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第071話、追放の裏側


 今回の騒動の中心にあるのは、邪神クラウディア。

 聖コーデリア卿の母親。

 その聖遺物を巡る話の中で出てきたのは、冒険者ギルドのかつての過ち。


 ギルド本部から送られてきた一流冒険者、すなわちギルドの上位層はどこまで話を知っていたのか。

 或いは関わっていたのか。

 味方を守るはずの聖女結界が、逃走を許さぬ檻となっている廃墟の中。


 話の区切りをつけるためか、ベアルファルスが懐に手を伸ばし煙草を一服。

 流れる煙が未成年であるコーデリアに向かわないように配慮しつつ、ぼそり――。

 煙草の火で強面を尖らせ戦鬼は言った。


「なるほどな、お前さんたちは墓荒らしの犯人――クラフテッド王国の元冒険者たちの事を知ってたってわけか。で? あいつらがアンドロメダとやらに狙われるのも知ってたってわけか? あ? どうなんだ?」


 責めるような言い方であった。

 乙女ゲームの世界の名残を感じさせるこの世界で、墓荒らしは忌むべき行為だとされているのだろう。

 狩人帽子の冒険者が目線を逸らしながら言う。


「確かに、我ら冒険者ギルド本部の上位陣には、ある程度の情報は与えられていた。血の鋼鉄令嬢に襲われた者たちには明白な共通点があった、既にそう報告を受けているからな……」

「共通点だと?」

「あ……ああ。あの会議場では誰も口にしていなかったが……おそらくは鷹の目の若きあの王は気付いていただろう。こちらを試すような瞳で一瞥し、態度に出しこそしなかったが――全てを見透かした顔でせせら笑っていたのでな。我らが情報を持っていると確信していた筈だ」


 冒険者たちがなにやら居心地が悪そうに息を漏らしている。


 何かを隠している冒険者たちが賢王に抱くイメージは、恐怖。

 なのだろう。

 確かにコーデリアやその周囲のコボルト達が相手だと――全ての計算が狂ってしまい三枚目に見えるが、それは相手が悪いだけ。

 例外中の例外、暗黒迷宮の住人や魔猫師匠に連なる存在以外には――賢王の叡智とスキルは脅威として映るのだろう。

 自らを、盤上で動かされる駒と錯覚してしまうのではないだろうか。


 賢王ダイクン=イーグレット=エイシス十三世。彼は彼で攻略対象属性を有する、知恵で戦う美貌の皇帝なのだ。

 ともあれ。

 イーグレットについて言われ、ベアルファルスははぁ……と唇で煙草を遊ばせ。


「あのクソガキ。俺にも黙ってやがったな。で? なんなんだ、その共通点っていうのは」

「あくまでも本部にいる幹部の推測でしかないが――」

「構わねえよ」

「実際にあの血の鋼鉄令嬢に襲われ、命を落としたのはクラフテッド王国の王城にいたモノ。クラフテッド王国の元冒険者。オライオン王国に亡命した、クラフテッド王国からの聖職者が数名。数年前、クラフテッド王国から離れセブルスの街へと消え、吸血鬼と化したクラフテッド王国の王族が三名。そして、彼女に殺されたわけではないが一番に狙われていたのは――傾国の姫ミーシャ」


 ベアルファルスも聖騎士ミリアルドも思わず目線を交わしていた。


「おいおい、それじゃあ」

「聖コーデリア卿を迫害していた者たち……ということでしょうね。クラウディア様にとっては私も娘を邪険にし、救わなかった裏切り者。殺してやりたい相手であったとするのなら、納得できます」

「文字通り、娘をいじめた連中への復讐ってわけか」


 点と点が繋がり始めていた。

 それは邪神クラウディアが自らを再臨させる儀式でありながら、同時に娘を傷つけた者たちへの報復でもあった。

 血の鋼鉄令嬢を誘導し、襲うように仕向けていたと考えるのが自然。


 コーデリアが言う。


「ミリアルド殿下……その、わたくし」

「君が謝ることではない。君に謝られてしまったら、私の立つ瀬もなくなってしまう。殺された者たちがもし、君を迫害したことによる復讐対象として襲われたのだとしてもだ――それは我らの責任であり、我らの問題。第一に、追放された君がこの地に戻ってきたあの日に、我らクラフテッド王国の民は滅ぼされていたとしても不思議ではなかったのだ」


 そう、聖コーデリア卿にはそれができなかった。

 復讐を誓っておきながら、したことは国中の武器を破壊し、悪意あるモノの装備を溶かす落とし穴に嵌めただけ。もちろん、それは大魔術であったが――。

 人の命を奪う事はなかった。


 そして、亡命した彼女は賢王と出会い過去を忘れ――。

 新しい生活、新しき地の領主として新たな人生を歩んでいた。

 復讐さえも既に、色褪せさせて――。


 コーデリアには復讐が重荷だったのだろう。

 したくとも、その心が許さず。できなかったのだろう。

 それは彼女が魔猫師匠の修行を受け、強くなりすぎたせいもあるか。なにしろ今の彼女が本気を出せば、それこそ世界は簡単に転覆してしまう。

 だからこそ復讐にもブレーキがかかる。

 だからこそ、コーデリアはもはや過去の話、どうでもいい昔の話と復讐から目を背けていた。


 けれど。

 そんな娘の複雑な心境を、死しても現世に干渉できるほどの母が見ていたとしたら?

 そして娘を愛していたら?


 それが、今なのだろうか。


 想いに耽る聖女コーデリア。

 その周囲に、妖精の光にも似た魔力の粒が広がっていく。

 クラフテッド王国に漂う精霊が、聖女を慰めようと集っているのだろうか。


 幻想的な姿がそこに広がっている。

 けれど。

 それは精霊や妖精すら操る、恐ろしい魔女の姿に見えなくもない。


 人によってはその姿を――悍ましい程の美貌で人間を騙すバケモノ。

 そう形容するだろうか。

 誰の目から見ても美しい賢王イーグレットもそうだが、時に類まれな美貌は恐怖を彩るエッセンスにもなる。

 美しいからこそ、神秘的で――人とは違う恐ろしさを生じさせてしまう。


 集う妖精たちの魔力を眺めながら、ベアルファルスが軽く告げる。


「ま、難しく考える必要もねえだろう。うちの国じゃあ、お前さんは歓迎されているんだ。それに、おまえさんはアンドロメダに抱き殺された連中を全員、蘇生して回っていたんだろう? ならそいつらが文句を言う資格もねえ、過度に気に病む必要もねえよ」


 そういうところを気にするのが嬢ちゃんの良いところだが――と。

 ベアルファルスが不器用な笑みを浮かべる中。

 コーデリアは悩める淑女の顔でおっとりと告げる。


「けれど、分かりませんわ。アンドロメダさんは伯爵王も狙っておりました。あの陛下はわたくしや領地を迫害していたわけではありませんので……」

「純粋に蘇るための生贄だったか、それとも別の理由があるのか……俺もあの伯爵について詳しいわけじゃねえから、なんともな」

「ですわね。或いは……伯爵王を狙っていたのはお母さまではなく、アンドロメダさんの方という可能性も……彼女も彼女で理由があって動いているのでしょうし。イーグレット陛下ならば、既になにか気付いていらっしゃるのでしょうか」


 伯爵王に何かあるのか。

 それともその周囲に何かあるのか。

 答えは見つからない。


「おそらくな――ま、帰ったらあの坊主をとっちめて聞きだしゃいいだろ」


 話題を変えるためだろう。

 敢えて少し大きな声と共に、聖騎士ミリアルドが冒険者たちに目をやった。


「それにしても――少なくとも我が国での墓荒らしは重罪です、冒険者ギルドは確かに国家とは独立した権力を有していますが、各地の法律やルールには従う掟があったはず。ギルド本部がそのような依頼を引き受けるとは思えないのですが」

「案外、依頼なんて無かったのかもしれねえな」

「どういうことです」


 ベアルファルスが冷たい口調で、煙草をつまんでいた指を組み替え。

 ふぅ……。


「ギルド本部自体が力を欲していた可能性はあるだろうよ。コーデリアのお嬢ちゃんの母上様ってのは、結構特別な存在だったんだろう? とりあえず聖女と仮定してだ、聖人の聖遺物ってのはそれだけで最高品質の魔道具だ。なにしろ聖人の遺骸は腐らない……っと、すまねえ嬢ちゃん、デリカシーに欠けちまったな」


 詫びるベアルファルスに、コーデリアは首を横に振る。


「いえ、構いません。重要な話ですし、実際……母は死んだときも、生前とほぼ変わらぬ姿で、ただ眠っているように見えて……――父とわたくしを戸惑わせたほどでしたから」

「そうか――ならすまねえ。少しばかり配慮に欠けた言葉が多く飛ぶが、先に謝っておく」


 告げてベアルファルスは冒険者を眺め。


「おまえさんたちは直接関わってはいねえんだろ? なら問題ねえはずだ。質問をする、知っていることを正直に話せ。嘘をついたら、まあ、それなりに痛い目に遭うとだけは言っておく」

「あ、ああ。構わない……だが、我等は本当に後始末を頼まれただけで当時のことは」

「わぁってるよ、だからまだお前さんたちを殺しちゃいねえだろ」


 声は落ち着く苦笑であるが、瞳は笑っていない。

 静かに、けれど一切の殺意を感じさせずに殺気を纏った熊男。

 飄々とした偉丈夫がみせた戦鬼の顔に、冒険者たちは一瞬で声を失っていた。


 戦鬼の声が、空気を裂くように押し出される。


「単刀直入に聞くが、聖コーデリア卿の母君を殺したのは、お前さんたち冒険者ギルドか?」

「違うと、聞いてはいる」

「そうか、そりゃあ良かった。世界各国にあるお前さんたちの組織と敵対はしたくねえからな。んじゃ、次の質問だ。その遺骸を盗む隙を作るため、わざとクラフテッド王国の領地を混乱させるように周囲を扇動していたってことは――」

「そのようなことができるのならば、冒険者ギルドはとっくに世界を制しているでしょう」

「ま、そりゃそうだわな」


 ベアルファルスはコーデリアに目線をやる。

 コーデリアは嘘をついていないと示すように、頷きで返していた。


「盗んだ遺骸はどうしている」

「依頼者に引き渡されている、はず……なのだが……」

「おいおい、急に歯切れが悪くなったな」


 冒険者が慌てて叫んでいた。


「仕方ないだろう! 聖女の遺体を墓から暴いて盗み出したのは、聖コーデリア卿が追放された後だと聞いている。稀代の悪女ミーシャが領地を引き継ぎ、治世を混乱させていた最中のことだ。当時の領地は既にそうとうに荒れていた。無限ともいえる聖コーデリア卿の支援を受け、あの領地で居丈高になっていたあの地の冒険者たちがやった仕事でもある。情報も途切れがちになっていると理解してもらいたい」

「ようするに何処にあるか、おまえさんたちは聞かされてねえって事か」

「ああ、だが、もしもだ。聖遺物がギルドの本部、或いはその関係施設から発見されたとしても驚きはしない――」


 ここにいる上位冒険者たちも所詮は雇われ。

 ギルドの本部を心から信頼しているわけではないのだろう。

 もっとも、口封じとして――野盗と化していたクラフテッドの元冒険者たちを消そうとはしていたようだが。


 ジャリっと無精ひげを擦り、考えに耽るベアルファルス。

 その横で、コーデリアは突然結界を拡張し始めた。

 ミリアルドも、聖剣ガルムを引き抜き――周囲をにらみつけ始める。


 露骨な嘆息をこぼし、ガジガジガジ。

 首の後ろを掻きながらベアルファルスが冒険者たちに言う。


「なんつーか、お前さん達も気の毒だな」

「何の話だ……?」

「周囲を見りゃわかるだろ。全員を巻き込む気まんまんって感じだろ? お前さん達は証拠隠滅の仕事、元冒険者を消せって命令を受けてたんだろうが――捨て駒にされたな、こりゃ」


 告げながらも戦鬼は、ズズズズズ。亜空間から分厚い魔導書を召喚していた。

 バチリバチリと、かつての英雄が魔導書に魔力を纏わせ戦意を高揚させている。

 それは明らかに戦闘準備――。


 聖女も聖騎士も、もふもふコボルトも既に臨戦態勢だった。


 ようやく、冒険者たちも周囲に目をやる。

 廃墟の中――。

 そして外にも。

 気配が大量に発生していた。


 彼らを取り囲んでいたのは。

 明確な殺意だった。


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