煉獄
夕日に照らされた聖蓮学院女子寮の前でエレテは上機嫌に小躍りしていた。比喩ではなく本当に踊っているので近所の人に見られたら間違いなく通報されるだろう。
判断を誤ったかもしれないと、寧々は早くも後悔している。断る度胸のない寧々は、結局エレテに護衛をお願いしたわけだが。
「これが女子高生女子寮、失われし地上のエデン、素晴らしい」
感極まった様子で涙を流し、エレテは両膝をついて女子寮に祈り始めた。
寧々は一歩距離をとった。
「あの、送っていただいてありがとうございました。また明日お願いしますね」
エレテが何処に住むのか寧々は知らない。なので女子寮前で別れるものと思い込んでいた。
「これは異なことを」
エレテは懐から鍵を取り出すと誇らしげに掲げる。
「これぞエデンへの鍵、いざまいらん」
エレテはスキップしながらオートロックのパネルに鍵を差し込……めなかった。
一瞬、エレテは口元をひきつらせたが、鍵の角度を変えつつ何度もチャレンジする。
「あの、ここの鍵なら三本あるはずなんですけど」
女子寮のオートロックは二重になっていて、オートロックで鍵が二本、自室に一本、計三本必要だ。
エレテは鍵を一本しか持っていないので女子寮の鍵ではなさそうだ。
「理事長から此処の鍵だって聞いたもん」
年甲斐もなくだだをこねるエレテ。
寧々には鍵の正体について心当たりがある。
「これ、管理人室の鍵じゃないですか?」
オートロック前の横には受付兼管理人の住居がある。
現在は誰も住んでいないし、呼び出しボタンを押すと警備会社に繋がるようになっていた。
「まっさかあ、そんなわけ」
言いつつもエレテは管理人室のドアへ鍵を差し込んで回すとあっさり解錠された。
「馬鹿な、エデンを目の前にしてこの仕打ち。ここは差し詰め煉獄か」
見事な五体とうちを尻目に、寧々は自分の鍵で女子寮に入った。
「では、その、また明日」
絶望するエレテに寧々の声が届いたのかは定かではない。