2 上閲
鳥の声で目を覚ます。
だが、それは幻聴だ。この地下に鳥はいないし、今や地上にだって、一羽も生息してはいないだろう。昔、本物のさえずりを、一度だけ聞いたことがあるので、それを寝ている間に、思い出したのかもしれない。眠りが浅かったのだろう。久しぶりの務めに、自分でも感じている以上に、俺は、緊張していたのだ。
マリアに会いに行こう。
マリアの顔を一目でも見れば、こわばった体も、たちまちほぐれてくれるはずだ。
軽く伸びをする。
男部屋は、人数が多く、ほぼほぼ雑魚寝の状態だ。足の踏み場がまるでない。
そばで寝ている、ほかの子どもたちを起こさぬよう、そっと部屋を出た俺は、マリアのいる女部屋へと向かって、てくてくと足を進めた。
なんともなしに、深く息を吸う。
昨夜と何も変わらないはずなのに、朝というだけで、どこか、空気が澄んでいるように感じられた。
空気がうまい。
深呼吸をくり返す俺の瞳に、歩く大人の姿が映る。今日の主役とも言うべき、俺の師匠だった。弟子として、あいさつをしないわけには、いかないだろう。急いで近寄り、俺は、頭をさげる。
「師匠。今日は精一杯、護衛に努めます」
俺のあいさつに、師匠は、少しだけ驚いた顔をしていた。
「おお、ヨキか。えらく早起きだな。だが、あまり気張ってくれるな。近頃は、バケムクロも、鳴りをひそめてるようだからな。お前には、俺の警護なんか早く辞め、一人前の上閲になってもらいたい」
師匠の言葉からは、俺に期待しているということが、ひしひしと伝わって来た。
素直にうれしい。
だが、尊敬している師匠の足元には、まだほど遠い。それくらいは、俺にもわかっている。お役目に、嘘はつけない。
俺は、うれしさの隠せていない顔で、師匠の言葉をいさめていた。
「それだと、師匠を守る者が、足りなくなってしまいます」
俺の返事に、師匠は、少しだけ相好を崩した。どうやら、今日は機嫌がいいようだ。あのまま二度寝をしなくて、本当によかった。もちろん、真の目的は、マリアにいち早く会うためだったが、師匠と話せたことも、俺としてはとてもうれしかった。ずいぶんと久しぶりに、お役目以外の話を、師匠とできた気がする。
「まったく、戦士になりたがる者ばかりが多くて、いかんな」
そう言って、師匠は、俺に手を振った。なぜ、俺がこんな早くに活動しているのか、師匠にしてみれば、お見通しなのだろう。少しだけ気恥ずかしくなりながらも、俺は、礼を言って、その場をあとにする。そのまま急いで、マリアのもとへと向かった。
俺たちの生活は、安全に暮らせる地を求めての、放浪が基本だが、こうして、長めに滞在できる場所に、居座った際には、生活に、邑の決まりごとが強く反映される。半人前の男女が、一緒になれないというのも、その一つだった。
ゆえに、俺は、女部屋に立ち入ることはできない。踏み入ることを、許されてはいないのだ。
目の前に現れた、複雑に入り組んだ通路。その一つの出入り口で、俺は、マリアが起きて来るのをじっと待った。
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