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第099話、黒幕―繋がる因果―


 揺れる世界と玉座の間。

 魔力の香りと、壊れた極光結界の摩擦熱の熱気が湯気となる中。

 パチパチパチと音が鳴る。


 木偶人形の群れを”盾攻撃”で押しのけた聖騎士ミリアルドに、迷宮女王の魔導書をふわふわ浮かべている聖コーデリア卿が、胸の前でおしとやかな拍手を送っていたのだ。

 その勝利を称えて、おっとりといつもの微笑み。


「お見事ですわ、ミリアルド様」

「お怪我はありませんか?」

「ええ、まったく――仔細ございませんわ」


 瞳を閉じて安堵した様子を覗かせたミリアルドは、放棄した聖剣ガルムを拾い上げる。

 カチャリ……。

 絨毯を吸い結界となっていたガルム、聖剣が結界へと変貌し、そして元の剣に戻る姿などゲームの時にはなかったのだろう。

 開発者の一人である道化師クロードは興味を持った様子で眺め。


「ふむふむ、ほうほう! 外世界の力による干渉でこの世界ではありえなかった変化が起きる――ですか、なるほど大変興味深い現象ではありますねえ!」

『そのようだな』


 不意に、声が響いた。

 声だけで生計を立てられそうな声であるが。

 魔力による遠隔からの声はそのまま続く。


『オレさまも聖剣ガルムがそのように変化するなんて話、まったく、これっぽっちも聞いちゃいなかったが。ああ、そうだな、そうなんだな。くくく、くはははははは! いいじゃねえか、やはりオレさまは井の中の蛙だった、この世界には知らないことが山ほどにあったということか』


 誰の声か分からず、気配も分からず――皆は息をのむ。

 木偶人形を倒した直後の玉座の間に緊張が走る。

 誰何すいかの唸りが今、戦闘に勝利したばかりの聖騎士ミリアルドの肺の奥から押し出された。


「何者だ!?」

『おっと、オレさまの声を忘れたのか黒髪狼のミリアルド。いや黒曜石の騎士だったか、まあもうどっちだっていいがな。どうでもいいてめえではあるが、まあ昔馴染みだ。分からねえってのは、おい、ちょっと酷いんじゃねえか?』

「忘れたのか、だと」


 声の正体がつかめない。

 それはすなわち、木偶人形たちやデバッグモードと関係のあるものだと推測できる。

 更に緊張が広がった。


 ミリアルドの瞳には空間鑑定の魔術。

 つまり索敵の魔術が発動されているのだが、反応はないようだ。

 探索を得意とする斥候職スカウトではないが、ミリアルドの空間鑑定は魔猫師匠の修行を受けた影響でかなりの練度。

 その瞳でも捉え切れていないのだから。


 周囲を探るミリアルドの後ろ。

 かくかくしかじかの影響から回復した新国王キースが、玉座を輝かせ地脈を操作。

 スゥっと腕を伸ばし儀礼服の裾を魔力で揺らし告げていた。


「何者かは知りませんが、ここは平和を望む国イシュヴァラ=ナンディカの領内。声だけであってもそれは侵犯と判断されます、木偶人形を操っていた存在か、あるいはその関係者か――どちらにせよ」

「ああん? うるせえな、雑魚が。だいたい、城の門番ごときが何故玉座に座る。誰の許可を得、誰の信頼を得てそこに鎮座してやがる。どうせそこのクソ女の差し金だろうが、いったい何を企む平民の王よ――ってか!」


 言葉をキャンセルされ、割り込まれたキース。

 その眉が僅かに歪む。

 歪む眉が険しくなっていく理由は、会話に割り込む敵が使っていたのが話術スキルの一種だったからだろう。

 キースが言う。


「ミリアルド殿下だけでなく、かつての私を知っているのですか」

「ああ、まあ見たことはあるな」

「キース殿、こいつからはなにか嫌な気配、嫌な……、ええとても嫌な予感がします。問答はこの無礼者を強引に引き込んで捕らえてからにいたしましょう。王たるあなたならば、領地に入り込んだ存在に強制命令が可能な筈。王の権能を」


 かつて王族だったミリアルドの権幕に促され、キースは王の権能を発動。


「勅命である――汝、我が眼前に下れ」


 ”これは王の勅命である”。

 と、王族が扱う強制命令権を発動させたのだが。

 しーん……。

 何も起こらない。


 本来なら統治者、君主クラスのエフェクトが発生していた筈が無音。


 たとえコーデリアであってもその命令には一定の義務が働き、解除するには詠唱の一節でも必要であるはずなのに。なにも、起きていない。

 レジストすら発生していない。

 ありえない事態に喪服令嬢がまともに顔色を変えていた。


「な!? どうして!? 今のキースの命令を無効化!? ありえないでしょう!?」

『おっと、その声はミーシャ。あのクソ女か』

「さっきから、誰なのよあなた!」

『おいおい、本当に覚えてねえのか? それとも、既に関係のない、既に退場した男とオレさまを駒の数にいれていなかったのか? なんにしても、てめえにだけは名乗る名などねえな。恥っつー概念に心当たりがあるのなら、分かるだろう? 消えな、この世界ごと。いますぐに』


 消えな。

 その言葉自体が攻撃魔術だったのだろう。


 ぞっとするほどに冷たい声が玉座を中心に響き渡っていた。

 凛とした力強い声音が氷の一撃となり、木偶人形たちが入り込んできた穴から吹き荒ぶ。

 ターゲットは喪服令嬢。

 魔術名は見えないが、氷の回転刃――魔力氷のチェーンソーで相手を切り裂く殺傷力の高い殺人魔術だと推測できる。


「性質さえ分かれば――対処は簡単よ! くらえ、必殺”呪詛返しⅤ(マジックカウンター5)”!」


 もちろん喪服令嬢は攻撃魔術に対応し、すかさずカラスの扇を振るう。

 だが、魔力氷の回転刃は木偶人形のように反射魔術を無効化。

 迎撃できずにいる喪服令嬢の胴体に突き刺さりかける。


「しま……っ――」

「お嬢様!」


 魔力氷の正体は周囲に散っていた極光色の素材。

 オーロラ硝石だったのだろう。

 敵は魔力を吸収することで防御力を増す結界の破片を、攻撃の刃として利用しているのだ。


「仕方ありません――ね! っと」


 道化師クロードが指を鳴らし、墓地空間を展開。

 それは原因の除去。

 魔力氷を発生させているフィールド、オーロラ硝石が散っている空間そのものを切り替えることによる、魔術の中断である。


 フィールドを書き換えることで相手の干渉をキャンセルさせることに成功していた。

 これが本来の道化師の戦い方。

 コーデリアや、知恵そのものを下げてきたサヤカとの戦いではみせることのできなかった、狡猾なる道化師のせこくも有効的な戦術なのだろう。

 そのまま道化は生み出した墓地からアンデッドを召喚。


 肉のスライムともいうべき肉饅頭が、わしゃわしゃ!

 道化師の命令を待ち、待機モード。


「知恵ある生物なら、こういうのは苦手でしょう。さあ、我が眷属よお行きなさい!」


 木偶人形が入り込んできた次元の割れ目、穴を埋めるように蠢く肉の塊を相手側の空間に流し込み始める。

 効果は隙間を肉で埋め、通れなくすること。

 そしてアンデッド……腐った肉による腐臭攻撃と考えられる。


『おい! てめえ、この道化! なにしやがる! っくそ、目がいてえじゃねえか!』

「ふむ、目が痛い。匂いも通じる。人間、或いは亜人系の存在ですかね」

『ふざけるなよ! おい、女! 見てねえで、おまえの方でどうにかしろ!』


 次元の隙間の向こうは相手のいる場所と繋がっているのだろう。

 そして、声の主の他に誰かほかの人物がいる。

 少なくともデバッグモードでこの世界に干渉している存在が、二人以上というのは確定か。

 道化が情報を引き出すように、会話を挟む。


「ほほほほほほほ! 無限に再生するゾンビ饅頭に苦労されているご様子。降参するのならいまのうちですが? どうですかぁ?」

『腐った肉を無限増殖させてるだけでイキるんじゃねえ!』

「おやおや、負け惜しみですかな?」


 挑発を発動させつつも道化は、コーデリアに向かい目で合図し。

 コーデリアも意図を理解し、ダンジョン領域サーチを次元の隙間の向こうに展開しはじめていた。


 コーデリアによる相手のエリアのサーチを誤魔化すためか。

 良きタイミングで、氷の回転刃から助けられた喪服令嬢が道化に向かい。


「さっきのはマジでやばかったわね。た、助かったわ。ありがとう」

「いえ、構いませんよ。別に貴女個人を助けようと思ったわけではないですから。しかし、本当に天の声さん、何者なんですかねえ? どうやらクラフテッド王国の住人を知っているようですが……わたくしを除き皆様はかつてのあの国の住人。なにかご存じなのでは?」


 道化の呟きに喪服令嬢が肩を竦め。


「さあ、あたしに恨みを持つ人間なんて山程いるから特定できないわ」

「いや、胸を張って言えるような言葉じゃないでしょうに……それではキース青年の方は」

「すみません、声だけでは……」

「困りましたねえ。たぶん、この声の主は現地人。そしてこの男と一緒に居る存在がおそらくは……天使を操っていたモノ、黒幕なのだと思うのですが」


 賢き道化の推理に喪服令嬢のヴェールが揺れる。


「黒幕!? あたしの天使に命令を下していたヤツって事!?」

「デバッグモードを使えるのです。可能性は極めて高いかと」


 ようやく尻尾を掴める。

 そんな焦りと期待が魂を奮わせているのか。

 長い間、この世界を維持しようと天使を狩っていた道化師クロードの、道化メイクの下では強い魔力が輝く。眼光が鋭く光っているのだ。


 次元の隙間から、先ほどの男の声が返ってくる。


『さて、お遊びもここで終わりだ。貴様らに名乗る名などないが、まあいい。オレさまの名の方だけは語ってやる。だが、名乗らずとも平気な筈なんだがな。なあ、コーデリア、おまえにはもうオレが誰だか分かっているんだろう?』


 おもむろに語り掛ける男の声音は――。

 優しかった。

 まるでかつての恋人、思い人に向けるようなそんな男の気品ある王族の声。


 喪服令嬢が聖コーデリア卿に目線をやる。


「あなたには分かっているって、どういうこと」

『なにしろオレさまとコーデリアはかつて愛を誓いあった仲。互いに言葉にしていたわけではないが、愛は通じていた筈だ。ああ、オレは帰ってきたぞ。おまえに相応しい男となって、帰ってきた。さあ、コーデリア。オレと共に行こう。この世界はお前に残酷だ。こんな世界、ない方がいい。そうだろう? だから、オレ様は決めたよ。黒幕だかなんだか知らねえが、この女と協力し――醜いこの世界を滅ぼし、身勝手なこの世界から聖女を解放する』


 それがオレのお前への愛だ。


 そう。

 告白のように宣言して、次元の隙間からその黄金の髪と精悍な顔立ちを輝かせたのは――。

 漆黒の鎧を纏う、王たる覇気を放つ騎士。


「オレの名はオスカー。オスカー=オライオン。黄金の獅子たる男――お前の婚約者だよ、コーデリア」


 そう、そこにはかつてミーシャと共に聖女をダンジョンに追放したあの男がいた。

 オスカー=オライオン。

 黄金髪の獅子の騎士。

 かつて聖女の婚約者だった王族。


 誰もが忘れていたのだろう。

 誰もがもはや退場していたと思っていたのだろう。

 けれど、男は聖女や悪女の物語の裏で彼だけの物語を進めていた。


 少なくとも、この場に参加できるほどの力を得て。


 だから男はいま、ここにいる。

 聖コーデリア卿のために。

 喪服令嬢がごくりと息を呑み、聖コーデリア卿に目線を送る。


 聖女は何を思うのか。

 敵の正体に、どう心を動かしているのか。

 かつての友を心配する喪服令嬢の前で、聖女はようやく口を開いた。


 空気が。

 揺れる。


「えーと……どちら様でしたっけ?」


 それは――。

 嘘偽りのない本音だったのだろう。

 もはや過去の事。

 そう割り切っていたせいか、本気で覚えていなかったのだろう。


 聖女は男を忘れていた。

 むろん、空気はすさまじいまでの沈黙で満たされた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 噂をすれば、オスライオン、きちゃああああああああ!!!! にゃんこ『ぶぶぶにゃ!?だ、誰だにゃ!』 過去にゃんこ『ぶにゃはははは!我も忘れたぞよ!』 ネコヤナギロリ『私も記録を司る神性…
2024/03/06 22:24 退会済み
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[一言] 忘れてたというか、忘れたいほどキッショい物言い
2022/12/31 21:16 退会済み
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