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第089話、あの日、あの手の温もりだけは――


 王宮に招かれた聖女様と魔猫師匠御一行。

 彼らは流れのままに賓客扱いとなり、現在、豪奢でロイヤルな他国の王族のための食事処でお食事中。

 観光ガイド状態となっていた女性衛兵が中心となり、接待している真っ最中。


 これはその裏。

 地脈に埋めた王たる証の金印。地下で回転し続ける魔法陣の真上。

 地脈から流れる魔力の集積装置ともなっている玉座に腰掛ける国王、キース=イシュヴァラ=ナンディカ一世は穏やかな美貌に笑みを浮かべて一言。


「なるほど――聖女殿はデバッグモードと呼ばれる特殊環境において無敵となる敵を勧誘した、と」

「はっきし言って、ぶっ飛んでるわ……デバッグモードに介入とか、チートじゃない……」


 ゲームの概念を知る喪服令嬢が別室で食事中の、かつての友を遠見のモニターで眺め呆れの息。

 玉座の間にて王と共に――彼らの食事を観察し、今回の事件について語るメンバーは名もなき魔女と獣将軍グラニュー。

 いつもの四人である。


 人間よりも大柄な獣人グラニューがモフ耳をピクりと跳ねさせ言う。


「姫さんよ、なんなんだ、そのデバッグモードっつーのは。すげえのか? 食えるのか?」

「凄いけれど食えないわよ……えーと、まあ創造神が好き勝手に能力を設定できる便利な魔物を、自由に制限なく召喚できる状態にある場所、と思ってもらえばいいわ」

「悪いが姫さん、全然わからねぇんだが?」


 悪意ではなく本当に理解できないという顔のグラニューに、名もなき魔女が鷲鼻を摩り。


「深く理解するだけ無駄。我等はそれらを理解できるようには作られておらぬのじゃろ」

「おいおい、婆さん。そんなんでいいのか?」

「婆さんだと!?」


 見た目だけは妙齢な名もなき魔女が、グラニューからの婆さん呼びに動揺する中。

 声は突然に玉座の間に降り注いでいた。

 それは荒れた空気の中でも凛と通る、白亜の楽器を奏でるかの如く清浄な聖女の声だった。


「まあ、レディに向かって婆さんとお呼びになるのは感心しませんわね」

「その声は、コーデリア!?」


 思わず喪服令嬢が声を荒らげたのも無理はない。

 玉座の間から一方的に相手側を見ていた筈なのに、その魔術的な中継に介入し、逆に聖コーデリア卿が語り掛けて来たのだから。

 モニターには砂嵐が走り、相手側を映せなくなっている状態となっていた。

 それは魔術の乗っ取りに近い行為。

 もっとも、勝手に覗いていたのはイシュヴァラ=ナンディカ側なので文句も口にできないのだろうが。


 喪服令嬢に向かってだろう、聖コーデリア卿の声が響く。


「驚かせてしまって申し訳ありません、実は他の方とは内密にお話ができないかと、魔術を逆に利用させていただいておりますわ」


 しれっと凄まじい魔導技術をみせつけた聖女に、喪服令嬢は咳払い。


「そ、そうですか――こちらも何をするか分からないあなた方を監視する義務がございましたので、許可なく見張っているのは事実。なので、それくらいならば問題視しませんわ」

「優しきご配慮、ありがとうございます。ですが、この魔術……少々欠陥が目立ちましたので、あのぅ……勝手だとは思ったのですが、安全にかかわりますので。魔術式に介入してセキュリティー強化を加えておきましたわ。後ほどご確認いただければ幸いです」


 城内を監視するモニター魔術を開発した喪服令嬢と名もなき魔女の顔が、ビシっと硬直する。


「け、欠陥だらけ、ですか。そうですか」

「はい、わたくしの腕で即座に介入できていることがその証明かと。きっと、わたくしと魔猫師匠が緊急顕現してきた時に、急いでお作りになられたのでしょう。あの短期間でこれだけのシステムをお作りになられたのです、それはとても素晴らしいことだと存じておりますわ」


 再び、喪服令嬢と魔女の顔面が硬直する。

 それもそのはず。

 彼らはこの城内監視技術を、聖コーデリア卿たちの不法入国に合わせて作ったのではない。それなりに長い時間をかけた半年間に、忙しい合間を縫って事前に開発したのである。

 しかし。

 聖コーデリア卿がみせた新たな監視システムは完璧。実際に欠陥部分を完璧に修復されて、強く言い返せない状態にあるのだろう。

 相変わらず空気を読む気のない相手に、喪服令嬢がぷるっぷるな声で言う。


「そ、そうですか。それはご丁寧にどうも。ですが、聖女様。善意であってもそういうことをして下さるのなら、事前に教えていただければと存じますわ」

「あら? キース陛下にはご一報を差し上げたのですが。伝わっていなかったのです?」

「は!? キース!? どういうこと!」


 慌ててバッと玉座を振り返る喪服令嬢に、新国王キースは悪戯が成功した意地悪ハンサム顔。


「いけないね――陛下が抜けているよ」

「し、失礼いたしましたわ――でも、どういうことです!」

「貴女のそういう顔が見てみたかったというのもありますが、そうですね――実際に強者がこちらを上回る行動、つまリ今のような”魔導技術の乗っ取り”をしてみせたときの予行演習をしてみたかった。そういうことです」


 絶対に面白がってるだけじゃない、と。

 喪服令嬢は表情を覆うフェイスヴェールの下で、ぐぬぬぬぬっと顔をゆがめるが。

 聖コーデリア卿の声が響く。


「ふふふふふ、お二人は仲がよろしいのですね。少し安心いたしましたわ」

「安心、ですか」

「ええ、陛下。いつかの路地裏で、死んでしまったネコを抱えていたような顔のあなたは――複雑そうな心を抱えていらっしゃいましたが――今は……。共に過ごされた時間、共に多くの経験を積んだ時間があなたの心を少し変えたのでしょうか」

「どう、でしょうね――」


 王は言葉を濁していた。

 キース国王と聖コーデリア卿の会話は二人のみで分かる会話だったのだろうか、喪服令嬢はいまいちピンと来ていないようだが。

 喪服令嬢が言う。


「それで、こちらの魔術を乗っ取ってなにか御用なのですか?」

「はい、こちらがセブルスの街の伯爵王、ミッドナイト=セブルス様と出会い行動を共にしていることは――」

「把握しておりますが」

「それではその家臣の道化師、転生者であるクロード様がキース国王陛下との謁見を希望されている件をお伝えしたかったのと――あとは、そうですわね。わたくしも自分の感情をうまく言語化できないのですが――この世界を去る前に、かつて共に過ごしたかもしれない幼馴染だれかに、ご挨拶をしたかった……というのもあるんだと思うのです」


 喪服令嬢が吐息でヴェールを揺らす。


「この世界を去る?」

「はい、実は師匠に外の世界に赴き、本格的な弟子としてあの方の世界、あの方が過ごす国へこないかと、そう誘われておりまして。父も、父の再婚相手も既にそちらにおりますし……わたくしは、この世界を発つかもしれないと」

「ちょっと待って!」


 明らかな狼狽をみせる喪服令嬢。

 その隠された視線は主君であるキースに向かっている。


「キース陛下、あなたは彼らの会話を聞いていた筈。なぜ、それを隠していらしたのですか」

「隠していたわけじゃありませんよ。魔猫師匠と聖女殿の様子を常に監視する必要がありましたし、今の話を聞けばあなたは必ず動揺すると思っておりましたから――後で伝えようと思っていただけです」


 王の言葉に文句がある様子の喪服令嬢であるが。

 声を上げたのは獣人のグラニューだった。


「ああ? いいじゃねえか別に、そっちのヤベエ魔猫と聖女が消えたらこっちもやりやすくなるだろ? なーにが不満なんだ、クソ女」

「あのねえ……魔猫師匠の方は完全に外の世界の存在、あくまでも気まぐれにこちらに干渉しているだけで部外者。けれど聖女様は違う、こちらの世界の人間だから世界の危機にも動いてくれる。そしてこの世界では最強の存在よ――言葉は悪いけど、この世界にとって都合が良すぎて便利な最強戦力聖女様が、この世界を去るかもしれないなんて話を聞かされて、のんびりポケっとしてるアンタの方がどうかしているの」

「んだと、このアマ!」

「あぁああぁぁぁぁ! 大声を上げないでっ、いま、これからどうするか色々と考えてるんだから!」


 獣人といがみ合う喪服令嬢にくすりと微笑んでいるのだろう、聖女の声が響く。


「言いたいことをはっきりと言う、それが誰であっても、口にしてしまう――そういうところは、変わっていないのね。ミーシャ」


 ミーシャ姫の名に、空気が僅かに固まる。

 空気が読めない聖女が発した、おそらくこうなることを理解した上での言葉だ。

 聞いている者は限られている。

 発言した聖コーデリア卿本人と、そして玉座の間にて聖女の声を聴いている四人のみ。


 聖女はそのまま懐かしむ声で、玉座の間の空気を揺らした。


「わたくしはいつもあなたにそうやって怒られていた。今思えば、本当に、わたくしは子どもでしたわ。あなたを怒らせてばかり、怒られる理由も今となっては――よくわかるのです。わたくしは周囲を見る目も、自分を見る目も未熟でしたから」

「……やめてちょうだい。もう、ミーシャ姫は死んだのよ」

「それでも、わたくしの思い出の中ではいつまでも生きておりますわ。嫌な記憶もいっぱいありますわ、あなたを恨んだ記憶もたくさん――さすがにミリアルド殿下に嫌われてしまった時は、わたくしも……あなたをきっと、恨んでいたのでしょうが。それでも……良い記憶もたくさんあったのです。バケモノと呼ばれたわたくしの初めての友達になってくれた優しいあなたが、わたくしはとても好きでした」


 声だけなので、聖女の顔はわからない。

 けれど喪服令嬢には、見えない旧友の顔が手に取るように分かるのだろう。


「あなたのそういうところが、本当に嫌いです」

「わたくしも嫌いでした。けれどそれはあなたがではなく、空気を読むことのできないわたくし自身がです」


 それでも――と、言葉をつなぎ。

 聖女の穏やかでまっすぐな、悪く言えば自分を曲げない頑固な声が、揺れる喪服令嬢の心のヴェールを揺らす。


「ミーシャ。あなたが変わったように。わたくしも少しだけ、自分を愛せるようになりました。あなたがお母さまの心を大切にしてくれたおかげでしょう。お母様と本音で話してくれたおかげでしょう。その本音が巡り巡ってアンドロメダ様の心に変化を与え、アンドロメダ様を通して……わたくしにも伝わった。人の心は、複雑ですね。難しいものですね――わたくしは人間の心が読めてしまいます。わたくしを畏れている方々の心を、悟ってしまいます。わたくしにとって心とは――見えているのに見えないもの。心とは本当に、魔術よりも制御の難しい輝きなのでしょうね」

「なにが、いいたいのですか」


 かつての草原を笑顔で走った子供。

 幼馴染。

 けれど互いの環境や力のせいか、いつしか友としての道をはずれてしまった乙女たち。


 いつも姫の後ろを付きまとっていた聖女は言った。


「あなたには感謝しています。本当に、本当に……いろいろとありましたし、いつしか道が逸れてしまいましたが……それでもあなたはわたくしの最初のお友達。初めて、対等になってくれた恩人であることに変わりはないのです。ですから、ありがとうございましたと、感謝を最後に伝えたかった。それだけですわ」

「あれだけのことをされて感謝って……、頭どうかしてるんじゃないの」


 拳をぎゅっと握る喪服令嬢。

 その唇も、手も、震えている。


「はい、きっと世間の皆様もそう思っておいででしょう。けれど、わたくしはバケモノで、変な子、でしたから。ずっと独りで、とても寂しかったのです。笑い方すらも、泣き方すらも知らないわたくしは、いつも、簡単にトモダチを作ってしまわれる他の方々が、羨ましく思えていたのです――あの日もそうでした。ミーシャ、あなたとお友達になったあの日も」


 声だけが響いている。

 思い出を辿るような、優しい声が響いている。

 おそらく、栗色の髪を揺らし――思い出のあの日を思い出し、瞳を閉じているのだろう。


 喪服令嬢は言う。


「悪いけれど。それは勘違いよ、あたしはあなたを利用しただけ。すぐにあたしはあなたに嫉妬して、あなたに酷いことばかりをした最低な女よ」

「それでも、あなただけだったのですよミーシャ。バケモノの子に手を差し伸べてくれたのは、あなただけだった。それがどれほどの救いになったのか。どれほどにその手が尊く輝いて見えたか――それは幼いころのわたくし自身にしか分からないのでしょうね……わたくしももう、あまり思い出したくない、つらい思い出ですので……」

「やめてよ……やめて、もう、いまさら聞きたくないわ。だって、それを壊してしまったのは」


 喪服令嬢の言葉はヴェールを揺らさぬほどに小さかった。


「ええ、わかっております――それでも、本当にわたくしは嬉しかったのです。あなたが友達になってくれた、手を差し伸べてくれた――あの日、あの手の温もりだけは本当に……わたくしの心を優しく温めて下さったのです。わたくしたちの関係はもう二度と戻らないのでしょう。もう、お互いに取り返しがつかないほどに遠く、遠く、離れてしまったのでしょう。それでも……あの時のわたくしが救われていたことだけは事実だった。あなたに助けられた子供のころのわたくしの思い出だけは真実であったと、そう、最後にお伝えしたかったのです」

「最後……最後って。コーデリア、あんた、本当にこの世界をでていくつもり?」

「今すぐにではありませんわ。今は世界も騒がしいですし――なにやらこれから先はインフレというのが進んで、課金が前提の強敵ばかりが出現するとクロードさんも慌てていらっしゃいますし」


 ふと、なにげない口調で聖女は言葉を繋げていたが。


「って!? 待ちなさいあんた! いま、なんていったの!?」

「クロードさんが慌てている?」

「違うわよ、その前! あんた、相手のペースを崩すためにわざと人の名前を間違える癖と同じで、わざとやってるんじゃないでしょうね!」

「まあ! やはり、ミーシャはわたくしの事についてわたくしよりもお詳しいのですね」


 ふふふふふっと、目視できる花の形をした魔力を浮かべて微笑む聖女。

 もちろん姿は見えていないのだが、そんな聖女が見えているような様子で喪服令嬢はうなりを上げる。


「インフレが進んで、課金が前提の敵がでるってのは」

「はい、だからご相談したいとクロードさんが。正直なところ、わたくしにはよく理解できないのですが、ミーシャなら分かるのではないかと師匠が」


 喪服令嬢はキースに目線を向け。

 阿吽の呼吸で新国王キースが言う。


「分かりました、すぐに準備いたします――それで魔猫師匠は」

「同席なさるそうです――グルメを用意させて待たせておけ……と、わたくしの思念に直接語り掛けていらっしゃいます。師匠は王宮で出される食事を楽しみにしているとのことなので、よろしくお願いいたしますわ」


 一方的に告げて、魔術がブツンと切断される。

 獣将軍グラニューがジト目で言う。


「いや、もう中で食べてるだろ……」


 魔猫師匠とも親交を深めている新国王キースが応じる。


「そういう御方なのですよ、あの方は――山脈帝国エイシスではそれを利用し、魔猫師匠を召喚するためにグルメ宴会を開くことすらあると耳にしましたからね」

「ねえキース。今の話、どう思う」

「インフレ、ですか――すみませんがやはり私にも意味があまり理解できませんね。ただ、あなたの慌てぶりを見る限りは極めて深刻な問題であるとは把握しております」


 執事の口調で返す国王に頷き。

 喪服令嬢は考える。

 少なくとも、イシュヴァラ=ナンディカの名に釣られたモノたちが、動き出していることは事実。

 道化師クロードは今まで語らなかったことを語ろうとし、それを止めようと刺客が送られてきたのだから。

 もっとも、その刺客に対処してみせたのはコーデリアのみ。


 喪服令嬢はインフレという言葉の重みを噛みしめ、息を吐く。


「コーデリアがいなかったら、どうなっていたんでしょうね」

「私にはわかりかねますが、お嬢さま、あなたについての情報は道化師にはどうお伝えしますか」

「悪逆の限りを尽くした転生者ミーシャは死んだことになっている、か。まあ……相手次第だけど、世界全部で協力しないといけない状況で……相手がやっと黙っていたことを口にしてくれたって時に、こっちが隠し事をしたままってわけにもいかないでしょうね」


 とにかく、まずはグルメを大至急用意しましょう。

 と、喪服令嬢は現実的な意見を述べてグルメの書物を開き始めた。


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