鎮めの巫女
駆けつけた警官に女性を引渡し、寧々が聖蓮学院の校門をくぐる頃には、すっかり通常の通学時間であった。
まだ余裕はあるが、今日は理事長に呼ばれているので急ぎ足で理事長室に向かう。
しかし、理事長は不在で代わりに学年主任が出迎えてくれた。
「ごめんなさいね。あなたを護衛してくれる方が遅れてしまっていて」
寧々はとある仕事を引き受けることを条件に特待生で学院に入学している。
その仕事の関係で護衛がつくのだ。入学してからすぐにつく予定が、選定が間に合わず本日やっと護衛が着任する予定だったのだが。
「鎮めの巫女に護衛なしなんて不安でしょ? 本当にごめんなさい」
「いえいえ」
寧々はオカルトとは関係のない生活を送ってきたので、護衛無しなのが危険だとは実感出来ないでいた。
というのも、市、全体を覆う結界によって寧々の安全はある程度保証されている。
ならば、護衛なんていらなそうなものだが、結界も万能ではないし、何より結界の維持に一日五億円かかる。
国の機関である陰陽省が管理しているとはいえ、予算は無限ではない。
結界を維持し続けるのは無理があり、早期の護衛着任が望まれていた。
「今日の夕方までには何とかしますから、帰りにもう一度ここに来て下さい」
「はい、失礼します」
退室して教室に向かう。
女子高といえば、わりと野放図といか、授業を水着で受けていたりとか、理想からかけ離れがちであるが、聖蓮学院は共学並みには落ち着いた雰囲気である。
宗教系だけに、風紀にはうるさいのだ。
「寧々、おっぱい揉ませて」
うるさい筈なのだ。
「一昨日きて」
寧々が辛辣に切って捨てるも、クラスメイトのアリスは悪びれた様子もなく、むしろ堂々と胸をはる。
「実は私、明後日から来たの。胸揉んでいい?」
「死んで」
げんなりとした様子の寧々に反比例して、アリスは生き生きと表情を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「なんでお礼なの」
寧々は深く深くため息をついた。この変態とは入学からの短い付き合いである。
初対面から、初めましておっぱい可愛いねと言い放ち、寧々のお近づきになりたくないリストに登録された。
「はああ、寧々たんは今日も格好いい」
小さな身体でチョロチョロと寧々の周りを動き回るアリスに辟易しつつ席につく。
わりとぎりぎりだったようで、ほぼ同時にチャイムがなった。
しかし、アリスは自分の席につく気配もない。
「寧々たん寧々たんはあはあ」
「頭を砕かれたい変態は貴方ですか?」
「ひでぶ!」
ぐわしっと頭を掴まれたアリスは女の子が上げてはいけない声で鳴いた。
「先生、脳ミソが、脳ミソがああ!」
「うるさい小鳥ですね」
容赦なくアリスの頭を潰そうとしているのは担任の菫先生。背の高い、モデル体型の女性である。
今年で五十代になるというのに、パワフルでお茶目な人だ。
「出ちゃう、耳から脳汁が出ちゃう!」
菫は容赦なくアリスを引きずっていく。
こうして聖蓮学院の平和が今日も守られた。