第091話、破壊神(ブレイカー)~全てを折りし者~
負けイベ。
それは話の都合上、どれだけキャラを鍛えても負けてしまう一種の強制敗北イベント。
賛否が分かれがちなこの現象について語るのは、ゲームの概念を知る三人。
かつてプレイヤーだった喪服令嬢。
かつて開発者側だった道化師クロード。
そして、自由気ままに様々な異世界を渡り歩く魔猫師匠。
積まれた果物の中から顔だけを出し、ふふーんとドヤ顔をしてみせる魔猫師匠に関心を示したのだろう。道化師クロードが白人美形の美貌で目線を向け。
「おや、お詳しいですね。ただのネコではない、神に等しい存在だとは聞いておりましたが……負けイベなどという専門用語にまで造詣があるとは。これまた奇怪な。わたくし、大変あなたに興味が湧いてきました」
『当然さ、クロードくん。なぜなら私もゲームを開発したことがあるからね!』
あるからね!
あるからね! と、セルフエコーをかけてのドヤ顔師匠であるが。
ゲームを作ったことがあるといっても自慢できるのはたったの二人だけ。
純粋なこの世界の住人である他のモノたちには、あまり自慢できないと気付いたのか。
ふと真顔のネコに戻り、魔猫師匠は積み上げてあったローストビーフのお代わりを要求しつつシリアスな声を漏らす。
『さて、そろそろまじめな話に戻ろうか』
「あなたが邪魔をしたんでしょう……」
『まあいいじゃないかミーシャ君……と、この名前はあまり使わない方がいいのか。喪服令嬢くんってのもいいにくい、何か名前はないのかい?』
「そのうち考えておきますから、また話が逸れるでしょう?」
喪服令嬢に冷静に返され、魔猫師匠は仕方ないといった顔でクロードを振り向き。
『じゃあ本題だ。その負けイベの全滅だけど――全滅といっても範囲が色々と異なるだろうからね。ゲームの時での話でいいが、いったいどの規模での全滅なんだい? この世界は現実といっても、設計図はあのアプリだ。その全滅規模まで再現してしまう可能性が極めて高いと予想されるが』
「ユーザーの方の攻略段階でも異なるので一概には……」
「あたしが知ってる情報では、大陸ごとヒロインが吹き飛んじゃうんだけど……好感度が足りない場合は消費アイテムでコンティニューができて時間をさかのぼってやり直し。章のはじめまで戻って、好感度上げができるようになっていたわ」
魔猫師匠がジト目になりつつ。
『ねえ、もしかしてその時間を遡れるアイテムってのは』
「はい、課金アイテムですが、なにか? ちなみに――試しに製作しようとしたのですが、わたくしでも作ることはできませんのであしからず」
『重課金の方針に切り替えたって部分は、その辺りもそうなんだろうね』
しかし……と、魔猫師匠は桃のタルトを齧りながら。
『製作しようとしたということは、アイテムのレシピや技術さえちゃんと整っていれば――時間逆行のアイテムさえ作成候補にできるわけか。クロードくんがそのアイテムを作るのに失敗した理由は材料不足かい?』
「材料もですが、レベルも足りなかったのですよ。とても現実的な数値ではなかったですし」
『けれど作成を試みることはできた――そうだね?』
「ええ、まあ……それがどうしたというのです。仮にわたくしのレベルを旧世代ゲームのキリのいい数値、二百五十六としても、それを三乗させたぐらいのレベルが必要でしたが」
レベル一千万以上など、インフレしていた末期の三千世界と恋のアプリコットでもない。
――と。
あくまでも自分の常識の枠で考える道化師と違って、魔猫師匠は多くの異世界を含んだ常識を持っている。宇宙規模、いわゆる三千世界の規模で考えてネコの眉間をウニャウニャニャ。
『作成に挑戦できるという時点で、既にそれは快挙なのさ。材料とレベルさえあれば、多くの異世界でも困難とされている”時間逆行を実現”できるアイテムを作れてしまうわけだからね。まあおそらく黒幕の目的は時間逆行にはないだろうが――よく考えてみたまえ。自らが望む理想の世界や装備、種族や人物、アイテムや魔術――それらをアプリの中で作っておけば、実現不可能とされている多くの魔導技術を再現することができてしまうわけだ。世界の種として核を作り、壊れた世界に相乗りする形で植え付け……現実では制作困難な要素を再現させる、か。これはかなり悪用できそうだね』
「あらあらまあまあ……師匠、悪い顔が漏れていますわよ?」
『おっと失礼。これは新しい魔術のアプローチだからね、興味を惹かれてしまった』
聖コーデリア卿に苦笑されて反省を示す魔猫師匠であるが。
魔術的考証についていけていたのは、聖コーデリア卿のみだったのだろう。
コーデリアも天才魔術師の弟子の顔で――。
「つまり師匠は、三千世界と恋のアプリコットを作っていた存在の誰かが黒幕であり……自分に都合のいい魔術や魔道具、あるいはイベントを現実世界で再現するために、アプリコットさんに何かを仕込んでいた。そして、現実の世界として再現させるために壊れた世界に植え付け――発芽。その育った芽こそが、わたくしたちの世界。そうお考えなのですね」
『ま、確証はないけれどね。クロード君、生前の君の知り合いに神様はいたかい?』
「いや、いるわけないでしょう」
『ふむ、そうか――再確認するが、君の世界では魔術という概念は』
「かつては信じられていたようですが、現代に近づくにあたりそれらは迷信と解釈され――虚構となった。所詮はメルヘンやファンタジーといった作り物として認識されている分野です。もちろん習慣は残っています、畏敬の念を込めて神を祀る行為は残っておりますが――祭りや初詣、クリスマスなどもその名残でしょうし」
ふむと、魔猫師匠はなにやら自分だけが分かる顔で。
『では異能を扱う集団があったりしたという噂は?』
「なんですか、先ほどから。あなた……なんちゃらネイターとかいう、人物やキャラを特定する質問をしてくるランプの精霊にでもなったのですか?」
『はははは、ランプの精霊は嫌いじゃないしむしろ好きなくらいだが。まじめな話だ、答えてほしい』
「残念ながらそういった話は耳にしたことはありませんね。仮にそういう集団がいたとしても一般人には秘匿されているのでは?」
『それもそうか、ならばこのスマホに見覚えがあったりするかい?』
言って魔猫師匠が取り出したのは、ネコの形をしたスマホ。
鑑定名で表示するならば”にゃんスマホ”。
喪服令嬢も道化師クロードも当然のような顔をして。
「見覚えもあるも何も、スマホじゃない」
「ええ、スマホですね。わたくしが過労死する少し前に爆発的に流行りだしていたタイプの型のようですが、それがなにか?」
『いや、そうか――なるほど、君たちはこれを一般的なスマホとして認識しているのか。君たちがどの世界から来たのか、だいたいは読めて来たよ』
答えを得た。
まさにそんな顔をしている魔猫師匠であるが、その顔が段々と泳ぎ始めていた。
グルメの中から出てきたのは、魔猫師匠の黒いモフモフフォルム――。
後ろ足を伸ばし、くわぁぁぁぁぁっとあくびをして、何故か毛づくろいを開始。
その尻尾の先が小刻みにタンタンタンと揺れ始める。
なにやらとぼけるような顔をして、魔猫師匠は皆を振り返る。
『話をそらしてしまって申し訳ない。今のは忘れておくれ』
なぜか話を打ち切った魔猫師匠に疑念を抱く喪服令嬢と道化師クロード。
すかさず聖コーデリア卿が言う。
「師匠? 何か隠していらっしゃいます?」
『まあ……でも本当にちょっとだけだよ?』
「お話し、していただけますわね?」
聖女必殺、にこにこの圧力である。
『いや、でも本当にちょっとしか関係ないというか……』
「お話し、していただけますわね?」
再度、聖女の必殺にこにこである。
こういうときの弟子の頑固さはよく知っているのだろう。
魔猫師匠は、はぁ……と息を漏らし。
『分かった、分かったよ。まあなんというか、おそらく私は喪服令嬢くんとサヤカくん、そしてクロードくんが生前にいた世界に肉球を踏みいれたことがある』
「師匠がですか?」
『ああ、その時に私はその世界に起こる無数の終わりの未来、世界の破滅を感知してね。それを止めるべく日本という土地全土をソシャゲ化したことがあったんだ。……と、聞いている全員、まったく意味が分からないという顔をしているね? おそらくは分からなくて当然だ。それが普通の感覚だよ』
今度、その辺りの昔の資料をみせてあげるよと言いながら、魔猫師匠は尻尾をくるりとモフモフボディに巻き付け。
『ともあれあの当時、日本には土着神の多くが力の源となる信仰心を集めるため、ゲームという玩具に目をつけていたんだよ。心こそが力の源、魔力の源、神だとしてもそれは同じ。だからゲームを神と崇め、心を奪われる人間たちを利用した。ゲームへの心を信仰に書き換える行動にでていたのさ。まあ神々も現代社会に適応しはじめたんだろうね――。一部ではあるが、実際にゲーム会社を作った神々がソシャゲ業界にも手を出して、神々同士で競争をしていた。いろいろとあって、そこに私も介入した……なーんて経緯があるのさ』
「ちょっと待ってよ!」
『なにかな、喪服令嬢くん』
「意味が分からない、ありえないわ。あたしたちがいた世界には、神なんてものは実在していなかったはずよ」
そりゃあ宗教とかはあったけれど、と喪服令嬢も道化師も言葉を濁すのみ。
しかし魔猫師匠は教師の声音で言う。
『それは君たちが認識していなかっただけの話だろう? ならば何故、君たちは転生した。そして今、君たちが使っている魔術はなんだい? ありえない筈のモノだろう?』
「それは……」
『ありえないなんてことはありえない、魔術という概念が存在していることがその証明。覚えておくといい、それこそが魔術の基礎さ。だいたい、君たちが住んでいた地球という星、あれが誕生した経緯なんて魔術が実在する事よりもよほど奇跡に近い偶然だ。時代にもよるだろうが、地球ができる確率は――学校のプールに落ちてしまった化学実験授業の「ゴミ」が、台風でぐるりと「回って」、「偶然に」偶然が重なり「精巧な腕時計」ができあがる確率よりも低い、なーんて、それっぽい話を聞いたことがあるだろう? 地球が存在しているのならば、それよりも確率の高い大抵の存在はありえるかもしれない、実在していても不思議じゃないのさ』
腑に落ちないという顔のままの転生者たちであるが、魔術師の弟子たる聖コーデリア卿は理解を示し。
「察するに、師匠も関係する昔の事件に神が関わっていた。その神や神に類似する存在ならば」
『ああ、目的はわからないが――”三千世界と恋のアプリコット”なるソシャゲを作り出して、それを核に不可能を実現するためにこの世界を作り出す、なーんて大それたことをやっていたとしても私は驚かないよ』
話をずっと聞いていた名もなき魔女が言う。
「世界の多くを知る賢人たる神よ、よろしいか?」
『おやなんだい、いかにも魔女ですって感じの淑女』
「ミーシャ姫などをはじめとした転生者が誕生した経緯、この世界の元となるアプリとやらが――そちらの世界の神々の手によって作られたやもしれぬとは分かった。少なくとも神と呼ばれる強者が介入しているのならば、不思議な力を宿すアプリが実在していてもおかしくはない」
『ああ、アプリにどっぷり浸かった人間は言うならば敬虔なる信者、教徒として判定できるからね。その魂を取り込み、転生させる事とて現実的に可能な筈。たとえ世間一般では魔術がないとされていた世界でもだ』
「それが分かったところで、現実に迫るその負けイベとやらの対処法が見つかるわけでもないのであろう?」
理論自体には大変興味があるが、と魔女はフォローを入れつつ。
『そりゃあまあ、そうだけど』
「それでは何故、先ほどなにかを誤魔化そうとしておったのじゃ? 我は魔女であるからな、ネコとは関係性も深い。なにか大事なことを隠そうとしている心が、この魔女には透けて見えておったわ」
『ご、誤魔化そうだなんて、人聞きが悪いなあ』
そういいつつ目線を逸らす魔猫であるが――。
聖コーデリア卿の、にっこりが襲う。
『はぁ……分かったよ、分かった。ともあれ私もあの時はあの世界について詳しくなかった、土着の神々が薄れゆく信仰心を何とか補填しようと、ソシャゲとかゲームを作って信仰心を集めているとは知らなくてね。あの世界に飛んですぐに、問答無用に世界をソシャゲ化させちゃったから、色々と現地の神々は慌てたらしくってさ。もしかしたら、今回の事件が起きたのも私が原因の一部かなぁ……なんて、ニャハハハハハ! いや、あくまでも可能性の話だからね!』
「って、それじゃああなた! いままでずっと、無関係でーす、部外者だから楽しんで観察してまーす、みたいな顔をしてたくせに、もしかしたら騒動の総本山かもしれないってこと!?」
唸る喪服令嬢に、魔猫師匠はすっとぼけた顔を見せ。
『それはそれこれはこれ、たぶん直接は関係していない筈さ』
「どうして言い切れるのよ」
『言いきってはいないだろう? でもまあ根拠はある。言っただろう? 私は突然やってきて、突然に世界をソシャゲ化させたって。あれは日本全土を一種のダンジョンとして書き換え、ゲーム化させたわけだが――本当に一瞬で起こした事件だ。あの世界の神々にとっても突然の出来事、対処できるはずがない。けれど、三千世界と恋のアプリコットはおそらく、私が起こした事件よりも前には既にサービスが開始されていた。あのアプリ自体に何かを仕掛けていたとしたら、私の顕現を未来予知により察する必要があったはず。言い切るけれどそれは絶対に不可能だ』
「なぜよ、ありえないなんてことはありえないんでしょう?」
魔術の基礎でつっこまれ、魔猫師匠はすこし感心した顔を見せ。
頬毛を膨らませ満足げに微笑み。
『いい切り返しだ。けれど、こればかりは言い切れる。私の行動の捕捉、魔術で言えば未来予知ができる存在などネコの指で数えるほどしかいない。なにしろ自慢だが私はネコだ、世界の頂点となるべき種族であり――それなり以上に強い神だからね。そしてそこまで高位な未来視ができる存在は私と既にかかわりがある神に限られている、黒幕候補から外れるからね』
あまりにも自意識過剰、自信満々であるが。
それを言い切るだけの力があるとは、ここに集う皆は感じ取っているのだろう。
『これ以上は水掛け論になるだろうし、黒幕を捕まえてみないとなんともいえないね。それに、いいかい? たとえ私のせいだとしてもだ――だいたい私は世界の破壊を防ぐために行動したわけだし。実際に救ったわけだし、責められるのはちょっと違うんじゃないかな?』
「まあ、黒幕を捕まえてみることにはわたくしも賛成ですわ」
おっとりとした口調であるが、聖コーデリア卿もやる気を見せて。
「そもそもです。許可なくそのアプリコットさんに人間の心を奪わせていた――その時点でわたくし、よろしくないことだと思うのです」
『許可、か。うーん、どうだろうねえ。ああいうのって、プレイする前にもの凄い細かい規約に同意する必要があるんだけど』
あっ、と喪服令嬢が何かに気付き。
「まあ……あんな細かいの、最後までちゃんと読む人は少ないでしょうね」
『そう、その中に心や魂を奪ってもいいと受け取れる項目があれば、それはもう契約だ。アプリを作った神側が利用者の魂を奪う事に問題が生じなくなる、そして神々との約束とは非常に重い契約となる。それこそ、規約を破った存在には大きな罰が下ったとしても不思議ではない。なにしろ神々との契約なわけだし』
「ちょっと待ってね」
言って、喪服令嬢は取り出したスマホを動かし。
規約の部分を表示させ――。
「このアプリに心を奪われても責任はとれません。ご了承の上でプレイしていただきます。みたいな文があるわね。これって格好いい登場人物に心を奪われちゃいますよっていう、ある意味でジョークの一文かなとも受け取れるけど」
『それは言葉通りの意味だったというわけだ。なるほど、これは確信犯。質が悪いね』
言って、魔猫師匠と喪服令嬢は開発者側の道化をジト目で睨み。
「わたくしを睨まれましても」
「でしょうね、普通、したっぱの開発者はそういう規約部分にはかかわらないでしょうし」
「それよりも、負けイベをどうするか考えたほうがよろしいのでは?」
三千世界と恋のアプリコットは真っ黒なアプリ。
ほぼ確定したその情報のせいか、あらぬ矛先を向けられたくなかったのだろう。
迫りくる強制イベに話を逸らす道化師。
「やはり、いっそここでミーシャ姫にご退場願うというのが一番手っ取り早い気もしますが……っと、キース陛下でしたか? その殺気はさすがに怖いのでおやめください、冗談ですよ、冗談」
ミーシャ姫を殺すことが手っ取り早い。
それはある意味で正解に近い答えなだけに、彼女を生かそうとしているキースにとっては大問題なのだろう。
だからこその無言の、しかし鋭い殺気が道化を襲ったのだろうが。
こうなる事態を予測していたのだろう、先を知っていた喪服令嬢が言う。
「一応、解決策は考えてあるわ」
「ほう? 聞かせていただいても?」
「ええ、これを使うのよ」
言って取り出したのは、ガラスの靴。
見覚えがあったのだろう、道化師が言う。
「主人公を一時的に指定モブに交代させる課金アイテムですね」
「そ、あたしは誰ともフラグやスチルを集められなかったけれど、彼女は違う。この世界で一人だけ、あたし以外でもスチルを集めていた、ヒーローとも呼べる攻略対象たちから好感度を稼いでいた存在がいる」
喪服令嬢は聖コーデリア卿に目線をやり。
ふっと、フェイスヴェールを揺らして告げた。
「コーデリア、あなたならば負けイベでも跳ね除けることができるでしょうし。たとえ負けイベで敗北したとしても、好感度が最も高いキャラが助けに来てくれて強制敗北ではなくなるのよ。まあ、ぶっちゃけ恋愛要素を無理やり盛り上げるためのイベントなんでしょうけど、ともあれ世界はそのまま存続する。これならこの窮地も乗り越えられるわ」
「なるほど、考えましたね――」
道化師も納得の案だったらしいが。
魔猫師匠が、あ……っとその作戦の盲点に気付いたのだろう。
ものすごい、申し訳なさそうな顔をして――猫口をうにゃり。
『それ……たぶん、失敗するよ』
「失敗? どうしてです?」
道化師の言葉に、魔猫師匠は妙なグラフを取り出し。
にゃほん。
折れたグラフをたくさん積み上げ、申し訳なさそうに言う。
『いや、だってコーデリアくん。いろんな人の好感度を稼いで、スチルもゲットして、更にフラグを建設しまくってるけど。なんつーか、こう……全部、ボキボキにフラグ、折りまくってるんだよね……自分で』
そう。
聖コーデリア卿は恋愛下手。
いままでずっと、そういった、愛や恋のフラグを薙ぎ倒してここまでやってきてしまっていた。
ガラスの靴を履くのを、聖コーデリア卿ではなくサヤカにするという選択もあるが、それも不可能。彼女がもっとも好感度を稼いでいるのは、攻略対象ではない魔皇アルシエル。
救済イベントは発生しない。
だからこそ、主人公の代理になれるモブは、現在の中なら聖コーデリア卿しかいないのだが。
普通、愛や恋の話になるだろうという場面でも、きょとん。
その天然オーラでキャンセル。
まったく、ぜんぜん、恋愛ゲームとして作られたはずの”三千世界と恋のアプリコット”の恋愛部分を体験せず。完全回避しているのだから。
喪服令嬢が、え? っと声を漏らし。
「コーデリア! あ、あんた! まさか、あれだけのいろんなイベントを終えて、誰とも結ばれていないとかいうんじゃないでしょうね!?」
「え? あの、わたくし……なにかしてしまいましたでしょうか?」
困惑する乙女に、喪服令嬢がかつての友としての声で叫ぶ。
「う、うそでしょ!? なにかしたんじゃなくて、なにもしてないのがまずいのよ! あんだけのイケメン集団とスチルを集めまくっておいて、全員のフラグを折りまくってるって、いったいどういう神経してるのよ!」
そう。
ここにきて大問題が発生。
現在、この世界は天然乙女聖コーデリア卿の恋愛下手のせいで、大ピンチ。
負けイベを突破できないという、危機に陥ろうとしていたのだ。




