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第097話、無垢だからこそ鬱陶しい


 負けイベ発生と誤認し揺れ動く世界。

 人類も一致団結しかけていた現状で、突如として連絡が取れなくなっていたのは新国家。

 元門番兵士で現国王のキースが治める、イシュヴァラ=ナンディカ。


 ここはその王城。


 現場に転移してきたのは先ほどの数名。

 喜びの国は、外と中とを遮断するオーロラ色の結界で覆われている。

 転移波動を受けてふわり――。栗色髪とドレスの裾を靡かせ優雅に着地した聖コーデリア卿が、瞳に鑑定の魔力を走らせる。

 周囲の座標が歪んでいるのか、異変が起こっているのか。一度訪れたことのあるイシュヴァラ=ナンディカの城内なのだがマップ情報はアンノウン表示となっていた。


 聖コーデリア卿がダンジョン探索を主導する冒険者の顔で言う。


「どうやら、空間そのものが弄られ――魔術通信や干渉を封じる結界が展開されているようですわね。危険ですのであまりお触れにならないでくださいね」


 ここに結界がありますから――と。

 結界をコンコンと叩き告げた途端に、びしり。

 ジャギジャギバリバリドガシャァァァァァン!

 けたたましい音が、イシュヴァラ=ナンディカの城に響き渡っていた。


 転移して、わすか十数秒での出来事である。


 城内全体に、連鎖的に結界が破壊されていく音と振動が響き渡り。

 しーん。

 聖女が結界をコンコンとした衝撃で、結界が割れてしまったのだろう。


 静寂と沈黙が広がる中。

 しばらくして聖女が一言。


「まあ!」

「まあじゃありませんよ! これで敵に気付かれてしまったではありませんか!」


 唸る道化姿の男は道化師クロード。

 当然、あの場にいたので事件に巻き込まれていた。

 彼としては伯爵王と合流したいところなのだろうが、伯爵王は既に自国に帰還し、彼もまた負けイベ対策を進めて戦力を自国で固めている最中。

 統治者としての務めを果たしている。


 唸る道化に聖騎士姿の男、ミリアルド元皇太子が言う。


「結界を割ってしまったのは迂闊ではありますが、これは相手側が張った結界でしょう。あくまでも結果的にですが問題はないかと――」

「あららら、あらららら? あの、わたくしはちょっと触っただけですのよ?」

「なんですか、あなたは触ったものをなんでも破壊する狂戦士なんですか?」

「変な言い方をしないでくださいまし、おそらくこの結界――魔力を吸収する性質のあった防御結界だったのでしょう。それで、その、わたくしの魔力を吸おうとした影響で」


 道化は考え。

 壊れた結界の破片をちらり。


「なるほど――吸収限界。攻撃を全て吸収するボスに対して、敢えて吸収限界まで攻撃をしつづけ……内部から破裂させる。そういうお約束。古典的な手段を用いたと。ふむ」


 爆発し、霧散した結界の痕跡を眺め道化師は呆れの息。

 だが。

 道化師の瞳は壊れた結界、その特殊な材質に向けられていた。

 ゲーム開発者としての知識が活かされる場面である。


「なるほど……これはオーロラ硝石を用いた極光結界。極めてレアな素材ですので……これを入手できるものは限られている」

「妹……いえ、喪服令嬢が仕掛けたのでしょうか」

「違いますね、このアイテムはあなたの妹君も知らない筈。なにしろ実際には設定されていない。実装される前に強すぎるからと会議で却下、廃止したアイテムと結界でしたので。さすがに、あの悪辣姫が未実装のアイテムをどうこうできるとは思えません」

「では」

「はい――おそらくは」


 城内に忍び込んでいるのは、デバッグモードに干渉できる者。

 道化師クロードが武器となる道化人形を並べながら――少し気恥ずかしいのか、目線を合わせることなく聖女に言う。


「まあともあれです――聖コーデリア卿、あなたのおかげで助かりました。この結界に触れていたら魔力を吸われ干からびていたでしょうし、一応お礼はしておきます。ありがとうございます……って、今度は何です聖女様、そのお顔は」

「お礼を言って頂けるとは思っておりませんでしたので」

「化物魔力タンクなあなたと違って――わたくしどもでは結界に触った瞬間に死、終わりでしたからね……お礼ぐらいは言いますよ」


 聖コーデリア卿はにこりと微笑み、お礼に対しての感謝を示してみせる。

 それは一種の無自覚な精神汚染。

 魅了効果のある微笑みであるが、ポメラニアンへの愛の前には霞むのか道化はレジスト。


「はぁ……これで本来ならば魅了されているのですから。あなたは少々、ご自分の行動を考えた方がいい気もしますね」

「あら? わたくし、また何か?」

「無意識状態なのでしょうが、魅了効果のある笑みを送っているのですよ――あなたは。”美貌の極み”、とでもいいましょうか。魅力値が一定以上を超える、そうですね……この世界ではあなたと我が伯爵、そして賢王の若造が所有している上位スキルになるのでしょうが」

「まあ! 伯爵とわたくしが同じスキルを?」


 仲間ですわね、と喜んだ無垢さをみせる聖コーデリア卿。

 しかしやはりクロードはレジスト。

 その純粋無垢な姿に疲れをみせつつ、道化は周囲を見渡しマップ作成準備をしながら嫌味をこぼす。


「やはり、あなたは苦手なタイプですよ……純粋そうな人というのは、扱いに困る」

「よく言われますわ。あ、いえ。よく思われていますわ――ですわね」

「そうですか。メッセージウィンドウを読んでしまう力というのも、なかなかに厄介なのでしょうね」


 聖コーデリア卿を苦手とする道化師であるが、相手はその反対。

 コーデリアは明らかに、心を読まずに接することができる道化師に好意的な反応を示していた。

 人間に対して使う言葉とは不釣り合いだろうが、なついていると表現してもいいだろう。


 たしかに聖コーデリア卿は美しく可憐。慕われて嬉しくなる人間もいるだろう。

 だが。

 冷静な頭脳を働かせる道化は思っていた。


 おそらく、この無垢さを悪辣姫は鬱陶しいと感じたのでしょうね、と。


 道化師の頭の中には、かつての仕事現場の光景が浮かんでいる。

 クロードは雇われの開発者。

 シナリオ、イベント、キャラ作成。多くのことをこなしていた。

 全てはポメ太郎を開発アプリ”三千世界と恋のアプリコット”で動かすため。死んでしまった愛犬の面影をゲームの中で再現するため、暗い部屋、暗いモニターの前で作業に没頭していた。


 そう、本当に没頭していた。

 生前のミーシャ姫が、夢のような世界に心を囚われてしまったように。

 生前のサヤカが、スマホの中の踊りに人生を囚われてしまったように。


 開発。

 開発。

 開発。


 生前のクロードもまた、三千世界と恋のアプリコットに心を囚われ指を止められずにいたのだ。

 そんな中。

 後輩に一人、こんなコーデリア卿のように慕って懐いてくる女性スタッフがいた。


 名はもう思い出せない。

 道化師クロードはこの世界で生まれ、もうかなりの歳を取っている。もちろん、開発者が知るアイテムの影響で、その肉体は不老に近い状態となっているので若々しいが――。

 それでも記憶を全て覚えておくのは不可能、それほどに長すぎる時を生きていた。


 だからこそ、今のコーデリア卿を見て、ふと記憶が脳をかすめたのだ。

 先輩。

 先輩。

 先輩。

 と、自分に慕って、飲み会の席では脚に悪絡みし、調子に乗っていた後輩の女性の事を。


 思い出しかけていた。

 まだただの開発者だった道化師は彼女を苦手と思っていた。

 なぜならその後輩が優秀だったからだ。

 そう、自分よりも優秀。

 プログラミングも、グラフィック作成も、データの入力速度も、後輩は全てがクロードよりも上。それだけならいいのだ。ただ自分よりも仕事ができるだけの、優秀な後輩。むしろ戦力となるのだから。


 だが、後輩はクロードを慕っていた。

 だからクロードの仕事も覚えていた。

 プログラミングの癖も、イベント構築の癖も、アイテムプランの癖も、全てをすぐに学んで形にしてみせた。


 すぐに後輩は自分の上位互換となった。

 懐いてくる様子はかわいらしいと思う。

 だが、嫉妬が浮かんでいた。

 そんな嫉妬を知らずに、後輩は懐いて、こう言い続けるのだ。


 先輩。

 先輩。

 先輩。

 と。


 道化師が、道化メイクの下の美形白人顔の奥。

 端正な顔立ちに似合う、整った唇を、蠢かす。


「ああ、なるほど。あなたは少し、彼女に似ているのですね。性格はあまり似ていませんが――その無垢さと、無垢ゆえの鬱陶しさが本当に……」


 今もなお。

 道化師の頭の中。

 過去の、生前の記憶が映画館のように動いている。


 死後、道化に転生したクロード。今の彼と同じほどに美形な男が、鬱陶しいが嫌いになり切れない後輩を眺めていた。

 残業を続け。

 ポメ太郎を世界に刻み続ける生前のクロードの足元で、クロードの長い脚の横、後輩は寝息を立てて眠っている。


 似たような日々が続く。


 やつれていくが満足そうなクロード。

 本気で心配している後輩。

 もはや後輩の言葉はクロードには届いていない。


 そして、その日は訪れた。


 夜明けのオフィス。パソコンの前で。

 悲鳴がした。

 泣きわめく後輩がいた。


 自分が眠っている間に、過労死している先輩を見つけ。

 慟哭を上げ、後悔し続ける後輩が、いる。

 ポメ太郎の後を追い続けた男の、休む暇なく、三千世界と恋のアプリコットの開発に心奪われていた、その死に顔を眺め、絶望していた。


『先輩、どうして……どうしてこんなことに』


 もはや男は動いていない。

 もう二度と動かない。

 どさりと、飼い犬だけを愛した美形な男の死体が、床に落ちて固まっていた。


 後輩が、頭を抱えて。

 そして。

 三千世界と恋のアプリコット、その開発ソフトを睨んでいる。


『――…………――』


 嗚咽が、夜明けを迎えたオフィスに響いていた。

 咽びなく慟哭が、むなしく部屋に響いていた。

 ぽつり。

 ぽつり。

 クロードの頬に、熱い雫の感触が降る。

 その雨は終わらない。

 いつまでも、いつまでも降り続けている。


 記憶はそこで終わり。

 ぷつん。


 クロードの意識は途絶えていた。

 三千世界と恋のアプリコットに取り込まれ――。

 転生していたのだ。


 ふいに、匂いがした。


 記憶の回帰から、意識が浮上したのだろう。


 道化師クロードは周囲を見た。

 結界の焦げた香り、魔力の感覚が肌を撫でている。

 過去ではない。

 現実だった。


 生前を思い出す道化の横顔を覗き込み、聖騎士ミリアルドが喉の奥から声を出す。


「どうかなさったのですか?」

「いえ、くだらないことを考えていただけですよ」


 現実へと引き戻されたクロードは冷静に応じていた。

 今のは何だと、自問が走る。

 魔猫師匠と接触した影響か、教師の声音で説教を受けたせいか。道化師は前には考えないことを考えるようになっていた。

 偶然だろうか。

 考えすぎなのだろうか。

 思い出す必要があったのか、いや、それよりも今に集中するべきだと道化は自らの心を落ち着かせる。


 道化師クロードはメンバーを再確認した。


 聖女と道化と聖騎士。

 ……。

 なぜかこのメンバーの中で一番まともと判定されそうな、本来なら周囲を掻きまわす役の道化師クロードが言う。


「なんなんですかねえ……このメンツは」

「たしかに、前衛がミリアルド様だけなのが不安ではありますね――」


 告げる聖コーデリア卿は、後衛職。

 道化師も前衛というよりは人形遣いによる、中衛職。

 魔猫はというと――。


 姿かたちもない。

 大きく、ずうずうしいあのモフモフ猫ならば、いつもなら興味津々に周囲を見渡し――壊れた結界のかけらで遊んでいるだろうが。

 それをしていないということは。


 慌てて道化が声を上げていた。


「って、あの問題児たる魔猫師匠はどこに!?」

「師匠ならば最初からおりませんでしたわよ? 暗黒迷宮に残り、負けイベに備えるそうで――転移の途中でわたくしたちを送り出して、手を振っていましたが……見えませんでしたか?」

「ええ、コーデリア卿の言う通り。私には暗黒迷宮の領主代行ごっこをすると連絡が来ておりましたが……ご覧にならなかったのですか?」


 聖女と聖騎士は転移途中で引き返した魔猫を見たといい。

 道化は当然、一瞬の出来事だったので何も見えず。


「転移中の感覚が残っているあなたがたが異常なのですよ!」

「クロード様」

「なんですか」


 聖コーデリア卿はシリアスな声である。

 たしかに、敵が潜んでいる可能性のある場所で大声はまずい。

 はっと反省した道化は声を潜めて応じていたが、聖女は真顔のまま。


「こちらはわたくしとミリアルド様の二人、そしてそちらはクロード様の一人。つまり、見えている方が普通……ということになりませんか?」

「そんなこと、どーでもいいと思いませんか……っ!?」


 反省も束の間、すぐさまに大声が飛び出てしまった。

 もっとも、この大声でも誰も反応しないことで、周囲には誰もいないと判定できるのだが。

 ぜぇぜぇ……と荒い呼吸で唸り、周囲を眺め道化が言う。


「あぁぁぁぁぁぁ。もういいです。あなた方とまともに付き合っていると話がいつまでたっても進みません」


 かつて誰かに同じ言葉を言った。

 そんな記憶を横に置き、道化は異変が起こっている城内を再確認。


「空間が分断されているようですが……ここはおそらく見えてはいませんが既に城内。玉座の間の前でしょう――誰かが座標空間エリアを弄っている、つまりはデバッグモードにも干渉できる存在がいるということです」


 道化は考え、歪んでしまっている城内の地図を作成し終えていた。

 わずかの間の後。

 聖騎士ミリアルドが傷跡だらけの顔を動かし。


「干渉、ですか。やはりこれも例の黒幕。天使を操っていたり、木偶人形を操りイシュヴァラ=ナンディカの街で襲ってきた勢力という事でしょうか」

「そこまでの断定は……、ただまあそんな気はしていますがね。いったい、誰がこんなことを……」

「察するにですが、同僚だったのでしょう?」

「……わたくしたちの開発チームならばそうですが、ゲームというのは多くの人間が集まって作るモノ。まだわたくしの同僚が黒幕だと決まったわけでは……もしその誰かが上司ともなると、同僚といっていいかは――微妙なところですからね。ともあれ慎重に、この辺りに空間と空間を繋ぐ扉がある筈ですので――」


 慎重に動く男二人の横。

 いつもの女性がいつものアレをする。


「確かに、ここに玉座の間への扉と鍵がありますわ」


 確認せずに、扉に手を掛け。

 ドドドドドド!


「施錠されている様子からすると、やはり何かがあったと考えるべき……と、なにを勝手にカギを開けようとしているのです!」

「中にキース陛下や喪服令嬢さまたちがいらっしゃるかと」

「いや、施錠し籠城しているという事は、扉を開けた時に罠が――」


 言葉の途中で発生したのは、稲光。

 やはり扉に罠の魔術が仕掛けられていたのだろう。

 発動されていたのはこの世界の魔術、”神雷の罠レベルⅤ”(ジャッジメント5)。それは触れたものを神の鉄槌となった雷で焼く、最大級のダメージを与える罠魔術。

 だが。

 聖女、電流にも気づかず安定のノーダメージである。


 ご安心くださいという顔で、にっこり。


「やはり罠はございませんでしたわね」

「……。まぁ……あなたがそうおっしゃるのでしたら、もうそれでいいです」


 何をするかわからない。

 破天荒な娘。

 迷惑ではあるが、実力は本物。


 鬱陶しい。

 鬱陶しいと思いながらも――既視感が走る。


 道化師クロードはだんだんと聖女から目を離せなくなっていた。


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