修道女は道に落ちている
聖蓮学院は日本の某地方都市にある宗教系の女子高である。
簡素化されたシスター服風の制服は女子中学生の憧れの的で、学校のレベルも中堅どころであったから、毎年苛烈な受験戦争が起こる人気校である。
聖蓮学院は街の中心部から離れた立地であるため、駅から降りて、聖蓮学院への道を使うのはほとんど学生だけだ。
よって通学時間より少しずれただけで人通りは少なくなる。
聖蓮学院一年、竜胆寧々にとって、早朝の通学路は気持ちのよい散歩コースであった。
五月の暖かい日差しも心地よく、空気も澄んでいる。
何時もなら清々しい気持ちになるのに、今日は戸惑いに塗り潰された。
歩道のど真ん中に、修道服を着た人物がうつぶせに倒れていたのだ。
何故か気をつけの姿勢で。
指先から足先まで、ぴんっと伸ばしているのでとてつもなく怪しい。
とはいえ、そういう病気の症状かもしれない。
寧々は迷った末に声をかけた。長い銀髪と身体つきから女性だと予想出来たし、修道服は聖蓮学院の教師の正装だからだ。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけた瞬間、女性は顔を上げた。倒れたままだったので首が九十度に曲がっているように見えて、寧々は恐怖を覚えた。
「勿論大丈夫です。驚かせて申し訳ない」
女性は身軽な動作で立ち上がる。
意外と普通な様子に寧々は落ち着きを取り戻し、改めて女性の顔を確認する。
学院の教員ではないかと思ったからだ。
赤い瞳に長い銀髪、精緻な彫刻の如く整った容姿。
少なくとも寧々に見覚えはない。
「本当に大丈夫ですか? 気分が悪いとかないですか?」
危険はなさそうだと判断した寧々は、持ち前のお人好し心がむくむくと立ち上っていく。
「問題ありません。この地に眠るアーメン力と交信していただけですので」
真顔で言う女性に、寧々のお人好し心が何処かに飛んでいった。
一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちに支配される。
「つかぬことをお伺い致しますが、もしや、貴方は女子高生では?」
「ええ、まあ、そうですけど」
反射的に寧々は肯定した。すると女性は滑らかな動作で両膝を地面について胸元で両手を組んだ。
「ああ、女子高生は実在していたのですね。なんと神々しきお姿」
謎の感動をする女性から寧々は三歩後退りして鞄から携帯電話を取り出す。
まだ、漫画かぶれの変な外人という可能性もあると、寧々は通報をためらう。
「一つ、質問しても宜しいでしょうか」
「はあ」
気のない返事を肯定と見なしたか、女性は祈るように質問する。
「ブラの色は何色ですか?」
寧々は警察に通報した。




