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フィロメナ(1)

六~七話くらいの短い話なので二日間くらいで全話投稿する予定です


 私、フィロメナ・ファンデルには生まれたときから婚約者がいた。


 我がファンデル子爵家に嫁いだお婆様と婚約者マティアス様のレンネップ子爵家に嫁いだ彼のお婆様は学生時代からの大親友で将来お互いの子供を結婚させたいね、と話していたそうだ。


 しかし生まれた子供はどちらも男。お婆様たちは泣く泣く諦めた。

 その後レンネップ家の嫡男は結婚し三人の息子を持つがファンデル家の嫡男、つまり私のお父様の結婚は遅く、ようやく生まれたのが私というわけだ。

 ちなみに翌年には弟も生まれている。


 私が生まれて家族一同大喜び、特にお婆様は喜んだという。待望の女の子だから。


 私が生まれたとき既にレンネップ家の息子たちは十二歳、十歳、八歳だった。


 八歳差ならギリギリOKじゃないか?とのことで私とマティアス様の婚約は結ばれたらしい。


 両家の家格も合い、領地も近くて家族同士仲が良かったことも大きな要因だ。



 婚約が結ばれた当時マティアス様は八歳だったのだけれど彼は頻繁に我が家に訪れていた。


 私の一歳下の弟は幼いころは病弱で家族一同弟にかかりきりだった。


 もちろん使用人はいたけれど家族に放置されがちな私を育ててくれたのはほとんど婚約者のマティアス様だった。主に情操面で。



 一番古い記憶では彼は私をおんぶして庭を散歩してくれたり絵本を読んでくれたりした。


 おんぶが手繋ぎになり、私が一人で絵本を読めるようになるころには私は彼が私の婚約者だということを教えてもらっていた。


「わたしマティのおよめさんになるのよね?」


「そうだよ。フィーはこんな年上の男は嫌かな?」


「どうして?わたしマティが大好き!」


 私は家族よりマティが大好きだった。その頃にはお婆様はもう亡くなられていて家族は私に冷たいわけではなかったが弟に手がかかりどうしても後回しにされていた。


 大人になった今では、すぐに高熱を出し医者に今夜が峠ですと言われる弟を何とか丈夫にしようと必死だったお父様やお母様の気持ちもわかるけれど、幼い私はいつも寂しい思いを抱えていた。


 誰よりも私を優先してくれるのはマティだけだった。


 私はいつもマティが訪ねてきてくれるのを待っていた。


 

 私が六歳の時、マティが王立学園に入学することになった。

 王立学園はこの国最高峰の難関校で入学試験も物凄く難しいらしい。そんな難関校に子爵家の三男坊が合格するなんてすごい名誉だとレンネップ家のおじ様たちはすごく喜んでいた。


 だけど全寮制のその学校に入学してしまうと三年間は会えないと知って私は大泣きした。


「フィー、泣かないで。三年間頑張ってフィーをお嫁さんにできる甲斐性のある男になってくるから」


「やだ!やだ!マティ行かないで!かいしょうって何?それがないとマティのお嫁さんになれないの?」


 マティは三男で継ぐ爵位はない。でも王立学園で良い成績を修めた者はどこでも引っ張りだこだ。高収入の職を得ることができる。

 でも子供の私はそんなことわからなくてただマティと離れることが寂しかった。


 笑顔で送り出してあげられなかったことを私は後に凄く悔やんだ。







 マティの卒業間近、レンネップ子爵家で大変なことが起こった。


 百年に一度という大雨による水害が起こり領地に甚大な被害が出たのだ。

 おじ様たちは連日復興のための金策に走り回った。

 私は我が家で援助をしてあげられないかと両親に聞いたが領地が近いだけあってウチの領地も被害を受けていた。今までの貯えで何とかしのげるほどだったが。


 我が家も今は丈夫になったとはいえ弟に医療費がかかったこともあり貯えは多くない。

 とてもほかの家に援助できるほどではなかった。


 そうこうしているうちに無理な日程で駆け回っていたのが祟ったのかおじ様とおば様が病に倒れた。


 子爵家はマティの一番上のお兄様が継いだもののその子爵家の爵位を手放さなくてはならないほどレンネップ家は切羽詰まっていた。




 そんな時、マティの卒業論文が隣国の研究機関の目に留まった。


 



 マティが卒業した次の日、彼は我が家を訪れた。


「フィロメナ嬢との婚約を解消していただきたい」


 疲れ切った虚ろな表情で我が家の応接間のソファーに座ったマティはそう切り出した。

 そう言って立ち上がり深々と頭を下げた。


 

 三年ぶりに見るマティだった。

 すっかり大人の男の人になっていた。でも瞳の優しさは変わってなくて、これから私が成人するまでゆっくり愛を育んでいくはずだった。


「え?解消って何?私はマティのお嫁さんになるのよね?そうよね?」


 ポロポロ涙を流しながら私は訴えた。

 マティが入学する前笑顔で見送ってあげられなかったことをあれほど後悔したはずなのに、笑顔になんかなれなかった。


「ごめん、フィー。僕は明後日には隣国に旅立つんだ」


「いつ帰ってくるの?帰ってくるんでしょ?」


 マティは暫く黙っていた。

 そして苦しそうに言った。


「わからない。帰れるかどうかも。いつになるかも」


「私、待ってる」


「駄目だよフィー。君はこれから素敵なレディになる。それは僕が保証する。だから君の将来を縛り付けることは僕にはできない」


「それでも私待ってる」


「フィー、きっと君はこれから素敵な恋をする。恋をして大人になって幸せを掴むんだ。それだけを祈っているよ」


「それでも私待ってる」


 子供の私の言い分なんか通る筈も無く私とマティの婚約は解消され、それがマティを見た最後だった。

 またしても私は笑顔でマティを送り出すことができなかった。





 後日マティのお兄さんが謝りに来られ、私たちは事情を聞くことができた。


 マティは王立学園で魔石の研究をしていた。

 魔石というのは魔力——不思議な力——を秘めた石で、魔石は人々の暮らしを便利に豊かにするためにとても役立っている。

 けれど近年その産出量が落ちていくのではないかと危惧されていた。


 隣国の研究機関はその魔石を人工的に作り出せないかという研究をしていてマティの論文はその研究を飛躍的に進歩させる可能性が感じられたらしい。


 隣国の研究機関はマティにこの研究所に勤めるよう勧誘した。


 ただし研究が一定の成果をみるまでは、つまり人工魔石の試作品ができるまでは解雇できない。もちろん帰国もできない。

 その代わり支度金として大金が払われた。


 その金額は領地の復興資金より多く、そのおかげで爵位も手放さずに済んだということであった。


「本当に申し訳ない。マティアスもフィロメナ嬢も我が家の犠牲者だ」


 お兄様は項垂れていた。


 私は難しい話は分からなかったけれどマティが手の届かない場所に行ってしまったんだ。もうどうにもならないんだということはよくわかった。








 そうして八年が過ぎた。




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