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第009話、黒猫のマスコット―対比―


 父を探す聖女コーデリアの転移先は深い森の中。

 オライオン王国とクラフテッド王国の国境付近の街。

 共同管理の地となっているが――実際はほぼ捨てられた土地。


 強力な魔物の出現地域だという事。そしてオライオン王国と仲の悪い他国の貴族が、常時発動する遠見の魔術にて、国境線に目を光らせているせいで人は疎ら。

 人間の気配よりも魔物の気配が多い、辺境の街である――。


 しかし、確かに魔猫師匠に指定された場所はここ。

 魔物が多いエリアならばこそ、身を隠すのにも向いているという判断なのだろうが――。

 コーデリアは転移座標を設定。


 聖女のドレスをぶわっと光らせ、転移。

 まるでラスボスが降臨してきたような演出で着地。

 遠くで、魔物が全力で逃げていく音がする中――。


 聖女コーデリアは落ち着いた様子で言う。


「この辺りの筈なのですけれど……」


 地図上では森に建てられた豪勢な屋敷が見えたのだが、着地するとそこには霧しか浮かんでいない。

 幻術だろう。

 聖女は周囲をそっと見渡した。

 たしかにこの辺りに――気配がある。


「お父様~! いらっしゃるのでしたら、お返事をして下さらないかしら~!」


 返事はないが、反応はあった。

 霧の奥から一人の妖精が姿を出したのだ。


 鑑定名はシルキー。


 気品を纏う淑女が上品な仕草で手を前に組み、恭しくコーデリアに礼をしていたのである。

 ただ人の言葉は発せないのだろう。

 屋敷妖精と呼ばれる召喚獣、あるいは魔猫師匠の眷属だろうとコーデリアは判断していた。


「案内していただけるのかしら? そう、ありがとうございます!」


 妖精は人間サイズ。

 服装はまるでメイド。

 頭を上げた妖精は迷路状になっている森を案内し、屋敷の前へとコーデリアを誘導してくれる。


 妖精はすぅ……っと姿を消し、屋敷の中に消えていく。

 しばらくして。

 声がした。


「――コーディ、なのかい」


 聖女の栗色の髪が、ふわっと揺らぐ。

 長身痩躯の紳士がそこに立っていた。職業は元領主。

 そのアーモンド色の瞳は震えている。

 同じく――アーモンド色の娘の瞳も揺れていた。


 コーデリアの貌が、ぱあああぁぁっと明るく花開いた。


「お父さまぁあぁぁぁぁぁ!」


 コーデリアは年相応の少女の顔で、領主であった父に抱き着き。

 ぐぎ――!

 かつて大陸に名を馳せた冒険者である元領主、一撃でダウンである。


「あ、あら? お父様?」

「……――」

「ど、どうしましょう!」

『どーしましょうって……君、今のは不味いだろう』


 森から声が聞こえる。

 それは不帰の迷宮の主の声と全く同じ。


「そのお声は、猫師匠ですか?」

『ここだよここ、森の中さ』


 ザァァァァァァっと黒い霧と共に、森の暗闇から姿を現したのはドヤ顔をした太々しい魔猫。

 コーデリアが魔猫師匠と呼んでいる魔猫神である。

 黒いモフ毛を靡かせトテトテトテ♪

 動かなくなった元領主の頭を肉球でトントンと叩き、鑑定の魔術を発動。


『たぶん、加減せず抱き着いた衝撃で大ダメージが入ってるよ。さば折りっていうのかな。いやあ、人間って脆いねえ』

「さばおり?」

『親子の再会というのは、なかなかに温かいイベントだからね、本来なら傍観者として観察するだけだった筈なんだけど……』


 そこでふと黒猫は瞳と口を開け、モフ毛を膨らませてウニャ!?


『ね――ねえ、そーいえば私、魔術と力の制御方法は教えたけど――、一般人への手加減の仕方って教えたっけ?』

「吹っ飛ばした後で治せばいいと教わりましたが、違うのかしら?」


 魔猫師匠の瞳は言っている、やっべ、教えるの忘れてた。

 と。

 ただネコはむずかしいことなど気にしない生き物。まあいっかと、黒き魔猫は猫嗤い。


『ぶにゃはははは! まあ大丈夫、君の力なら完治さ。それよりも急いで回復しないと蘇生が必要になっちゃうよ――? なんてね。まあ折角の再会だ、存分に楽しみ給え』

「お待ちください師匠!」

『ん? なんだい?』

「お父様まで救っていただいていて、わたくし――どうお返ししたらいいか」


 ここまでして貰っても、今のコーデリアには返せるあてがない。


『気にしなくていいよ。まあ、恩を感じてくれてるのはありがたいけどね』

「でも……」

『だって君、本当に困ってただろう?』

「はい」

『だったらいいじゃないか、まあこの世界のグルメをご馳走して貰うぐらいはするつもりだけど。多くは望まないよ。それに――』


 魔猫が言う。


『こういう世界ってさあ――人の弱みにつけこんで、願いの代価に人の命や魂を糧にする質の悪い存在もいるからねえ。可愛い女の子がそういう悪い輩に捕まるのは可哀そうだし。ま、私にも昔、困っていた時に無条件に手を差し伸べてくれた存在がいたんだ、その方への御恩を君にもおすそ分けしてるってだけだから』

「御恩を? きっと素敵な方ですのね、師匠みたいに」


 魔猫師匠はうにゃっと! 瞳を輝かせ。


『ああそうさ! じゃあ私はちょっと森に侵入してくる変な聖騎士を追い返す準備をしてくるから。またね~! あ、あと、お父さんそろそろ治癒しないと本当に死んじゃうよ?』


 言って、くははははははははは!

 亜空間に顔を突っ込み、ズズズズズゥゥゥゥ。

 魔猫師匠の声と気配が遠くへと消えていく。


「え!? お、お父様、お目覚めになって!」


 自分の成長を忘れていたコーデリアは慌てて治療魔術を詠唱。

 再会は仕切り直しとなり、父が何事もなかったかのように言う。


「すまない――どうやら、あまりの嬉しさに気を失っていたようだ……今、なにかあったのかい?」


 聖女は、わずかに空気を読んだ!


「特に何もございませんわ」

「そうか。しかし……ほんとうに、本当に良かった。お前が無事で……っ心配したんだぞ、コーディ!」

「ごめんなさい、お父様。わたくし……!」

「ああ、何も言わなくてもいい。分かっている。実は私の所に黒猫様と妖精の方が来られてな……先ほどお前もあった、彼女……名をシルキーというのだが」

「ええ、案内していただきました」


 声に応じたのだろう。

 妖精が再び出現し、主人に付き従うように父の後ろに控え始める。


「それでその……あの魔猫さまはいったい、何者なのだろうか」

「恩人です。外の世界から入ってきたとの事ですが……それだけではダメですか?」

「いや、そうだね。詮索は失礼になるね――あの方は私をここまで連れ出してくれて、一瞬にしてこの屋敷までお作りになられたのだ。追放された娘は無事だから、心配するな――と。そして……必ずおまえがここに帰ってくるとも……」

「まあ、師匠がそこまでしてくださっていただなんて」


 思わず、少女は笑っていた。

 魔族だと言っていたが、神よりもよほど救いの神だと少女には思えたからだ。

 きっと物語に出てくる良き魔女。

 良き神様。

 そういう神聖な存在だったのだろうと乙女は思う。


 父はあまり苦労を語らなかったが、本当に大変だったのだろう。

 なにしろ反逆者として娘が捕らえられたのだ。

 少しだけ老けた父が言う。


「とりあえず中に入りなさい。母さんも大好きだった紅茶を飲もうじゃないか」


 頷き、コーデリアは父の今住む屋敷に足を運んだ。

 あの猫が与えてくれた隠れ家。

 父は一年、ここで平穏に暮らしていたらしい。


 やはり妖精シルキーはあの魔猫師匠が派遣した世話係の妖精だったようだ。美しい人型の妖精族が微笑みながら、父の傍に寄り添っていた。

 迷宮女王の魔物図鑑に反応がある。

 人に仕えることで生命力を維持する、人間と共生する妖精の一種と表示されていた。


 少し談笑して、落ち着いた頃。

 少女と父は、互いに事情を説明することにした。

 まずは父から。


 父の話に聖女は耳を傾ける。


 思い出がよぎるから立て直せずにいた、あの屋敷。

 ちょっと古ぼけているけれど、母との思い出が詰まった大事な我が家。それが壊されてしまった。

 少女はその時一つ、大人になった。

 なりたくてなったわけではないが、成長をしたのだ。


「――それで、私はこの地に隠れ住み……この妖精シルキーさんに世話をしてもらっているというわけだ。残念ながら会話はできないが、その、私とはちゃんと意思の疎通はできている。いつも頼ってばかりで、申し訳ないのだが……」

「父がお世話になっております。本当に、ありがとうございます――」


 聖女コーデリアはちゃんと礼が言える御令嬢。

 娘と妖精の目が合うと、妖精はにっこりと微笑んだ。

 娘も、微笑んだ。


「表向きには、もう私は死んだことになっている。屋敷の連中は、ほとんどがミーシャ姫の手の者だったようだ……金銭や調度品、金になるモノを全て奪って消えてしまったよ。すまない、父さんがもっと前に気付いていたら」

「おっしゃらないで、わたくしも気づかなかったのですから」


 父が無能なのではない。

 この世界の元となった世界を知っているミーシャが、卑劣な手を使っていたのだろう。


「しかし、あの子はいったいどうしてあんなことに。昔はああではなかっただろう」

「わたくしもよく分からないのです。ただ、ミーシャはどうやら世界の秘密を知っていると師匠は仰っていました」

「師匠?」

「それでは、わたくしの話に移りますわね――」


 父が整った気品ある顔立ちで頷き。

 娘の言葉を待った。


 コーデリアは語りながら父を見る。


 もう領主ではない。

 だが――。

 領主として民の不平不満に耐えていた父には……これで、良かったのかもしれないとすらコーデリアには思えていた。


 父の顔も姿も変わっていないのに周囲に正体が気付かれないのは、おそらくネコ師匠のおかげ。

 猫が得意とする幻術のようだ。

 感謝してもし足りないと、コーデリアは師匠でもある猫に思いを馳せた。


 互いに事情を説明し終わると。

 ふぅ……と安堵し。

 父は甘い味付けの紅茶を傾け、言った。


「そうか、やはりあの騎士様に……」

「ごめんなさい、お父様はずっとあの男はやめなさいと言ってくれていたのに」

「私のことはいいんだよ、それよりお前は本当に、辛かっただろうね」

「もういいのです、お父様。わたくし、初めての婚約でしたけれど――もう、きっぱりと心を切り替えましたから。きっと、わたくしにもいつか新しい素敵な出会いがありますわ。政略結婚ではない、わたくしの知らない本物の恋が――」


 あれほどのことがあったのに、まだ恋を語る娘。

 その姿は希望に満ちていた。

 不幸があると、稀に人は歪んでしまう。歪まされてしまう。それを領主であった父は知っていた。

 だが娘は曇ってなどいなかった。

 いつもと変わらぬ少女の微笑みは、父の心を安堵させた。


「すまない、私が没落貧乏領主でさえなければ。王に訴え出て、然るべき処罰を嘆願できたのだが。私は、父親失格だ……」


 少女は心配させまいと、父の手をそっと握る。

 聖女は手加減(弱)を覚えた。


 領主なのに、仕事ばかりで硬い手。

 使用人も出入りの商人も影でバカにしていた。けれど、少女にはとても立派に思える優しい手。

 母を早くに亡くしても、新しい相手を探せずにいた……母を愛し愛されていた素敵な父。


「仰らないで。こんな愚かなわたくしを待っていてくれた、自慢のお父様ですわ」

「コーデリア……」


 その温かい手を握って、少女は微笑んだ。


「だから――心配しないで、お父様。わたくし、ちゃんと自分の手で、この国を滅亡させてみせますから」

「そうか、偉いぞコーデリア……自分の手で滅亡……」


 一瞬、言葉が止まり。


「すまない、いまなんと?」


 ふと父は、いつかのコーデリアのように首を傾げる。

 顔立ちが良いだけに、きっといつか新しい相手が見つかるだろうと娘は妙な安心をしていた。


「滅亡ですわ。め・つ・ぼ・う。もう、嫌ですわ、お父様ったら。ふふふふ、ボケてしまうにはまだ早すぎますわよ」

「めつ…………滅亡!? 国家転覆を本当にすると!?」


 父は耳を疑った。

 それでも少女は無垢な貌のままに、きょとんと父の手を握っている。


「はい、わたくし修行してまいりましたの。様々なダンジョンを学び、攻略し……ちょっとした異世界のダンジョンを踏破したり、異界の魔術を習ったり、色々……まあ、わたくしったら! 父に自慢したくなってしまうなんて、はしたない。まあともあれ、ちょっと恥ずかしいのですけれど、多少、腕に覚えはあるようになりましてよ」

「しゅ、修行!?」

「猫ちゃんが言うには、カチコミ? と呼ばれる襲撃を行ってもダース単位の国を相手にできるぐらいの力になっているらしいのですが。油断は禁物ですわね。とりあえずは、敵を知る事から始めませんと。目標は完膚なきまでの征服。だからひとまず国を離れどこかの地方領主になろうと思いまして――」


 言っている言葉は分かるが、意味は分からない。

 困惑する父をまっすぐ見つめ、成長した娘は言う。


「シャンデラー家の名を穢さぬよう、立派に復讐を成し遂げてみせますわ」

「いや、ちょっと待ちなさい、コーデリア!」


 混乱する父をよそに、少女は既に覚悟のきまりきった笑顔で立ち上がる。

 既にそれは戦士の顔。


「では行ってまいります」

「いや――ちょ、ほんとうに待って、ねえ! あの猫魔族、なんか妙に面白がっていると思ったらうちの娘になんて教育を! どうなってるの、ねえ、娘ええ!」

「もうお父様ったら、昔っから過保護なんですから。計画だってちゃんとしているのでご安心を。まずは実力で他国に取り入って、大義名分と後ろ盾を手に入れませんと。ふふ、忙しくなりますわね」


 かつて少女だった娘は、明るい未来へと歩みを進める。

 確かに前向きだが、その方向性があきらかにぶっ飛んでいる。

 心配する父を振り切り、屋敷を出た。


「それではシルキー様! 父をよろしくお願いいたしますわ~! このご恩は後で必ずお返ししますので~!」


 屋敷妖精シルキーは巣立つ娘ににっこりと微笑んだ。

 妖精族は魔力に敏感だ。領主の娘の異常なまでの魔力とレベルがあれば、絶対に安全だと確信していたからだ。

 それに。

 シルキーはちらりと主人の貌に目をやった。


 妖精は優しい主人が大好きだった。

 妻に先立たれ少し枯れた気品ある紳士を前にして思う。


 この二人の生活が続けられるのなら、それでいいのではないか――。

 そしていつか……と。

 ぽうっとその清楚な顔立ちが赤く染まる。


 ◇


 シルキーは自らの意思で屋敷にとどまり、傷心な元領主の世話をする。

 途中、なにか意味不明なことをいいだして森に入り込んできた聖騎士がいたが――。

 箒でポイっとどこか遠くの空間に飛ばしてやった。


 敵意があったからである。


 屋敷妖精シルキー。

 彼女は不帰の迷宮のボス猫の召喚した、世界の異物。

 その強さは最強ダンジョンのボスが呼んだ妖精だけあって、使用人でも規格外。人間ごときに負けはしない。


 乙女ゲームにはいない、別世界の魔物。

 攻略サイトには載っていない、異世界の召喚獣だからだろう。

 どこか遠くの城で、黒い扇を折る音と怒声が響いていたという。


 なんで、なんで勝てないのよ……っ。

 と。


▽次回、残念なイケメンが増えます。

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