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第085話、闇に裂かれるクロケット


 聖女と魔猫が街を散策している裏。

 イシュバラ=ナンディカ、歓喜天の名に引かれてやってきた転生者は闇に隠れて様子を窺っていた。

 ごく普通の、しかし目立つ白人美形の容姿を持つ男の名はクロード。


 普段は道化師としての職を活かし、かつて戦った天使を道化人形として操る人形遣いでもあるのだが。

 今の彼の姿はただの美形なる旅人。

 青い瞳が周囲を眺め、感嘆とした息を漏らしている。

 さすがに道化の姿は目立ちすぎるからと化粧も変化も解いているのだろうが、その姿は乙女ゲーム特有の、顔を隠す道化や仮面の男は超美形――の枠内なのでかなり人目を惹いている。


 前髪を下ろし、爽やか白人男性に扮装するクロードは街の人々に愛想のいい会釈を返しながら。

 ムスゥ。

 明らかに、”遠き青き星”と呼ばれる地球を模した技術を取り入れた街並みを、忌々しげに睨み。


「まったく、わたくしに内緒で異世界グルメで町興まちおこしならぬ国興くにおこしですか。いったい、どんな転生者、あるいは天使が暗躍しているのか……って、伯爵!? 伯爵王様!?」


 道化師クロードは慌てて周囲を見渡す。

 同行している筈の伯爵王の姿がない。

 動揺するクロードの姿もやはり、リードを離した隙に脱走したワンちゃんを探し慌てる美形白人男性のソレ。少しファンタジーよりで中性的な王子様が、太陽の下で飼い犬を探す姿は、まるで映画のワンシーン。

 そして肝心の伯爵王、ミッドナイト=セブルスはというと――。


 香ばしい脂の香りが煙と共に漂う、市場の露店の前。

 日傘代わりとなる蝙蝠のミニ眷属を空に浮かべ、日差しを避けつつ。

 じぃぃぃぃぃぃ。

 変装と称したオオカミ形態、すなわちポメラニアンモードで白銀獣毛を輝かせ――。

 じゅるり。

 魔術で空を飛び、露店に手を掛け――ふふんとポメ微笑。


 おそらく店員からは、とても愛らしいが少しおバカそうな犬が、露店の台に肉球をかけているように見えるだろう。


『失礼、マドモアゼル(おじょうさん)。此方のチーズ入りクロケットを頂きたいのだが――構わぬか?』

「ふぇ!? わ、わんちゃんが喋った!? ま、魔獣ですか!?」

『ノンノンノン、余は高貴なる闇の血族。貴殿が販売しておるソレを所望するモノなり。ダース単位で買えば割引とあるが、余がもしもこの露店ごとを買うとなれば――それは如何ほどとなるか。どうか答えてはくれぬか?』


 じゅるりとよだれを垂らしつつも、ポメ伯爵の口からは気取った貴族の美声が漏れている。

 もちろん、店員は混乱しているが。


「って、なにをやっているのです陛下!」

『何をとは、クロードよ。よもや知恵者であるそなたが分からぬと申すのか?』

「いやいやいや。何故変装をしている筈なのに、ふつーに伯爵としての声で買い食いをしているのかと、わたくしは問うているのです!」


 ぜぇぜぇ……と、伯爵の自由気ままな犬の性質に翻弄され、道化師はたじたじ。

 ふむ、と伯爵王は考え。

 開き直った顔で犬歯の隙間から息を漏らす。


『しかし、常人の格好となったそなたと、魔狼となった余で散歩する観光客に扮するとのことであったが――この作戦には穴があるとは思わぬか?』

「穴ですか? はて、完璧な作戦だと思うのですが」

『そなたは余が魔狼となったときの食への執着を、計算に入れておらぬではないか。ここは香りが良すぎる、次々と誘惑が襲う。魔狼となり嗅覚が発達、更に空腹という概念まで再現してしまうこのモードで嗅げば――ここまで言えば、もう分かるな?』

「つまり……我慢できなくなった、と?」


 ジト目の青目が駄犬を眺めるも。

 ポメ伯爵、自慢の魅力を活かした渾身のドヤ顔で――魅了した店員からクロケットを受け取り。


『然り』

「然りじゃありませんよ! 何を考えているのですか!」

『ほう? これは異なことを言う。昔、闇を徘徊する一介の吸血鬼だった余にそなたが言うたのではないか。自分に任せていれば問題ない、あなたはただわたくしを信じてついてきてくれればいいのです。だから、一緒に行きましょうと――な』


 偉そうに、胸のモフ毛をふふんとさせる駄犬伯爵にクロードが言う。


「あぁ……ポメ伯爵は、このお姿だと知恵が残念なことになられるのが困りものですね……」

『うぬ? 知恵の値は変わらぬぞ。ただ普段は言えぬことをついつい口にしてしまう、つまり自制心が減るのは確かであるがな!』

「それも偉そうに言えることじゃないでしょう……」

『ではやはり吸血鬼の姿に戻ればよいのではないか? あの姿ならば、このような戯れも減る。余の威光も天に轟き、この地の民草どもに存分にアピールもできよう』


 頭が残念なことになっているポメ伯爵。

 そのハンサム犬顔を作る駄犬に説教をするべく、従者たる道化がこほん。


「あなたは魅力値最高値のSSRなのですよ? 一発で正体がバレるでしょう」

『どうせ余とそなたでこの国の様子を探るのだ。ならば正体を明かして、敵となるか味方となるか――逆に誘い出せばいいのではあるまいか?』


 ポメ伯爵、クロケットの脂と衣で鼻の頭を輝かせながらの提案である。


「あのですねえ、まじめにやってください。この地にはおそらく転生者がいる、天使か人間かはわかりませんが――明らかに国の名で転生者をおびき寄せている。つまりは罠の可能性も極めて高いのです」

『罠など切り崩せばよかろうて』

「たしかに、以前の状況ならばそれでも良かったのです。あなたは神が設定した最強のSSR、誰もが求めてガチャと呼ばれる装置に自らの天明を載せ、時に生活費すら削りあなたの顕現を願いました。けれど、です。いいですか? この地には既に未知の異物が入り込んでいる、乙女ゲームと呼ばれる現象とは異なる枠の存在が実在している。それはあなたもご存じでしょう?」


 異物との言葉に、ポメ伯爵の獣毛がぶわっと膨らむ。


『ここではない世界。そして創造神たちとも異なる法則で蠢く世界からやってきたモノたち、であるか……』

「ええ、魔猫師匠と呼ばれる存在は、残念ながらわたくしたちでは太刀打ちできない存在でしょう。王よ、あなたとわたくしが共闘し、どれほどに切磋琢磨しても――アレらは届かぬ領域にいると確定しております。もし、そのような我等をも凌駕する異物が、この国に罠を張っているのだとしたら――」

『確かに、余の軽率であったな』


 まじめな話となり、セブルス伯爵王は犬の顔で瞳を閉じ。


『異物となっている魔猫を師と仰ぐ、あの聖女。聖コーデリア卿……余もあれには振り回され、圧倒され、初めて確かな恐怖を感じた。余は己が弱いとは思わぬ、むしろこの世界全体でみれば強者の類に分類されると自覚しておる。なれど、あれには勝てぬ、あれには届かぬ――ああ、げに恐ろしきは人の業よりも天然乙女。余はあれとはもう、関わりたくないぞ――道化よ』

「まったくでありますな」


 ポメ伯爵にかわり、代金を露店に置きながら同意する道化師クロード。

 その美麗な金髪の奥、青い瞳がビシっと固まる。

 急に立ち止まった従者を訝しみ、こうもり傘の下でポメ伯爵が見上げて言う。


『どうしたのだ、道化よ。余は次の露店を楽しみたいのであるが?』

「引き返しましょう、ここはまずい。非常にまずい」


 道化師クロードがここまで動揺するのは珍しい。

 これはからかい甲斐があると、邪悪なポメ顔をする伯爵であったが――その伯爵も気付いたのだろう。

 ビシっと鼻先まで固めて、毛を硬直。

 グギギギギっと彼らが方向転換をしようとした、その時だった。


「まあ! 伯爵! 偶然ですわね、お久しぶりです。コーデリアです。このような場所でお会いできるなど、ふふふふふ、わたくしも幸運に恵まれてきているのでしょうか」


 そう。

 それは異物たる魔猫師匠を師とする、この世界の大嵐。

 聖コーデリア卿。


 気付かぬふりで道化師クロードとセブルス伯爵は同時に転移魔術を発動する。

 が――!

 聖女からは逃げられない。


 詠唱すらせずに全ての魔術を強制解除した聖女は、二人の転移も解除。

 そのままスゥっと手を伸ばし。

 にっこり聖女スマイル。


「観光なさっているのですよね? ご一緒にいかがですか?」

『ええーい! 分かった、分かったから余を離せ! 余は自分の足で歩きたいのだ!』


 ポメ伯爵は聖女に抱っこされ、肉球を輝かせる犬足をバタバタバタ!

 犬歯が覗くほどに頬をヒクつかせたという。

 その横で――。


 聖女に寄り添う黒いモフモフ猫が、道化の姿をしていない道化を眺め。

 ニヒィ!

 みーつけた、といった様子の、悪戯ネコの表情でニマニマニマ。

 意味ありげな顔で嗤っていた。


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