した。


 先生に指示された薬を用意しマティに渡す。

 出口に誘導しようとした時、マティがボソッと言った。


「おまじない……してくれないの?」


 動揺し過ぎて忘れていた。

 私は両手を組んで真剣に祈った。


「早く良くなりますように」(マティがこの先幸せでありますように。そして二度と会いませんように)






 

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