第096話、WHO is 操作者(プレイヤー)
負けイベ対策によって発生している世界混乱。
混沌と化しているその様子を、騒動の発信源ともいえる暗黒迷宮から眺めていたのは道化師クロード。
今は世界四大国家ともいえる、四国の王とミファザ亡王の会議の様子を盗み見ていたのだが――。
遠見の魔術と同等のアイテムを使用する手を震わせ。
道化はその頬をヒクつかせていた。
世界情勢を憂う道化は――。
負けイベ対策に励みながらも合間に、すぅ……。
優雅にロイヤルに、紅茶を嗜んでいる聖コーデリア卿に言う。
「――で、どうするのですか……これ」
「どうとは?」
「いや、これ……こちらで世界を揺らして、こちらで世界が終わると脅して協力を促してるわけですよね? これではただのマッチポンプ、自作自演では?」
キョトンとした顔で聖女は微笑み。
「実際に負けイベと呼ばれる現象が発生するのは確かなのです。問題ないと思いますが」
「いや! 問題大ありでしょう! これ、後でばれたらとても面倒なことになりますよ!? この世界から去るかもしれないあなたならともかく、うちの伯爵はこの世界の住人なのですからね! 分かっているのですか!?」
愛犬を想う飼い主の顔で、道化師が余裕を崩して苦言を呈す中。
聖女はまったく動じず。
「まあ! でも、うふふふふ。それは浅慮ですわ、クロード様。わたくしたちの鼓舞を勝手に負けイベと勘違いされているのは、あの方々。実はですね? わたくし達もイーグレット陛下もそしてミファザ国王陛下も、一言もこの振動が負けイベだとは口にしておりませんのよ? そこだけは徹底させておりますから」
あの日、不帰の迷宮に追放され師匠を見つけ。
修行に励んだ聖女にはしたたかな部分が隠されている。
くすりとした笑顔の裏に、悪戯ネコにも似た顔を隠す今の策士の顔こそが、その一面だろう。
栗色の髪を反射させているティーカップから指を離し、コトリ。
胸の前に指を置き、神に嘘偽りがない事を告白する顔で――おっとり。
「わたくし――裁判となったとしても、虚偽を暴く魔道具の判定を受けたとしても、勝つつもりがございますの。なによりこれはこの世界のため、何も問題ないと判断しております。勝手に誤解しているのはあちらの方ですし、なにより善行なのでよろしいではありませんか。何も知らせずまま、知らないままに世界が終わるよりは納得もしていただけるのではないでしょうか」
「しれっと言い切りやがりましたね……」
「わたくし、周囲の風に流されるままの草木にはもう、なりたくないのです。まあ草木さんとしてのんびりと暮らす生活にも憧れないことはないのですが、それとこれとは話が別ですものね」
うふふふふふっと聖女はやはり、つかみどころのない笑顔を浮かべている。
道化は言う。
「あなたは何も考えていないように見えて、多くのことを考えている様子。はて、それはぶりっ子というヤツですかな?」
「ぶりっこ? ぶり大根の一種でしょうか?」
「天然を装うしたたかな存在の事ですよ……はぁ、これも死語なのでしょうか。いや、もう死語という言葉が死語なのかもしれませんが。どうもあなたと会話をしているとペースを乱されて困ります。わたくし個人としてはあなたに敵意や恨みはありませんが、一部の、特に女性の方に嫌悪される傾向にあることには納得ができます」
暗にあなたは女性に嫌われる傾向にある、と指摘する言葉であったが。
聖女はそんな指摘も受け入れる顔で、穏やかな笑みを浮かべたまま。
それが薄気味悪く映ったのだろう。
「なんですか……その顔」
「ふふふふ、いえ、正直にモノをおっしゃる方だと思いまして。他人からするとわたくしは、どうも傷つけてはいけない聖人にみえるようで、真正面からそう言って下さる方は少ないのです。もちろん、影では色々と言われてしまいますが。それでも、正面からわたくしの悪い部分を指摘して下さる方は……本当に、少ないのですよ」
「どうでもいい相手や、関わりあいたくない相手の欠点はわざわざ指摘する気も浮かばない。まあ、それが人間でしょうからね」
それにと、聖コーデリア卿は悲しい微笑を浮かべ。
けれど美しい純粋な乙女な表情で、ふっと唇の隙間から言葉をこぼしていた。
「嫌われてしまう事は悲しいことですが、全ての人に好かれる人間がもしいたとしたら……それはきっと、まやかしですわ、ミスタークラウン」
「いや、さりげなく変な呼び方をしないでいただけますか?」
賢い道化は気付いていた。
聖女が今、頭に思い浮かべているのはミーシャ姫。
聖女と悪辣姫の今の不思議な関係にあまり関わりたくないのか、話題を少し逸らすように道化は言った。
「ともあれ、わたくしがあなたに真正面から皮肉や嫌味を言うのにも理由があります。なにしろあなたは特殊個体、心を読む能力がおありなのでしょう? ならば隠しても無駄ですしね」
「あら? ご存じないのです? わたくしの能力は転生者の方には通じませんので、あなたの心は見えていないのですよ」
「おや、それはそれは」
能力については興味があるのか、道化は露骨に興味を示した顔で指を鳴らす。
鑑定ウィンドウを表示。
おそらくは開発者のデバッグモードの一種なのだろう。
「ふむ――転生者の心は読むことができないですか。たしかにそのようですね。もしかしたらですが、心を読んでしまうときに、こういうエフェクトが発生しているという事はありませんか?」
言って道化は、魔術を発動。
魔猫師匠がたまに寝転び、足の肉球をさらけだしながら弄っていた、”ピコピコと動く魔道具”とよく似た、いわゆるゲーム画面を映し。
ウィンドウと呼ばれる部分を示し問いかけた。
「まあ! ええ、ええこの通りですわ!」
「なるほど、なるほど! それは”三千世界と恋のアプリコット”で、NPCの心を読み取っている時の状態と似てますね。ふむふむ……試しにやってみますが。(聖女は天然ぶりっ子で、正直苦手です)。このようにメッセージウィンドウが表示されているのでは?」
「これもその通りです。心の声が、このような形で表示されて頭の中に押し込まれてくるので……回避する方法もないのですが。クロード様はこの世界の設計図をお作りになられた方の一人なのですよね? なにか解決策をご存じありませんか」
「と言われても、ふむ……これはイベントで強制表示されているようなものですからねえ」
道化が試しに映す画面には、カッコつきで、ポメラニアンについての賛美がズラリと並んでいる。
が――。
道化は何かに気付いたのか。
ただの好奇心ではなく、不意にまじめな顔をして。
「似ているというよりも、まったく一緒ですね――」
「どうかなさったので?」
「NPCの心を読み取る力。いえ……これは……まさか」
道化が口を開こうとした、その瞬間。
ぶにゃっと転移してやってきたのは、魔猫師匠と聖騎士ミリアルド。
ミファザ亡王と四人の王との会議の結果を受け、山脈帝国エイシスの賢王イーグレットと話のすり合わせに向かっていた二人が帰還したのだ。
コーデリアが言う。
「おかえりなさいませ、お二人とも。イーグレット陛下はなんと?」
『暗黒迷宮のやる気全開の鼓舞を、勝手に負けイベと勘違いしたのは向こうの方。やはり黙ったまま、協力させた方が都合もいいだろうってさ』
魔猫師匠も敢えて誤解を解く気はないらしく。
一見するとまともそうな聖騎士ミリアルドも、やはり真顔で言う。
「多少心苦しいですが、本来ならば交わらぬ大国が一丸となっているのです。わざわざ誤解を解く必要も義務もないでしょう。これも世界のためのウソ、正義のための悪事といえますし。もし問題になったとしても世界のために協力を仰いだ、そう言い訳もできましょう」
『だよねえ!』
「わたくしもそう思いますわ」
聖女に魔猫に聖騎士。
彼らに騙しているという、後ろめたさはない様子である。
本来ならば自らが得意とする権謀術数な作戦を先に使われ、道化はペースを崩されてばかり。
「――……まあ、いいんですけどね。あなたたちが同類だとは理解できました」
魔猫師匠を中心に三者は顔を見合わせ。
照れた様子をみせているが。
「いや、褒めていませんよ。まあいいです、あー……聖コーデリア卿。先ほどの話はまた別の機会で構いませんか?」
「はい、もし解決策がおありでしたら教えていただけると助かります」
なぜか道化は聖女の言葉には何も言わず。
道化帽子を翻し。
「さて――お二人も戻ってきたことですし。人類の協力も取り付けることができたようですし――わたくしはそろそろ別行動をしようかと」
『おや、どうするつもりなんだい?』
「今回の負けイベがどのような規模で起こるのか、それを調査しようかと。本番で起きるイベントを特定できれば対策もしやすいでしょう。別に、あなた方と行動を共にしているとペースを乱されて疲れがたまるとか、そういう個人的な事情ではありませんので、ええはい、まったく。そのようなことはありません」
逃げるように体に転移魔法陣を纏う道化であるが。
魔猫師匠がくわっと口を開いて、魔法陣をネコパンチで叩き落す。
『ストップ!』
「放してください! あなたがたと関わると、絶対にろくなことがないと分かりきっているのですから!」
『苦手意識があるのは分かったけど、君がいないと困るんだ。ねえ、その負けイベって固定イベントじゃないのかい?』
「課金を多くしてくださっている方と、そうでない方でイベントが違うんですよ」
『ふむ――課金額で変動しているのか』
魔猫師匠は考え、うにゅーっと尻尾の先を揺らしているが。
「なにかご懸念が?」
『確認するけど、課金していればしているほど大きな敵やら災害が発生するって考えていいんだよね?』
「まあ、課金しているほどキャラや、イベントスチル……ゲームを知っているあなたには装備カードといった方がいいですか。ともあれ戦力は整っていますから、それを強制的に負けさせるとなると……そうなりますね」
課金するほど不利になるイベントはゲームとしてはどうなのか。
ならば報酬を増やしたらどうか。
様々な意見もありましたがと道化が裏事情を語る中。
魔猫師匠はネコの瞳を赤く輝かせ、なにやらブツブツと、瞳の奥にて計算式を超高速で流し。
答えを得たのか、ウニャニャニャ!
もふもふネコフェイスに、賢人としての顔を浮かべて言う。
『なるほどね――じゃあやっぱり大きな問題がある。この世界はゲームじゃない、けれど天使による課金が発生していた。そしてその課金は複数の天使によって集められ、何者かに送られていた可能性が極めて高い。クロードくん、君も既に何人か天使を狩っているんだよね?』
「ええ、まあ――何をおっしゃりたいのか、まったくわかりませんが。それがどうしたというのです」
表情が豊か過ぎる魔猫師匠は、一匹で百面相。
今度は世界の謎を読み解く顔で、シリアス猫の吐息。
なぜか眼鏡を装備し、クイクイっと肉球で器用に上げ下げしてみせている。
『君はヒロインであるミーシャ君こそが設計図の基準、すなわちプレイヤーと認識しているようだが、それはあくまでもゲームだったときの話。もしかしたらだが実際は違うんじゃないかな』
「……、どうでしょうかね」
『おや? ちょっと前までの君は、ミーシャ君がプレイヤーとして設定されていると思っていたようだが。まあいいか。そうだね、ようするにこの世界にいる転生者――それぞれがプレイヤー。全員が主人公として認識されている可能性があるという事さ』
魔猫師匠の周囲に魔術理論が計算式となって展開されていた。
青白く輝く計算式の光が、魔猫師匠の眼鏡にイイ感じに反射している。
それはまるで、偉大な学者先生のような魔猫の絵に見える。
このためだけの眼鏡装備。
このためだけの教師の演出だったのだろう。
『杞憂ならばいいのだけど――その課金額による変動を参照する数値が個人なのか、この世界全部でなのかそれが問題なのさ。もし今までの天使と契約者、全員の課金額で判定しているのだとしたら』
言いたいことを察したのだろう。
道化師は重い息を漏らす。
「もしそうだとしたら、ミーシャ姫を事前に殺して回避というわたくしの作戦も使えない、そして――」
『ああ、きっと、設定されている中で一番過酷な負けイベがくるだろうね。ただ……うーん。もしこれも黒幕の計算の内だったとしたら、少し厄介だね。黒幕は明らかに君の性格を知っていて、その裏を突いていることになる』
道化師クロードが負けイベ回避のためにしていた行動は、本来ならユーザーが操作するキャラクター……ミーシャ姫の殺害。
主人公がいなくなれば、負けイベ自体が発生しなくなる。
理論としては間違ってはいない。
しかしその最もシンプルで容易い解決策こそが敵の罠。
異物たる聖女や魔猫師匠が介入していなかったら、負けイベを回避したと思い込んだまま――世界は終わっていた可能性が高いのだから。
今度は道化師が考え。
「ならばこそ、少し警戒した方がいいかもしれませんね」
『どういうことだい』
「単純な話です。転生者はまだ多くいる――わたくしが把握している天使の数と転生者の数は一致しておりませんし、対となる筈なので数は一致していないとおかしいのですが。そしてわたくしが把握していない転生者もまだまだいる筈です」
言いたいことを察したのだろう、魔猫師匠が道化の言葉を繋いでみせた。
『ふむ、理解したよ。ミーシャ姫を殺せば負けイベが起こらない、そう考える転生者が”暗黒迷宮からの慟哭”を負けイベ発生と勘違いし、それを防止しようと彼女を殺しに来るかもしれない……そういうことかな?』
世界を管理していた男の声で道化が言う。
「まあわたくしは正直、彼女が死んだとしても全く構わないのですが。というか、彼女が生きていることに必要性を感じません。もし裏でイーグレット陛下と繋がっていることを知られたら、また世界は揺れるでしょう。余計な恨みを買うだけかと。キース青年の前では口にできませんがね、早めの処分をお勧めしますよ」
『それは困る。なにしろ私はまだもうちょっと彼女が頑張る方に賭けているからね』
「賭け?」
『ああ、こちらの話さ。それに彼女にはまだ生きていて貰わないといけない事情もある。私たちの損得や余興ではなく。この世界のためにね。君の言葉を返すようだが、よく観察してからの、遅めの処分をお勧めするよ』
道化はしぶしぶと魔猫の話に耳を傾けているが。
横で聞いていたミリアルドにも何やら意見があるのだろう、清廉な騎士としての声で告げる。
「アレの処遇についてはさておいて。逆に今の状況はチャンスといえるのでは?」
「おや、頭が足りなそうな聖騎士殿にも考えがおありで?」
「もし負けイベを止めるためにミーシャの命を狙う存在が現れるというのなら、それは善行、どちらかといえば世界を存続させたい存在ということでしょう。転生者ならばイシュヴァラ=ナンディカの名にも既に気付いている筈。こちらの事情を包み隠さず説明すれば、味方になっていただける可能性もあるかと」
一度負けた影響か嫌味を飛ばしてきた道化師にも動じず、まっとうな意見を出す聖騎士ミリアルド。
以前とは明らかに変わったその姿と言葉を受け、聖女も続ける。
「わたくしも、味方は多い方が心強いかと存じますわ」
厄介な敵ならば味方にしてしまえばいい。
それは聖コーデリア卿の得意技。
道化も賛成ではあったのだろう。
意見はまとまり。
聖コーデリア卿が魔術でイシュヴァラ=ナンディカに連絡を入れ――そして。
「変ですわね、連絡に応答がありませんわ」
事態は既に動いていると、知った。




