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第088話、デバッグモード


 ゲーム会社としてのイシュヴァラ=ナンディカを語ろうとしていた道化師クロード。

 その口を封じようとやってきた周囲を取り囲む敵の気配。

 その数は、無数。

 音が消え、露店の煙も消えたここは異次元空間。

 現実とは違う場所へと誘われていたのだ。


 もっとも、現実とは違う戦闘空間に誘導したのは敵ではなく、味方側。

 エリアを聖域化――どれだけ暴れても問題のない戦闘用特殊空間に変更した聖コーデリア卿が、ゆったりと告げる。


「衛兵の方々や、わたくしの護衛の方々はこの聖域の外にいらっしゃいます。戦いに巻き込まないようにしたいと存じておりますの、ですので師匠」

『はいはい、分かっているよ。あまり暴れるなって言うんだろう?』

「ええ。その……わたくしの結界では師匠が本気でお暴れになった際には、維持できなくなりますので」

『うにゃはははは! 君は心配性だねえ、コーデリアくん。私はたまにしか暴れないから大丈夫だよ、大丈夫。まあ、ちょっとネコの本能に火がついちゃうと、こうなんというか、ウニャニャニャ! って、じゃれたくなっちゃうけど』


 いつも周囲を振り回す聖コーデリア卿であるが、師匠が同類だとは気付いているのだろう。

 うふふふふっと笑顔のままに圧力をかけ。


「たまに、でしょうか?」

『えぇ……なんだいその顔は、君は師匠を信用していないのかい?』

「師匠がお暴れになられた後の惨状を元の状態に戻すのは、わたくしの腕ではまだ手間取りますので。今回は見学していただいた方がよろしいかと。それに――もし、天使たちを操る黒幕さん? でしょうか、裏でなにやら動き続けている方に、師匠の力の一端をみせてしまうのは得策ではないとわたくしは考えますが。いかがでしょうか」


 そう。

 目の前で蠢く敵を送ってきた何かがいるのは確かなのだ。

 魔猫師匠は考え、弟子に譲る師の顔ではなく、焼きトウモロコシの香りを嗅ぐ顔で。


『んじゃ! 私は聖域の外で、焼きトウモロコシでも食べて待ってるからねえ。たぶん、衛兵の人たちの目からすると突然私たちが消えたように見えちゃうだろうし』


 告げて、魔猫師匠が通行不能の絶対不可侵状態となっている聖域を素通りして通過。

 聖域の外の世界に事情説明しに撤退。

 残されたのは三名、聖コーデリア卿、ミッドナイト=セブルス伯爵王、そして道化師クロード。


 敵の鑑定名は――木偶人形。

 芸術系の職業にあるモノが、デッサンと呼ばれる技術を磨くために使う人を模した道具、「木人形」に似ているだろうか。

 カシャカシャ、ぎじぎじ。

 何もない宙から糸でつられたように蠢く、木の人形たちである。

 もっとも、それがただの木ではないことは明白だが。


 吸血鬼君主の姿となった伯爵王が、血で高揚させた赤い瞳で周囲を見渡し。


『こやつらは、魔物――であるか。道化よ、心当たりはあるのだな?』

「はい、おそらくはデバッグモードの敵かと」


 デバッグモードといわれて、伯爵王と聖女は顔を見合わせ首をこてん。

 二人仲良く頭上にハテナを浮かべてみせる。


「あぁあぁぁぁぁぁあ! なにをあなたがたは同じ表情で首を傾げていらっしゃるのです! 伯爵、あなた! そこの天然アパアパ乙女と、めちゃくちゃそっくりな顔になっていますよ!」

『そう言われてものう』

「あなたはもっとこう、ビシっと統治者らしく顔を引き締めてください」


 ホワホワな空気に呑みこまれつつある伯爵王に注意を促すが、伯爵王は美麗吸血鬼モードのままで吸血鬼特有の大きな手を広げ。

 肩を竦めてみせている。


『そう言うでない。余は確かにアンデッドを統べる王者として創造されたのやもしれぬが、なかなかどうして、今のこの空気も嫌いではない。そう、アレだ。とても懐かしい穏やかであった頃の記憶が、ふと脳をよぎるのだ。余が体験していない筈の、だが確かに存在する記憶。これは余がポメ太郎とそなたに呼ばれていた時の記憶に相違あるまい。まあ、あくまでも余ではない余の記憶であろうがな』

「ポメ太郎としての、記憶、ですか?」


 この世界は”三千世界と恋のアプリコット”を設計図として構築された現実世界。

 もし、アプリの時代の時に、こっそりと”ポメ太郎の記憶がある設定”を制作者が設定していたとしたら。あるいは、無自覚に設定していたとしたら――。

 頭を悩ませる道化師を眺め、聖コーデリア卿が言う。


「それで、デバッグモードの敵とはなんなのです?」

「えーと――ポワポワふわふわなあなたがたに説明するとなると……ああ、うまい言葉が見つかりません。魔猫師匠がいてくれたら、理解してもらえたと思うのですが」

「まあ! クロードさんは師匠を頼りにしていらっしゃるのですね!」

「当たり前じゃないですか! ゲームという概念を理解しているのはあの方とサヤカ嬢、そして魔皇アルシエル。ミーシャ姫は死亡してしまっているので外すとすると、その三名だけなのですよ!? うちのポメ伯爵も、あなたも、この敵を見て何も思わないのでしょう!?」


 声を荒らげる道化を前にし、伯爵王は強面美形吸血鬼の顔で肩を竦めてみせ。


『仕方あるまいて。余と聖女殿はゲームと呼ばれる現象を知らぬのだ。この木偶人形たちはどうなのだ、強いのかどうかで言えばどうなのであるか?』

「最強といってもいいでしょう」

『ほう、最強であるか――』


 試しとばかりに伯爵王は闇属性の魔力で構築した雄々しい翼を、背に生やし。

 詠唱を開始。

 足元にアンデッドの扱う負の属性の魔法陣が回転し始め、その野性的な美貌を照らし始めている。


『闇の深淵。不快なる鼓動。余の名はセブルス。ミッドナイト=セブルス。アンデッドを統べる闇の血族にして、黄昏の街を支配する覇者なり!』


 名乗り上げによる詠唱が、セブルス伯爵王の周囲に闇の槍を顕現させ。

 伯爵王は瞳を細め、冷淡なる王の顔で告げた。


『我が前に立つ無礼者よ。引き裂かれよ――”血雨の祝日Ⅴ”(ブラッディ・サンデイ)


 それは三千世界と恋のアプリコットの魔術体系による闇の魔術。

 ミーシャ姫が扱う闇の魔弓系列の魔術と似ているか。

 足元で回転していた魔法陣から生み出された闇が、ギギギギギ――雄々しく、そして猛々しく蠢く闇の槍となり、木偶人形に向かい発射。

 闇の雨となって放出されていたのだ。


 威力を伴った音が――降り注ぐ。


 ズジャジャジャジャジャジャジャ!

 ジャジャジャジャジャジャジャズ!

 ジャジャジャジャジャジャギギギ!


 並の相手ならば塵すら残さず、体が腐る腐食状態となって消えていたことだろう。

 しかし。

 木偶人形たちは健在のまま、のぺりとした不気味な顔を向けるのみ。


『ふむ、なるほどな。ダメージが入っておらん』

「ですから言ったでしょう……本当に、無敵。なんですよ」


 冷静さを取り戻しつつある道化が言う。


「なにしろこれらは死ぬことがなく、デバッグモードで命令しなければ消えもしない。バランスをチェックしたり、戦闘エフェクトがちゃんと機能するかどうかを試すために作られたサンドバッグなのです。創造主によって死なず、壊れず、消えずといった無敵属性が付与された存在。本来なら敵としてでることはない筈、でしたが――」

『黒幕はそれを操れる存在。つまりは、そなたのゲーム会社と呼ばれる組織の関係者である可能性が高そうであるな』

「おそらくは――その通りかと」


 告げつつ道化は木偶人形たちを眺め。


「ともあれ気を付けてください。本当にこれは破壊できない存在。壊せる設定に作られていないので、言葉通りの意味で倒せないとお考えいただければ」

『ふむ。だが……のう、道化よ』

「なんですか、伯爵。いまデバッグモードを解除する方法を考えるのに忙しいのですが?」


 伯爵王はジト目で周囲を見渡し、ぼそり。


『倒せないと聞いた聖女殿が、なにやらニコニコ笑顔で歩み寄っておるのだが?』

「な、なにをなさっているのです!」


 問われた聖女は振り返り。


「いえ、死なずに破壊できない存在なのでしたら――わたくしの領地の門番になっていただければありがたいと思って、説得をしようとしているのですが。あの、何か問題がおありでしょうか?」

「問題おありですよ!」


 変な言葉になりつつ道化は頭を抱え。


「木偶人形たちには心がない、魂がない。本当にチェックのためのサンドバッグに過ぎないのです。そして今その木偶たちには攻撃命令が設定されている。こちらの耐久値をテストする危険な状態です。不用意に近づかれたら、あなたでも危ない筈……なのですが、変ですね。なぜこの木偶たちは襲ってこないのでしょうか」


 たしかに耐久チェックモードの筈なのですが、と疑問を浮かべる美形白人クロード。

 理解できないことだらけなのだろう。

 道化師はすっかりペースを崩されているが、伯爵王は徐々に聖女の奇行に慣れつつあるのか。


『おそらくはレベル差によるアクティブ解除、つまり、聖女殿が強すぎるので襲ってこないのではあるまいか?』

「いやいやいや、木偶人形たちのレベルは最高値に設定されているのですよ?」

『それはこの世界、そしてそなたが作っていたという”三千世界と恋のアプリコット”とやらの時代の話であろう。ここは現実世界、そう魔猫師匠が告げていた言葉を忘れたのであるか? つまりだ、異物たる聖女殿は単純に、その時の設定よりも遥か高みのレベルにあるだけの話。ゲームとは違うとは、こういう場面でも意味を持つのであろうて』


 聖女のほわほわタイムは続いているのだろう。

 意思なき木偶人形たちがなぜか変な形で動き出し――全員が並んで、敬礼。

 聖コーデリア卿に向かい、忠誠の構えをとってみせる。


 鑑定したときに映る木偶人形たちの所属が、暗黒迷宮名義に書き換えられている。

 ようするに、仲間にしてしまったのだ。


 当然、道化師は困惑する。


「……聖女殿?」

「はい、なんでしょうかクロケットさん」

「クロケットではなく、クロードです。ってそんなことはどうでもいいのです、いったい何をなさったので?」


 聖女はきょとんとした顔で。


「見てお分かりになりませんか?」

「お分かりになるわけないでしょう!」

「えーと、意思なき人形さんでしたので――材質の木の部分に語り掛けて付喪神化、ようするに新たな意思を与えて、その上でわたくしの領民になりませんかと説得させていただいたのです。みなさま、ただ殴られるだけの人形、ただ暴れるだけの人形はもううんざりだと仰って、わたくしの勧誘を快諾してくださったのですが」


 ようするに。

 意思がないなら意思を作ればいいじゃない!

 そして、そのまま勧誘しちゃえばいいじゃない!

 と、言葉にすれば簡単だが、常識はずれの行動をとってみせていたのだった。


 木偶人形は全て寝返ったので、敵は全滅。

 勝利であるが、道化師は釈然としない顔。


 道化師クロード。

 本来なら相手を翻弄し、惑わし、自由自在に操る職にあるモノであるが――。

 彼は終始、ツッコミ役。

 聖女のほわほわ空間に圧倒され困惑を示すばかりであった。


 ◇


 その後、彼らは戦闘聖域を脱出したが。

 当然、お咎めなしとはいかない。

 国の中で騒動を起こしたと、新国王キースに呼び出されることとなったのである。


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