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第095話、聖女伝説(マッチポンプ)


 世界を揺らす振動、それを暗黒迷宮からの慟哭とは知らず――。

 世界は大きく動き出す。

 各国の王は魔力振動を察知し、対策に乗り出していた。


 だから世界は協力をし始めていた。

 ここは世界の中心ともいうべき場所に特設された会議場。

 これは――部外者とされていたモノたち。聖コーデリア卿や賢王イーグレット。閉ざされた雪の魔境に、永遠黄昏の街トワイライト・セブルスとは関わりの薄かった、それでも確かに存在している他の国の物語。

 その断片的な一ページ。


 今ここでは、世界の危機を察知し集った四人の王が話を進めている。


 山脈ばかりの辺境の小国と馬鹿にしていた地域、弱小すぎてほぼ頭数に入れられることがなかった国家――山脈帝国エイシス。

 その国の、いつのまにか成長を遂げていた帝国の若き皇帝が突如として、情報を提供してきたのだ。


 世界が終わるかもしれない、と。


 四国の王は話を疑った。

 耳を疑った。

 あの山脈帝国エイシスが大国として成長している。そんな噂は確かにあった。巷で話題となっている赤き舞姫、見る者の心を奪うあの踊り子と語り手によって歌われていた。


 様々な情報が伝わってきてはいたのだ。

 まるで作為的なほどまでに。


 噂はさまざまにあった。

 転生者の噂、悪辣姫の噂、天使の噂。中には人と交わることを捨てた魔皇アルシエルがついに国交を結んだとの噂や、アンデッドを尊ぶ伯爵王までもが、山脈帝国エイシスに顔を出すようになったとの噂まで――。

 それらは全て、踊り子の口から語られる。

 それが真実か否かは分からない。けれど情熱的な赤き踊り子と、悠然とピアノを奏でる仮面の美丈夫の公演は人々を夢中にさせていたのだ。


 いやでも噂は国に入ってくる。

 だからこそ、今、この世界が危機に陥っていることも真実なのだろうと四国の王たちは判断したのだろう。

 だからこそ、今、王たちは長きにわたる冷戦ともいえる国交断絶を忘れ、ここに集っていた。


 おおまかな事情を聞き、有事に備え行動を開始していたのである。


 王たちが言う。

 山脈帝国エイシスの先の皇帝、十二世は愚王であったが、十三世は違う

 あの若造は違う。

 と。

 あの赤き舞姫すらも十三世の仕込んだ情報操作の一環であると、賢き王たちは見抜いていた。見抜いていたからこそ、ただの愚王ではないと確信していたのだろう。


 あの賢王と、そしてなによりあの国にはあの女性がいる。

 聖人ともいうべき聖女がいる。

 聖コーデリア卿。


 彼女だけは確実に信用できる。

 四国の王は聖女追放から始まる物語を知っていた。

 赤き舞姫の公演を通じ、知っていた。


 それは優しき聖女の伝説。


 あれほどの事をされても腐らず、曇らず、助けを求めてきたモノたちを助ける聖人。良く言えば心清らかな救世主。悪く言えば、どんな仕打ちを受けても人を見捨てられない愚者。

 愚者と判定されてしまうほどの聖人であるからこそ、四国の王は確信したのだ。


 聖コーデリア卿ならば信頼できると。

 だから四国の王は世界の危機などという眉唾を信じ、自らの国家の秘匿を開示した。


 西の王は魔術の理論スキルを。

 東の王は武術の理論を。

 北の王は道具の理論を。

 南の王は儀式の理論を。

 それぞれに情報を公開し、きたる災厄に備えて動き出していたのだ。


 四国の王はかつてのクラフテッド王国ほどではないが、規模の大きな国。

 国交も開かず、それぞれが成長し大成していた大国。

 だが、さすがにこの危機には動かずにはいられなかったのだろう。


 なにしろ実際に、世界が揺れていた。

 物理的に揺れていた。

 未知なる魔力が空を揺らし、まるで世界の終わりを告げるような得体のしれない慟哭が、世界に轟いていたのだから。


 世界の王たちの会議が動く。


 互いの顔を隠す魔術の明かり。

 秘匿空間となった魔術結界が会議場を淡い魔力で照らす中。

 髯をたずさえた西の魔術王が、一人の老いをみせ始めたかつて王だった男に言う。


「滅んだ国の王よ、ミファザ亡王と呼ばせてもらうが――……かつて世界を混乱させた山脈帝国エイシスの十二世、そのこせがれが異界の神と契約をしているというのは、真であるのか?」


 言われた男は四国の王の中心にいた。

 彼だけは秘匿の魔術を解除しているので、その素顔が良く見えている。

 亡国の王。

 長く続いた歴史に幕を閉じたクラフテッド王国、その最後の王となった貫禄ある初老の亡王ミファザ=フォーマル=クラフテッドである。


 国を失った王は、山脈帝国エイシスの使いとしてここにやってきていた。

 かつての王がである。

 それも賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世の信頼を高める、一因となっている。


 亡国の王が魔術王の言葉にうなずき。


如何いかにも、余もかの偉大な異世界魔猫を直接目にしたこともある。間違いなく、主神の器たる神。もはや力なき余が分不相応な生意気を語るが、あれをどうこうするとは考えぬことだ」


 東の武王が言う。


「ほう? ミファザよ、国を失い随分と弱気になったと見える」

「好きなだけ蔑めばいい、余は所詮、愚者たる道化。国を終わらせた男だ、どれほどに蔑まれても事実であるのならば腹も傷まぬ」

「かつての大国の王、クラフテッドも本当にこれで終わりか――つまらぬ」


 東の武王はひそかにクラフテッド王国との戦争準備を進めていたのだろう。

 心底落胆した声であるが――。

 もはやミファザ国王に戦意はないのだろう。


 北の魔具王が姿隠しの衣を翻しながら、煙の吐息に言葉を乗せる。


「武芸を貴ぶ者たちは汗臭くて堪らぬ……斯様な下らぬ戯れはよせ――終わった国も、終わった男のこともどうでもよいわ。それよりも、わらわが気になるのはこれから何が起きるのか、その一点のみ」

「然り、国同士の争いを度外視にしてでも人類が協力する必要がある。そのために我等は集った。違うか?」


 と、南の祭事王が民族衣装の如き異装を、秘匿の魔術の中で揺らして唸る。

 北の魔具王が煙の吐息を再度漏らし。


「しかし――明らかに今、世界には異常が起こっておる。斯様な魔力、斯様な天候。いつぞやに発生していた謎の大量魔物行軍モンスタパレードと似ておる。アレも一体、何事であったか……分からぬままに事態は終息しておったが……ミファザ元王よ、何か知っておるのか?」

「――あれにも聖コーデリア卿が関わっていたとだけは、な」


 ミファザ亡王の言葉に嘘は見えない。

 四人の王は考え。

 四人の王が口々に言う。


「確かに、魔物の集団移動は聖コーデリア卿の亡命の直前。クラフテッド王国へと聖女が帰還し、落胆し国を捨てた直後に発生していたか」

「いかにも――」

「翼竜の群れもエイシスに向かい飛んだと観測しておるが――」

「魔竜が空を覆い尽くしたあの日、あの事件。あれは落ちた聖職者……天使に惑わされていたクラフテッド王国の教会による悪事だと聞いておる」


 王たちの顔を秘匿状態とはいえ眺め。

 亡国の王ミファザが告げる。


「それらも聖女による功績。魔竜による他国侵略を聖なる力で察知し妨害――奇跡によって魔竜を撃ち落としたのも――かの聖コーデリア卿。その証拠も教会に保存されていた。それがこれだ」


 写された映像にあったのは――魔竜の群れを魔術の一撃で撃ち落とす、聖女の姿。

 竜すら蚊のごとく撃ち落とす様子は、まさに圧巻。

 おお、と四人の王が感嘆の息を漏らす。

 明らかにレベルの違う攻撃魔術だったからだろう。


「魔皇アルシエルに勝利し調伏したという噂も」


 事情を知るミファザは頷き。


「聖コーデリア卿であると聞いておる」

「闇の貴公子、蠢く美貌の野獣ミッドナイト=セブルス伯爵王。人間と敵対する可能性を示唆されていたあの吸血鬼と同盟を結び、前向きな外交を始めているとされるのも」

「如何にも、それもかの聖女による功績」


 嘘は言っていない。

 全てが事実。

 だからこそ、ミファザ亡王の言葉に王たちは納得する。


 そして同時に、一抹の不安が襲ったのだろう。

 今回の件は例外。

 そんな聖女ですら敗北するかもしれないとされていること。


 実際、世界は謎の慟哭で揺れている。

 今もなお、悍ましい魔力が世界を満たし荒れ狂っている。

 それが負けイベと呼ばれる現象なのだろう。


 負けイベ。

 それがどれほどに恐ろしいイベントなのかは分からない。

 故にこそ、世界の危機となってようやく彼らは連携を始めていた。


 皆の意志は同じ。

 世界の破壊は防ぐべき、人類同士で争っている暇など、ない。


 四国の王が言う。


「亡国の王よ、山脈帝国エイシスの若造に伝えよ。我等はそなたに協力するとな」


 伝書バトとなっている亡国の王ミファザは頷き。

 会議の場を去るべく、転移魔法陣を回転させた。

 すべては、この世界のために。


 ……。


 もっとも。

 彼らが畏れ、未曽有の危機と勘違いしているこの世界の揺れは、負けイベなどではなく。

 ただの暗黒迷宮の魔物たちの唸りなのだが……。

 全てを知っている亡王は黙ったまま、敢えて誤解を解く気もなく。

 この世界のためだと――そしらぬ顔で、山脈帝国エイシスに帰還した。


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